55.管理局のヴェロニカ
人生やはり、先立つものがなんとやら。
K&Dで用事を終えた俺は、ケインズのおっさんに預けておいた結晶を受け取りに行ってきた。
そして、その足で管理局まで出向いた俺を待っていたのは、ヴァロニカのにべもない言葉であった。
「残念だけど。今は換金できないわよ、これ」
意味がわからない。
ハンターの持ってきた結晶を金に変えるのが、管理局の業務じゃないのか。
「はぁ? どういうこった」
「言ったとおりの意味よ」
ヴェロニカが小声で言った。
「上からの許可が出ないの。わかるでしょ」
「わっかんねえなぁ」
「あなた、警察に目をつけられているのよ」
「そりゃ、こないだの一件のことかい」
警報の出た日に、協力を要請されたことだ。
それがいったい何だって言うんだ。
別に敵対的な関係じゃない。誰がどう見たって、仲良しこよしって感じのはずだ。
もしかして、そういう中立的な関係を継続させる、ってのが目をつけられていることになるのか。
軍隊内のソシオグラムだとか国家の外交じゃあるまいし、たかが市警がそこまでするのか。嫌なご時世だな。
「ちょっと警察の手伝いをしただけだぜ。それに、俺だけじゃないだろ」
そういうわけで、俺の知っているかぎりの事実を並べてみた。
「ましろやK&Dだって、一緒に呼ばれていたじゃねえか。あいつらだって、ここに換金に来てるだろ」
「来ていないわよ」
「……は?」
またしても意外な返事に、思わずマヌケな声が出ちまった。
「だから、あなた以外はどちらも換金に来てないの」
「マジかよ」
どっちも普段から、稼いでそうだしなあ。
貯えがあるから急いで金をもらう必要がない、ってことか。
うらやましい話だが、まあそれはいい。よそはよそ、うちはうちだ。
とはいえ、ここで管理局員としては末端のヴェロニカ相手にいくらゴネていても、おそらく結果は変わるまい。
こうなればクレーマーみたいでちょっとアレだが、別の手段をとるしかなかった。
「よし、わかった」
「わかってくれたのね」
「上司と話をさせてくれ」
「何もわかっていないじゃないの……」
そんな露骨に嫌な顔することないだろ。
「無意味なことはやめて、私と映画でも見に行きましょうよ」
「悪いが、そのチケット代もないんだよ」
「そのぐらい私が払うわ」
「魅力的な提案だが、それに甘えるような男を選んでほしくはないな」
「意地っぱりなんだから」
「俺をあそこにいる、背広のおっさんとデートさせてくれないか。頼むよ」
「デートの仲介は無理よ」
「だったら、話ができるようにしてくれるだけでいい」
「それぐらいなら。仲良くなれるように祈ってるわ」
そう言い残して、ヴェロニカはガラス張りになったオフィスルームに入っていった。
デスクでキーボードを打っていたおっさんに話しかけると、すぐに戻ってくる。
「それで? どうなったんだ」
声をかけると、ヴェロニカは何も言わずに目線で廊下を示した。
そういえばあっちは普段、通ったことがないな。たしか、ほぼ職員用として使われている通路だったはずだ。
ちょっとした内緒話にはおあつらえむきの場所、ということだろうか。
そこまで続く短い廊下に出ると、彼女の上司であるワイシャツ姿のおっさんが待ち構えていた。
それでは、さっそく。
おっさんの眼前めがけて、おもむろに結晶をつき出す。
「こいつ換金してもらおうか」
「断る」
ずいぶんきっぱりとした返事をしやがった。
そして、尻ポケットから端末を取り出したおっさんが、ハキハキとした口調で続ける。
「ハンター向けのガイドブックを見ろ。第八条の三項だ」
「うるせえ。いいからさっさとしろ」
「持ち込まれた結晶の入手方法に問題があると、管理局員が判断した場合には、局内の管理者は通常の手順を差し止めることができる」
「問題だぁ」
できるだけ人相を悪くして、低い口調で脅しをかけていく。無駄かもしれんが。
「俺はお巡りさんのお手伝いをするような優良ハンターじゃねえのか」
「そうだな。その通りだ」
俺の怖い顔は、やっぱり意味がなかった。
三下というか、チンピラみたいな気分を味わっただけだ。
相手のおっさんは、平然とした態度のままだった。
「ファング、おまえの素行にはなんの問題もない。完璧な、とは言わないし、叩けばホコリが出る程度のことは誰にでもある。まあまあの及第点と言っていいだろう」
「だったら、なんでその俺が持ち込んだ結晶を換金しねえんだよ」
「結晶の入手方法に問題がある、と判断したからだ」
そんなの言いがかりである。
俺にはうしろめたい気持ちはまったくない。
だがまあ、理由ぐらいはしっかり説明しておく必要があるだろう。
「これは警察の手伝いで呼ばれた日に、手に入れたものだ。これで納得したか」
「いいや」
「なんでだよ」
「警察の発表と、数が合わない」
おっさんが淡々とした口調で述べる。
「つまり、入手の手段において不審な点をともなう可能性がある、ということだ。調査を行ってからではないと支払いの手続きはできない。わかったか」
「警察と合流する前に」
「それ以上は言わないほうがいいぞ」
ふいにおっさんの声が低くなった。
「特別警戒警報の発令下での、ハンターの活動は認めていない。つまり違法行為だ」
「んぐぐ」
「それに、管理局の予算にも限りがある。先日の件では警察と協力活動したハンター全員に、支払いの枠を残しておかないとならないんだ。おまえだけにその資金を割くわけにはいかない。どれだけ腕利きのハンターでも、総取りってわけにはいかないんだ。理解できたか、街のヒーロー」
「……ぐぬぅ」
俺の喉から、うなり声が出た。
もちろん、これはフェイクだ。
相手に言いたいだけ言わせたあと、こちらが悔しがるポーズを見せておく。
そこから譲歩させて、おたがいの妥協点をさぐることが狙いである。これが俺なりの交渉術というやつだ。
ここまでやれば、このおっさんも次に俺が出した提案を飲まざるを得ないだろう。
「わかった。それなら換金できる分だけでいい」
「できない」
「なんでだよ!」
想定外の流れで、つい怒鳴っちまった。
勘定を露わにした俺を前にしても、おっさんの口調は平静そのものだった。
「ガイドブックの第十四条、五項目の補足四のところを見ろ」
そっちがその気なら、ここからは路線変更だ。
意地でも言うとおりにはしない、という意志をこめて相手をにらみつける。特に効果はないようだったが。
「集団に帰属するハンターに対しては、一定期間ごとに支払われる金額に上限が設けられている」
「つまり、俺以外の」
「そうだ。おまえの換金枠分の金は、警報の出た翌日にオセロットが全部かっさらっていったんだ。納得したか?」
納得はしてないが、理解はした。
何もかもジョンジーが悪い、ということだ。
俺がリタとデートしている間に、あいつはとんでもねえことしやがった
さすがにこれは、もうダメだ。
この局面から巻き返せる気がしない。
「だがまあ、我々もオセロットの行動には常々に不審を抱いている」
おっさんの口から、急に親近感がわくような言葉が出てきた。
「そりゃ、どういうこった」
「あいつの事務所に許される割り当てすべてを支払ったわけではない、ということだ。私の判断でな」
それは、つまり。
俺の分をとっておいてくれた、ってことか
それならそうと、早く言ってほしい。
こちとら絶望感にうちひしがれて、再起不能になるところだった。そんな状況から俺を救ってくれるなんて、なかなか話のわかるおっさんじゃねえの。
「そうかそうか。そういうことか。いや、大きな声を出して悪かった。いいえ、すみませんでしたっ」
今の俺を見て笑いたければ、笑え。
おっさんのご機嫌をとるために、ペコペコ頭を下げた。下げまくった。俺は金のためなら、この程度の屈辱に耐えられる男だぜ。
そんでもって手もみしながらお願いしてみた。
「じゃあ、さっそくその分の換金を」
「ダメだ」
「くっ……」
「だがまあ、おまえさんは管理局にとっても優良顧客だ。多少は譲歩しようじゃないか」
おっさんがもったいぶったことを言う。
いちいち焦らしやがって。
俺に何か、やらせたいことでもあるってのか。
「私の権限で、一部であれば換金に応じてやってもいい」
「それなら、さっさと」
「ただし、条件がある」
「条件だぁ?」
「そうだ。オセロットの尻拭いをしてもらうぞ」
やっぱりそう来たか。
まあいいか。
ここまで来たら、どんな条件だろうと飲んでやるしかあるまい。さすがに犯罪めいたことを頼んだりはしてこないだろうし。
っていうか、あいつはいったい何をしでかしやがったんだ。
考えるだけ無駄か。
あの社会不適合者のろくでなしでならず者ができることなんて、他人に迷惑かけることぐらいだろう。
となると、俺のすべきことは決まってる。
あいつのかわりに、誰かに頭を下げることだ。
たぶん、またそれに違いない。まあ、俺が謝って済むなら金もかからないし、今回は俺も金が受け取れるようになるし、一石二鳥だ。
いい加減なのか、前向きな気持ちなのか、自分でもよくわからんが覚悟は決まった。
「わかったわかった。このさい、なんでもやってやるよ」
「いいだろう。では、ファング。おまえには野球の試合に出てもらう」
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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・校正をなさってくださる方へ
お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。
(例文)
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>~(←ココに修正箇所を引用する)
この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。
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