54.K&Dオフィスのジェシカとエルマ
K&Dのオフィスビルは、あいかわらずデカい。
「ようこそ、ファングさん。お待ちしてましたわ」
華やかな装飾の施されたエントランスホールだって、五階ぐらいまで吹き抜けになっている。
そんな会社の玄関口までわざわざ出向いてくれたジェシカに、軽く頭を下げた。
「どうも。社長さん」
「ジェシカ、とお呼びください」
周囲を歩く、社員さんからの視線が痛い。
おそらく現場に出てくるような元ギャング連中ではなく、事務仕事でもしてたりする方々である。
そういう、まっとうな暮らしをしている人々から好奇の目にさらされるなんてのは、はっきり言って慣れていない。俺は芸能人じゃないんだぞ。
「急にお呼びして、申しわけありません。ファングさんに、どうしてもお伝えしたいことがありましたの」
「その、ジェシカ。ここじゃ、あれだ。静かな場所で話そう」
「はい!! もちろんですわ」
勢いのある、いい返事がきた。
「それでは、こちらにどうぞ」
ジェシカ直々の案内で、ホールの奥に進む。
セキュリティゲートをくぐると、上層階まで一気に通じる直行エレベーターがある。ほんの数十秒で最上階まで到着する、おっかない速度で移動する箱だった。
「それで。俺を呼び出した訳を教えてくれないか、ジェシカ」
応接室のソファに腰掛けるなり、本題に入る。
やはり金の話をするときには、前置きに時間なんてかけちゃいけない。
そのほうが払う側も、もらう側もスッキリするってもんだ。
「こないだの公園での一件で、俺に伝えたいことってのはなんだ」
「まずは、これをご覧になってください。エルマ。お願い」
ジェシカが軽く手を振る。
すると、壁の一部がスライドして大型のモニターが姿を現した。
部屋の片隅にいたエルマが、モニターに近づいていく。
大画面の横に立ったかと思うと、首のあたりから引き出したコードを接続させた。すぐに、モニターに十六分割された映像が表示される。
見覚えのある光景だ。
どうやら先日、行ったばかりであるレッドウッドパークの風景らしい。走って移動している牙獣の姿だのが、ちらほらと映っている。
分割された画面の左上には、数字が表示されていた。
「画面に表示された数字は―――」
ジェシカの解説が入る。
「エルマが行動中に確認した、牙獣の数です」
「…………」
言葉もないとは、このことだ。
たしかにエルマは言った。
相談の内容が数量的な情報だ、と。
なんていうか、あれだ。
騙された、としか言いようがない。
いや、こっちが勝手に勘違いしたってのもあるが、だからといって俺だけが悪いわけじゃないだろう。
エルマのやつ、うまいこと言いやがって。
なんてずる賢いAIだ。まったくよくできていやがる。
「エルマ。確認した牙獣の総数を教えて」
「レッドウッドパーク内で確認した牙獣の数は、百三十六体です」
「あなたが倒した牙獣の数は?」
「五十三体です」
質問に対して、エルマが淡々と数字を述べた。
そして、ジェシカは重い口調で言う。
「エルマが倒した牙獣の数は、五十三。つまり、全体の六十パーセント以上―――八十三体もの牙獣が、姿を消しているわけです」
「そういうことになるな」
力の抜けた声しか返せない。
俺のやる気のなさに気づいた様子もなく、ジェシカが話の先を続けた。
「警察には、まだ伝えておりません」
「なぜ?」
「状況の鎮静化が確認された段階で、警察からは退去を命じられました。その後、会社に戻ってエルマがメンテナンスに入った段階で、この数字に気づいたからです」
警察とK&Dの関係については、言うまでもない。
K&Dはそもそも前身があまり合法的な集団ではないし、警察のほうも相手がかつての商売敵であることを理解しつつ、体よく使ってやろうとするぐらいの腹だろう。
そのへんをジェシカがどういう方針でいるからは知らないが、全面的な協力態勢というわけではなさそうだ。
俺が無言でいると、ジェシカが言葉を継ぐ。
「現状、私どもの索敵手段は光学観測しかありません」
「エルマの目、というかこいつの判断力だけが頼り、ってことか」
「ええ。ドローンに搭載されたカメラを用いた監視システムはありますが、完全というわけにはいきません」
重いため息が、ジェシカの唇からこぼれた。
「そもそも牙獣の個体識別が不可能なのです。なので、今現在の確認された数にしても、基本は位置情報からの統合的な判断による計測でしかありません」
「百三十六という数が間違いである可能性は?」
「計測した誤差が十体以上となる確率は、〇,〇〇一三パーセントです」
俺の質問にエルマが答える。
まあ少なくともエルマが数え間違えたって可能性は、かぎりなく少なそうだ。
そもそもエルマがあてにならないなら、牙獣が消えたという計測結果も気にする必要がなくなるし。
ひとまずエルマが牙獣の数をきちんと数えた、と仮定して話を進めてみよう。
まず考えるべきは、だ。
消えた八十三体の牙獣は、どこに行ったのだろうか。
「どうして、俺に相談することにしたんだ」
ジェシカにたずねてみた。
「ファングさんなら、何かご存知ではないかと思いまして」
「何か、って?」
「えぇと。腕利きのハンターがやるような……たとえば、職業的なカンで牙獣の居場所を察したりですとか」
かなり曖昧な注文をされてしまったような気がする。
でもまあ、心当たりがないこともない。
ミララメラなら、牙獣の気配を探知するなんてこともできるはずだ。
もちろんそれには、ただし、がつく。
言わずもがなというやつだが、問題がいくつかある。
あいつ、あんまり目立ちたくなさそうなんだよな。
そもそも俺が頼んでも、素直に調べてくれそうにはない。そういうやつだ。
「俺にはできないが、思い当たるやつなら一人いる」
勢いどうしても、口調を濁しがちになってしまった。
「友達でな。ちょっと変わった特技の持ち主なんだ。そいつなら、もしかすると牙獣の居場所を感知できるかもしれない」
「女性ですか」
「男だ」
このぐらいは、正直に答えていいだろう。
てか、この質問ジェシカからちょくちょくされるんだが、やっぱり気になるんだろうか。フェミニストってやつなんだろうか。
「では、その方に依頼を」
「いや。待ってくれ」
ジェシカの言葉を遮って、俺は言った。
「そいつは、その。ちょっと、変わり者でな」
「変わり者ですか」
「ああ。あまり目立ちたくないそうなんだ。それに偏屈なところがある」
こんな説明で、納得してくれるといいんだが。
「友達だから、できるだけそっとしといてやりたい。時期を見て、俺からたずねておくから、この件はひとまず胸にしまっておいてくれないか」
「わかりました」
ジェシカはあっさり頷いた。
「ファングさんに大事されたいなら、まずはお友達からということですね」
「ああ」
いまいち会話がつながってないような気もしたけれど、ジェシカの機嫌を損ねると厄介そうだから同意しておくことにした。
とりあえず、この件はここまででいいだろう。
他に気になる事があったので、ついでにたずねておくことにした。
「ジェシカ。少しいいか」
「いいですよ、友達ですから」
「ありがとう。じつは聞きたいことがあるんだ」
「なんなりと」
従順な召使いのような口調で、ジェシカが言った。
「エルマにはネットワーク経由で、他のシステムをハッキングする機能がついてるのか?」
「お望みなら、追加いたします」
「いや、つけなくていい」
首がもげそうなほど振っておいた。
そんなもん、実際に搭載されたらたまらんわ。杞憂が現実に変わってしまう。
「あるのか、ないのか。それだけ知りたい」
「ありません」
「本当に?」
「お友達に嘘は言いませんわ」
「そうか」
ジェシカは落ち着いた口調だった。
嘘をついているようには思えない。
となると、ひとまずこの線は消えた。
俺の体を操っているやつがいるとして、それが誰なのか。
その点については、まだまだ調べていく必要がある。
そして、消えた牙獣の行き先についても調査しないといけない。
まあそれは、そのうちミララメラに飯でも奢って聞けばいいか。
面倒事が増えるばかりだが、ひとつずつ片づけていこう。そうすれば、なんとかなるに違いない。
そうであるはず、だといいのだが。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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・校正をなさってくださる方へ
お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。
(例文)
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この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。
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