6.事務所のジョンジー
俺は警察の取調室で一夜を明かした。
誰と、かは聞かないでほしい。さっさと忘れたい思い出だ。
明け方近くなってようやく解放された俺がしたことと言えば、まだ薄暗い通りを抜けてグリル・ブレイヴィカの前まで戻り、そこに止めたままになっているバイクを拾いに行くことだった。
空きっ腹を抱えて事務所に戻った俺を出迎えたのは、言わずもがなの雇い主だ。
「お帰り。昨日はどこ行ってたんだよ」
ご機嫌そうにたずねてくるジョンジーは、タオルで濡れた頭を拭いていた。
さっきまでシャワーでも浴びていたのだろう。
それはまあわかるんだが、全裸で応接室を歩かないでほしい。特にソファの近く。水滴が落ちたら安物だって傷むだろ。足元の絨毯も。
「夜遊びでもしていたのか。ははぁ。さては女だな。ファングくん、やぁらしぃなぁ。ぷわっ」
浴室から持ってきたバスタオルを頭にひっかぶらせて、ジョンジーを黙らせる。
まったく。健全な青少年の前で、風紀の乱れを想起させる言動は慎んでもらいたいものだ。
彼女に背を向け、湯を沸かすためキッチンに入った。
コーヒーの用意をしながら、昨晩の事情を説明する。
「警察の事情聴取を受けていたんだよ」
「なんだ。つまらん」
こっちは、つまらんどころじゃなかったんだがな。
「何やったの? 痴漢? 婦女暴行? わかった。ワイセツなんとか罪か」
「してねえよ。帰りに晩飯をテイクアウトしようとしたら、店に牙獣がご来店してきたんで銃でお出迎えしてやっただけだ」
「そうなの? それでなんで警察に。あれ? この時間、オンライン注文やってないの? しゃーない電話すっか」
ジョンジーは質問しながら、端末で出前の注文を始めた。マイペースにもほどがあるだろ。
「たまたまFBCUの隊員がその場に居合わせたんだ。それで」
「ああ。リタ。そう、あたし。うん、うん。んじゃ、ベーグルベジサンドとオレンジジュースで。ああ、そう。事務所まで。うん、うん。いや。うちの居候がさぁ、いまだに朝の飲み物の用意もしてくれないんだよね」
いい加減、忘れろよそれ。
っていうか、飲み物ぐらい自分でなんとかしろ。俺だって、自分のコーヒーを自分で作ってるだろうが。
腹も減っていることだし、ついでに目玉焼きでも焼いてやろうか。
そう思って冷蔵庫を開けてみたのだが、見事にカラッポだ。正確には、キンキンに冷えた缶ビールしか入っていない。
ちくしょう。ジョンジーのやつ、俺が稼いだ金をろくなことに使いやがらねえ。
「しっかし、物騒な世の中だなあ。夕方の店先に牙獣が現れるなんて」
「俺らにとっちゃ、メシの種なんですがねえ」
俺はジョンジーに背を向けたまま、精一杯の皮肉を込めて言ってやった。
「そいつを狩ってひと稼ぎするぐらいの気概、ってもんがないんですかい。社長さん」
「牙獣の出現を検知。よぉし。ファングくん、出動だ。てってれてー、てれれって、てってれてってってー」
ジョンジーが動画サイトの広告で使われている、レトロ特撮番組のテーマンソングを口ずさんだ。どうあっても、俺をこきつかうつもりであるらしい。
そんな彼女がちょっとぐらいは働く気になるよう願いつつ、俺は昨日、耳に入った情報を共有しておくことにした。
「そういえばよ」
「あんだぁ?」
「FBCUが、牙獣の出現予測システムなんてものを作っているらしいぜ」
「そうなの。なんで?」
自分の仕事にかかわることなんだから、もうちょっと考えようぜ。たいして頭を働かせなくたって、そんなの誰でもわかるだろ。
「さあな。俺らを全員、職業安定所送りにしたいんじゃねえのか」
「そっかぁ。そしたら、ここ閉めてさ」
「うん?」
「あたし、花屋さんやりたい」
「ぶ」
「二人でさ、結婚式用のブーケとか用意すんの。楽しそうだろ」
おいやめろ。
一瞬、想像しちまっただろ。
花屋の軒先でジョウロを片手に鉢植えの手入れをしている眼帯女と、おそろいのエプロンをつけた俺。
どう考えてもさまにならない。殺人現場の清掃でもしているほうが、まだましだ。
「笑うことないだろ」
「笑ってねえよ」
コーヒーカップを片手に振り向くと、ジョンジーはソファの上で足なんか組みながら、バスタオルで頭をわしゃわしゃしていた。
全裸で。いや、ハンドタオルを肩からかけてはいるんだが、ほぼ裸であることは間違いない。ソファに尻乗せる前に、ちゃんとケツ拭いたんだろうな。おい。
けどまあ、それは事務所のドアを開けた客の目に、真っ先に飛び込んできていい光景じゃないだろ。いや、昔の探偵事務所じゃないんだから、誰がくるってわけでもないんだけど。
「服着ろよ」
「いや。髪乾かなくってさ」
「なんでドライヤーを使わないんだ」
「あれ、壊れちゃってんだよね。帰りに買ってきてくんない」
「わかった。買ってくるよ」
やさしい声でそう言ってから、俺はテーブルにコーヒーカップを置いて、ジョンジーの背中を押してソファの上でうつ伏せにさせた。
「おっ、おっ、何すんだ。朝からお姉ちゃんのカラダにエッチな興味津々なお年頃なのかぁ」
こめかみの血管がヒクついたが、俺はどうにか耐えた。
バスタオルをジョンジーの手からひったくり、くびれたウエストに巻きつけようと挑戦する。
「いいから。じっととしてろよ」
「あーれぇ~」
「動くなっての」
腰の帯を解かれる大奥の女中みたいな声だすな。あと、いい形の尻を振るな。
そうやって、俺が悪戦苦闘していると―――。
「入りますよ。オセロットさん。ここのドアベル、壊れてません―――カッ!!」
事務所のドアが開いて、顔をのぞかせたリタと俺の目が合った。
「ああ。おはよう、リタ。その、すまないな。この事務所、いろいろガタがきていてな。どうした? その……何か、用か?」
リタの表情は固まっていた。
俺は一応、目の前の状況を説明しようとした。
「それで。これは。その、なんだ」
「ごごご、ご注文の品、こっ、ここにっ。置いときますねっ。おっ、おっ、おあおわ……お邪魔しましたっ」
リタは持っていたトレーを玄関脇の棚の上に置くと、扉をパタンと閉めた。
なんとも言えない、気まずい空気だけが後に残った。
リタの目に、俺はどう映っただろうか。
そりゃもちろん、決まっている。朝から全裸の女をソファに押さえつけている、まっとうな暮らしのできない男のように見えただろう。ように、じゃなくて、そのものと言えなくもないところがつらい。
「お。飯メシ、飯メシ、朝ごはぁ~ん……わぷ」
朝食の出前に飛びつくジョンジーに、トレードマークの赤シャツを投げつけてやる。
その場に彼女を残して、俺は浴室に飛び込んだ。
バルブをひねり、熱いシャワーを浴びる。
徹夜の疲れも、このやりきれない気持ちも―――。
何もかも、流れ落ちてくれないものだろうか。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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