52.診察室のアリエル
「先生。それで、相談したいことがあるんだけどさ」
いつもの健康診断に来たついでに、アリエルに気がかりなことをたずねてみた。
「なになに。恋バナ?」
「ちげーよ」
ケツひっぱたいてやりたい気持ちを必死でこらえる。
ちょっと気になってることについて、たずねておきたいだけだ。
なのに、いきなり恋バナはねえだろ。そもそも俺が恋とかありえねえ。たぶん。
「んで、何? 診察料の値引きならしないよ」
すっかりおなじみのVRチェアに座ったまま、アリエルが言った。
「先生は俺に、どんなイメージを抱いているんですかねえ」
「君の初診料だけど、いまだにオセロットに踏み倒されたままなんだよね」
「すみません。あとで払うように言っておきます」
さすがにここは、素直に頭を下げとくことにした。
まったく困ったやつだぜ。俺のお師匠様は。
行く先々であいつのツケを払ってたら、俺の懐は氷点下まで冷えきっちまいそうだ。
「君が立て替えてもいいんだけど」
「ご冗談を」
頭が飛んでいきそうなほど首を振っておいた。
世話になったとはいえ、そこまでしてやる義理はない。
自分のツケは自分で払え、とオセロットには常々そう言っている。
「それより、俺の相談を聞いてくれよ」
「解剖させてくれるなら」
「それは断る。が、今回の相談は俺の体に関することだ」
「詳しく聞こうじゃないか」
アリエルが椅子ごと俺に向き直る。
あいからず、ひどいノリで生きてるなあ、この先生。
まあいいや。
とにかく今は、不明な点をはっきりとさせたい。
「俺の体って、誰かにハッキングされている可能性はないのか」
「人体をハッキングだって?」
アリエルは声のトーンを上げた。
「この前のことなんだが。警察が警戒警報だかを出した日に―――」
「警報を出したのは警察じゃないよ。市長だね」
「それはどっちでもいい」
「よくはないよ」
言いたいことはわかるが、いちいち話の腰を折らないでほしい。
「とにかく、騎士の姿をした牙獣が街のあちこちに大量発生した日にな」
強引に話の先を続ける。
「なんかいきなり、勝手にしゃべったんだ。俺の口が」
「ふむ。それで」
「だから、それで誰かが俺の体を操ったんじゃないか、って」
「ふぅん」
ひどく興味なさそうな反応をされてしまった。
このままスルーされるかと思っていたら、VRチェアの前面にぶら下がったモニターが反転した。
画面に人間の全身図が表示されている。透過した体の首から下には、網目のような神経が描かれていた。
ただし、頭部は輪郭だけで中には何も描かれていない。
正確に言うと、頸部より上の頭蓋部分はただの透けた頭があるだけだった。
「結論から言おう。ハッキングの可能性は完全にないとは言わないが、その件は少なくともネットワーク技術を介した操作ではない」
アリエルはズバリと言いきった。
「個人的には君の体を他者が操作したという事実は、ほぼないと思う」
「どうして、そう言いきれるんだ」
「簡単なことだよ。モニターを見てごらん」
さっきの人体図にもう一度、目を向けてみた。
「画面に表示してあるのは、君の体の3Dモデルだよ。見ての通りコンフー・マーキナは君の表情筋、および口顎部の筋肉にまで伸展されていない」
「え……?」
「それに加えて、君のコンフー・マーキナには動作確認の信号を受信する以外は、外部からの介入を受けつける機構を有していない」
よくわからんので解説に耳を傾ける。
「それ以外に可能性があるとしたら、バックドアに類する受信機能が追加されている、とかかな。とはいえ、この可能性も少ない。君の体を調べたかぎりでは、搭載されているコンフー・マーキナは一般的な外科的手術による施術で内臓されたものではなさそうだし。普通だったら取りつけられているはずの、効率的なメンテナンスを行う機構すらオミットされているようだからね」
アリエルがいつもの調子で、一気にまくしたてる。
ようするに、だ。
誰かが俺の体を勝手に操ることはできない、ってことだろうか。
だったら俺の口を借りて、ましろとしゃべったやつは何者だと言うのだ。
あの「僕」ってやつの正体は、いったい誰なんだ。
もうさっぱりわからん。
そのときの状況を思い返すと、関係ありそうな点がひとつだけある。
「K&Dのドロイドが何かした、ってことはないか」
「えっと―――ああ、これか。ニュースでやってるやつ」
ネットで調べたのか、すぐに話は通じた。
「そいつだ。そいつが俺に何かしてきたとか、そういう可能性は?」
「ないと思うよ」
あっさり否定された。
「ドローン制御用のドロイドで飛行可能となると、本来の目的以外に使用する以外の機能を搭載するほど、重量に余裕がないはずだろうし。それに、さっきも説明した通り、ネットワーク系の技術による干渉で君をしゃべらせたという可能性は、ほぼ確実にないと言わざるを得ない」
「他の方法はないのかよ」
「ないと思う。コンフー・マーキナの素材って、構成要素の大半が感応素子だからね」
そりゃ初耳だ。
「知っての通り、感応素子は人口義肢の制御にも使われている」
いや知らんけど。
俺が元いた世界に存在しなかった素材のことなんて、知ってるわけないだろ。
まあひとまず、その件は黙っておくことにした。
感応素子がうんたら言われても、身近に使われているものの中では、俺の銃のトリガーぐらいしか心当たりがない。
「感応素子は、密着した生体からの電気信号を増幅するだけのものだ。そこから発生した電力はマイクロスケールバッテリーに蓄電され、機械義肢に内蔵された筋繊維モーターの収縮に使われている」
「あ、ああ」
アリエルがどんどん早口になっていくので、圧倒されて言葉が出ない。
「もうひとつの機能としては、内臓されたAIに関節が動作する方向の指示を伝えることだ。たとえば、義手を装着された者が肘を曲げようと思ったら、稼働に必要な電力と屈曲の角度や方向、そして力の入れ具合をAIに伝達する。それが感応素子の役目だ。もちろんこの機能には、人間の人体に対する認知の不協和が発生しないためのセキュリティがAI側によって施されている。生身の人体と同様に、腕をまっすぐ伸ばした状態からは肘関節を内向きにしか曲げられないだとか、手首の旋回角度が百八十度以内だとかいう制約が、ハードウェアとソフトウェアの両面から施されているということになる」
俺の質問とはもう、まったくかけ離れた蘊蓄じゃないのか。
ダメだこれ。止めよう。
「えっと、あの。俺の皮一枚の下から、機械が出てくるわけじゃないってことか」
「確かめてみる?」
だから、すぐそっち方面の話になるのやめろ。
「違う。現状の診察でわかる範囲で、ってことだよ」
「ないね。そもそも現代科学で実用化している義肢の九割は手か足。あとは肩とその周辺、または腰骨および腹直筋、腹斜筋、大殿筋との接合部などになる」
「でも、俺みたいな感じで体中に感応素子が仕込まれている、っていうか……全身がサイボーグになってるやつ、とかもいるんじゃないのか」
「いないよ。全身の機械化なんて、何年も前の実験段階で施術後の認知不協和が強すぎて、対象者の生存に適さないことが判明している。事故などで負傷した結果、このままでは死亡するとわかっていても全身の機械化は行えない。その点に関しては、法律で規制がされているぐらいだし。そもそも通常の手足の機械化だって、施術者の筋力に応じて出力の最大値が限られるように、厳格なレギュレーションが定められているぐらいなんだからね」
「先生。ストップストップ」
ほっとくと解説がどんどん横道にそれていくので、ここらで止めておく。
「もうちょっと要点を絞ってくれ。つまり、どういうことなんだ?」
「簡単に言うと、君の体内にあるコンフー・マーキナはもっとも密着した状態にある生体―――君自身にしか操作できないという、強固なセキュリティに保護されているということなんだよ」
「制御用のAIが悪さしてる、とか」
「それは最初に言った通り、できない。手足が勝手に動いた、とかなら可能性としてはありうるが、しゃべるという点に関してはありえない」
アリエルはきっぱりと言いきった。
専門家がそう言うのなら、それは間違いのないことなのだろう。
もちろん、俺の疑問は解決するわけではないのだが。
「だったら誰が、俺の口を使って勝手にしゃべったんだ?」
「君本人だろうね」
「いや。だから、俺じゃないって言ってるだろ」
だんだん面倒になってきたが、前提となる条件を繰り返し述べておいた。
「俺以外の誰か、ってことは間違いないんだよ」
「あらかじめ言っておくけれど、君のメンタルチェックの結果では心理面には何も異常がないよ。むしろ、異常がなさすぎて異常と思える数値になってる」
……ん?
体の問題じゃなくって、俺の心の問題って言いたいのか。
つまり、二重人格とかそういう話だろうか。
「どういうことだよ」
「状況判断に関する点数が平均値すぎるんだよね。そもそも普通の人間は、多少の心的外傷があるものだけど、君にはそれがまったくない。人格的にはフラットすぎて、多重化する片鱗もなさそうだし。人間のメンタル面に関して私は専門ではないけれど、そういう私から見ても普通すぎて、おかしいレベルだよ」
「ひどいこと言わないでくれ」
「解剖するなら脳までやりたいくらいだね。専門家チームを招いてさ」
「俺の解剖パーティーでも開くつもりか」
「それだ」
「それだ、じゃねえ」
そんなこと考える先生のほうが、頭イカれてるだろ。
その言葉を飲み込むのに、俺は必死になった。
結局、俺の疑問に対する結論は出ないまま診察は終わった。
俺の頭の中で殴りかかってくるあいつは、いったい誰なんだ。
なんだか自分の中にもう一人、自分がいるような。
なんとも言えない、妙な後味の悪さだけが残った。
まったく、おかしな気分だぜ。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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・校正をなさってくださる方へ
お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。
(例文)
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>~(←ココに修正箇所を引用する)
この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。
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