O.ヘレンのキャンディストアのファング
「お母さん、やっと来たぁ」
店の扉をくぐるなり、娘が大きな声で騒ぐ。
「もう時間ギリギリだよ。今日は十時からファングさんとでかける、って言っておいたのに」
「まだ三十分もあるじゃないの」
時計を確認しながらカウンターに入る。
店はいつも通りだった。
厨房はダニエルが仕切っているし、娘の他についこのあいだ増やした学生のアルバイトはテーブル磨きに余念がない。
『―――昨日の特別警戒警報に際して、警察の初動が遅かったのではないかという意見が一部の市民から出ております。今朝の放送枠ではこの件について、スタジオに専門家をお招きして解説していただく予定です』
壁にかかったモニターから流れるニュースキャスターも、いつもと同じ顔だった。
「とにかく私、着替えてくるから。お母さん、あとはよろしくね」
娘があたふたとバックヤードに入っていく。
「店の中では店長だよ」
「店長さん。引き継ぎをお願いします」
「行ってよろしい」
頷いて娘を見送る。
エプロンを身に着けながら、店内の様子をチェックする。
朝の客入りはまばらで、特に忙しくはなさそうだった。
『―――皆さまもご存知の通り、当市に居住している場合において、住人はあらゆる航空機と、飛行を可能とする機械の所有を制限されております。しかしながら、今回の牙獣鎮圧に用いられたドローンと、その管制機能がそなわったドロイドは規制の対象となるのではないか、というのが市民団体からの指摘となっております。その点に関して、ドローン及びドロイドの開発と運用を行ったK&Dの社長は会見において、こう述べています。ドローンもドロイドも、最大高度が地上二十メートル以内の飛行機能しか持たないため、法規制の対象外であるとの発言が―――』
ニュースに耳を傾けながらカウンターの中でカップを並べていると、急に外から耳障りな音が響いてきた。
店の前に止まった車のブレーキ音だ。
たしか、以前にオセロットが使っていた車種と同じものだろうか。今は誰が乗っているのかわからないが、ひどい運転だ。
と、その直後にげんなりした顔のファングが店に入ってきた。
「いらっしゃい、ファング。朝からひどい顔してるわよ」
「おはよう。アリサ」
とても疲れた様子で、ファングはカウンターのいつもの席についた。
「あの車、あなたのなの?」
「いいや。ペギーから借りてきた。今日はバイクってわけにいかないからさ」
「あんなひどい運転で走る車に、娘を乗せて連れ回すのは感心しないわね」
「そう言わないでくれよ。バイクの免許を取るときに、ついででもらった程度の腕前なんだからさ。これでも昨日の午後は、必死に練習したんだぜ」
そんな健気なことを言いながら、両手の人差し指を並べて左右に振る。
そんな仕草でごまかそうとしているつもりのようだ。
まったく。本当に、かわいらしい男の子だこと。
「リタは?」
「奥で着替えてるわよ」
「デートの件は誰から聞いたんですか、お母様」
「本人からに決まってるじゃないの。あの子、大喜びで跳ねまわって、家の床に穴が開くかと思ったわ」
そう答えながら、コーヒーのカップを目の前に置いてあげた。
「ありがとう」
「どういたしまして。デートコースは決まってるの?」
「ああ。まあ、それなりに」
「今からでも下見しといたら」
「今から? おたくの娘さんをほったらかしにしてかい」
「私が一緒に行ってあげるから大丈夫よ」
「親御さんが心配するようなところには、連れて行かねえよ」
それはどうも。
親としては安心だけど、もうちょっと男らしいことをしたっていいのにね。
そのほうが、あの子だって喜ぶだろうし。
「心配するようなところに連れていってもいいのよ。そのほうが、リタも嬉しいんじゃない?」
「そういうのは、なしだ」
ファングはふいに、真面目な顔つきになった。
「まだ、あれから半年もたってないだろ」
「そうね」
「俺がここに来て、まだすぐのことだった。忘れてないぜ」
無言で頷き、同意する。
五ヶ月ほど前に、この店で事件が起きた。
早朝で客の少ない時間帯を狙って、銃を持った三人組の強盗が店にやってきたのだ。
ただ、押し入ってきた連中にとって不運なことが、ひとつだけあった。
そのとき店に一人だけいた客が、ファングだったことだ。
三人は一発も発砲する間もなくぶちのめされて、店に被害はなかった。
ただまあ、そのときの娘がひどく怯えていたことはよく覚えている。
「あの子には、悪いことをしたと思っているんだよ」
「そう思うなら、ここで働かせるのをやめさせてやれよ」
「そうもいかない事情があるのよ」
「仕事なら、もっと安全なところだってあるだろ。人の多い、夕方のショッピングモールだとかさ」
「もっと良い方法があるわよ」
「あるなら、それにしようぜ」
「あの子には、父親が必要だと思うんだけど」
ファングはカップを手に取って、ガブリとコーヒーを飲んだ。
「他人の家庭の事情に口を出して悪かった」
「いいのよ。家族になれば、たいがいのことは解決するわ」
笑顔でそう言ってあげると、ファングはカップを齧りそうな表情になった。
この子ってば、からかうと本当に面白いわね。
娘が気に入っているのもわかる気がする。
などと娘をダシにして軽くじゃれついていたら、当の本人が戻ってきた。
「お母さん。ファングさんに変なこと言わないで」
そんなふうに言いながら、店の奥から出てきた娘が唇をとがらせている。
「変なことなんて言ってないよ。うちには女が二人いるんだから、どっちを選ぶかは自由でしょ」
「いい歳して、何を言ってるんだか」
「何か言った?」
「なんでもありませんよ。店長さん」
澄ました顔を見せたあと、娘はカウンターから出て、客席側のファングに近づいていった。
「お、お待たせしました」
「おう。んじゃ、そろそろ行こうか」
「いってらっしゃい」
二人を見送る途中で、厨房からダニエルが顔を出した。
「マダム。定時連絡の時間です」
あらやだ。こんなときに。
「定時連絡だって? 副業でスパイでもやってるのかい」
案の定、ファングが怪訝なそぶりを見せた。
男っていうのは、どうしてこの種の用語が気になるのだろう。
「お店の符丁よ」
「ああ。従業員が離席するときに、『三番入ります』とかいうやつか。この国でも、そういうのあるんだな」
ふんふんと頷くファングの横で、娘が首をひねった。
「そんなの私、使ったことないけど」
「厨房用の合図だからね。ほら、さっさと行ってらっしゃい」
二人を送り出してから、バイトの学生に声をかけて厨房にむかう。
「ダニエル。娘がいるときには、連絡をしないと伝えたはずよ」
「申し訳ありません、マダム。ミセス・ヘレンの設定したことですので」
ダニエルの顔からは、申し訳なさそうな感じがまるで伝わってこなかった。
まったく困ったものだ。前任者は、時間の設定に厳しすぎる。
たかだか資源採取プラントから供給されたエネルギーの変換効率と、エントロピーの減衰率を報告するだけだというのに、事前の申請とやらが必要だなんて融通が利かないどころの話ではない。
現場の都合というものに対する理解が欠如している、としか言いようがなかった。
とはいえ、自身が有能であることを証明するために実務をこなしていくことは、やぶさかではない。
「やれやれだわ。ダニエル、いつものをお願い」
「了解です。マダム」
「料理のオーダーじゃなくて、本来の役目のほうよ」
「わかっています。マダム」
汎用のオペレーションドロイドは実直そうな声を出した。
そのあとで、彼は見慣れた厨房の中に、本星との通話に用いる力場型光学コンソールを展開させていった。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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(例文)
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