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ブラッドファング  作者: ことりピヨネ
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51.レッドウッドパークのエルマ

 周囲の木々の狭間から。繁みの中から。

 わらわらと出てきた牙獣が、群れとなって俺とましろを囲んでいた。


「チッ……」


 思わず舌打ちが出た。


 こいつはまずい。

 いくらコンフー・マーキナがあるとはいえ、この数が一気に襲いかかってきたら、さすがにまずそうだ。ましろのことを守るどころではない。


 首筋に冷や汗が流れ落ちる。


 ガッ……。


 牙獣たちが銀色の刃を煌めかせた。体のあちこちから、大小さまざまな形の牙が飛び出し、ギラつく凶光を放つ。


「おい。ましろ、おい」

「うぅ、ううっ……」

「泣いてる場合じゃねえっての。しっかりしろ」


 ましろは、まだ涙を流し続けていた。


 戦闘の役に立つとは思えない。

 身体能力は俺以上なのに、こんなときにかぎってなんてことだ。コンフー・マーキナで人間離れした回避能力を持つ俺に、生身で抱きつく動きができるのはこの女ぐらいだと言えば、わかってもらえるだろうか。


 でも今は、ただの泣いてる女だ。


「ええい……ったく」


 思わず獣じみたうなり声が出てしまう。


 こうなりゃ、やってやる。


 ましろを守って、牙獣どもをぶちのめす。

 やれるか。じゃなくて、やってやる。


「よし。かかってこいよ―――化け物ども」


 銃把を握る手に、力がこもる。


 視界の端にいた牙獣が、わずかに動いた。


 その挙動をとらえた瞬間、右手がなめらかな動きで上がる。

 大丈夫だ。手指の先にいたるまで、全身すべてが俺自身の意志に従っている。


 銃口が敵をとらえた。


 その直後、上空からの銃撃が牙獣に降りそそぐ。


「は―――?」


 ブラシレスモーターのかすかな駆動音と、旋回するプロペラの響きが頭の上から響いてきた。


 そして、小刻みの発砲音。

 ピュンピュンと音をたてて雨あられと撃ち込まれる小口径の銃弾が、居並ぶ牙獣どもを次々と粉砕していく。


「ドローン、か……?」


 空中をよぎる飛翔体を見て、口からそんな言葉がこぼれた。


 ドローン自体は、本体となる中央のパーツを中心に四つのローター部がつながった、スタンダードな災害時の調査用と似た形をしていた。


 ただ、ローターのサイズが一般的なものと比べてひと回り大きい。

 機体下部のジンバルに、カメラと一緒に二二口径とおぼしき機銃がぶら下がっている。武装で重量が増えているためか、推力が高められているらしい。


 さっきましろを追っているときに頭上をよぎったのは、もしかしてこいつらなのだろうか。


 と、思ったら今度はドローンよりも、もう少し大きな人影が空中に現れた。


 そいつは両腕の先端が太い筒状になっており、背中に四つの羽根を思わせる架台を背負った、奇妙なシルエットの持ち主だった。


 シューッ、とジェットの噴射音を響かせつつ、そいつが俺たちの前に降りてきた。

 妙にフワフワした、重心を感じさせない動きで近づいてくると、被っていたヘルメットのバイザーが手も触れずにスライドする。


「こんにちは。市民」


 バイザーの下から出てきた、丸顔の少女が言った。


 一瞬、人かと思うぐらいによくできた造形だが体の動作を見ていたから、そうではないことはどうにか区別がついた。


 なんていうか、こいつはえらく精巧に作られた人間そっくりの機械だ。


「私はK&D社で製造された、ドローンオペレーション統括運用AI機能搭載型ドロイド。エルマ、と申します」


 そいつは抑揚のない口調で、一方的に話しかけてきた。


「当該地域は、多数の牙獣が出現しているため、たいへん危険な状況です。すみやかな退避行動を開始してください。繰り返します。当該地域は―――」


 俺に抱きついたままのましろが、ぽかんとした顔で言う。


「からくり人形……」

「あー。そんな感じ、だな」


 などと話をしていたら、ふいにエルマの顔が俺に向く。


「個体識別。ファング、確認」


 がっつり俺と目を合わせながら、名前を呼んだ。


「社長からファングにメッセージが届いています」

「え? 俺に?」

「牙獣はドローンで処理します。警官隊と合流をお願いします。以上」


 エルマが淡々と伝言を読み上げた。


 なるほど。そういうことらしい。

 ようするにこいつは、ジェシカの会社で開発したものなのだろう。んでもって、あとのことはこいつに任せておけばいいわけだ。


 こいつはラクでいい。

 ようやく肩の荷もおりたってもんだ。助かる、助かる。


「んじゃ、あとは頼むぜ」


 俺がそう言うと、エルマはずいと前に出てきた。


 さっきからひっついているましろと俺を切り離すみたいに、グローブに包まれた手を伸ばしてくる。てか、手首にくっついているジェットパーツが、まだ熱いんですけど。


「退避を要請」


 エルマの短い警告に従ってましろが後退し、俺から離れた。


 その直後、エルマが両手をがばっと広げる。

 大きく腕を開いたポーズをとったかと思うと、いきなり俺に抱きつこうとしてきた。


「うわぁ」


 とっさに避けた。


 冗談じゃねえ。

 肩にかけた弾帯やポケットの弾丸やらで、体中に弾薬を満載した状態の俺に、加熱したままの機械部品がついた腕で抱きつこうとするな。


 エルマの目が俺を追う。視線に追従して腰関節が旋回し、抱きつく構えが俺を追尾してくる。


「移動の停止を要請」

「やめろ。こっちにくるな。抱きつくのも無しだ」


 ジャケットをめくって弾丸を見せる。


「そんな状態でくっつこうとするな。弾丸が暴発したらどうするんだよ」


 必死な呼びかけが効いたのか、エルマが構えを解いた。


 あぶないあぶない。

 あやうく殺人ロボットの手で命を奪われるところだった。


「抱きつくのはやめろ。仕事に戻れ、ロボ子。わかったな」

「呼称の修正を要請」


 エルマは俺を見ながら言った。


「私の呼称は、エルマです」

「悪かった。エルマ、牙獣退治を再開してくれ」

「了解。飛行シーケンスに移行。退避を要請」


 背中のバックパックから数秒ほどバーナーの炎を噴射したかと思うと、エルマの体は空中に飛び上がっていった。


 俺たちはその姿を見送った。

 まさか、あんなロボットが牙獣退治をしてくれるなんて思ってもいなかった。世の中どんどん自動化されていくぜ。


 横にいるましろも似たような気持ちなのか、空を見上げたままぼーっとしている。

 そういう、ほっとけない表情するのやめてもらいたい。無視したら、こっちが悪いことしてるみたいな気分になるから。


「まあ、これで仕事は終わりだ」


 手近な木の根元に座り込んで、ケインズからもらった包みをポケットから取り出す。


 なにかと走り回ったりしてばかりだったが、運の良いことにサンドイッチは潰れていなかった。


 時刻はすっかり昼を過ぎている。

 遅めのランチタイムには、悪くない時間だった。


 ホイルをめくると、中からバーベキューソースの香りが漂ってきた。

 これだけで勝ち確。厚めのバゲットではさまれているのは豚肉のソテーだろうか。パンと肉の間には、サニーレタスやパプリカ、タイムなんかの香草も見える。


 なるほど。

 どうやらこれは、ポークリブサンドであるらしい。


 ひと口齧ってみると、なかなか悪くない。

 ハーブで豚肉の臭みがかき消され、肉のうま味が濃厚なわりに、野菜のおかげで後味がスッキリしている。


 まあ、これをケインズのおっさんがちまちま作っているところを想像するとたちまち食欲が失せていくので、そこはミリーに置き換えよう。うん、うまい。


 リブサンドに齧りつきながら、ふと視線を上げる。


 ましろは立ったまま、俺に背を向けて空を見ていた。


「食うか」

「いらない」


 せっかく声をかけてやったのに、こっちを見もしねえ。


 まったく困ったやつだ。

 あんまりシケた面されてると、飯がマズくなってくる。


 立ち上がって、ましろに近づいた。ついでに、リブサンドの俺が齧った部分の反対側をちぎっておく。


「ン、んんっ」


 んでもって、咳払いで喉の調子を整える。


 少し高めの上品なトーンを意識して、口を開いた。


「ましろさん。食べないと、元気になれないよ」

「今のは―――!!」


 バッ、とすごい速さでましろが振り向いたタイミングを狙って、ちぎったリブサンドを口に押し込んでやった。


「むぎゅ……」

「ちゃんと食ってやれよ。そいつは、ケインズのお手製だからな」

「むぐむぐ」

「ケインズから聞いたぜ。おまえ、ミリーの命の恩人なんだってな」


 口の中のものを噛むので忙しいましろがしゃべれないうちに、伝えたいことを言っておくことにした。


「ありがとう。俺からも、礼を言わせてくれ。あの親子には、世話になってるんだ」

「……昔の話です」

「何年生きたって、過去は無くなったりしねえよ」


 なんとかして励ましてやりたいのだが、うまく言えない。


「おまえは立派なやつだ。それから、昨日は、その……悪かった。だから、その……元気を出せよ。おまえがしょげてると、俺はなんだか、落ち着かない気分になるんだよ」


 口下手なりに言いたいことをまとめてみる。さりげなく、昨日の件を謝ることができた。謝ったからといって、許されるわけでもないのだが。


 そうと言わんばかりに、ましろは口を閉ざしたままでいる。


 普段の調子で、うまいことのひとつでも言えないものだろうか。がんばれ、俺。


「なんていうか、こう、だな」


 ダメだ。うまくいかない。


 しょうがないので、思ったことをそのまま口にした。


「昨日、おまえの泣き顔を見てから、だな。俺の頭の内側から、誰かに殴りつけられているみたいな、そんな感じなんだよ。わかるか」

「では、その殴っているお人に伝えてください」


 ましろが俺のことをまっすぐ見ながら言う。


 やっぱりこいつ、性格はアレだが黙っているか、普通にふるまっているときは美人なので、そんなにみつめられるとこっちが気後れしちまう。


「私が泣いたら助けに来てください、と」

「お、おう」


 うわずった声で応じると、彼女はクスッと笑う。


 そして、いつもの口調で言った。


「頼んだぜぇ、同族殺し。オレの伝言、ちゃぁんと伝えろよなぁ」

「わかったわかった」


 正直に言うと、この口調だけはいただけないのだが、まあこの際だから黙っておくことにしよう。


 ひとまず、これで元通り。

 めでたしめでたし、だ。


「ファング!! どこよ、姿を見せなさい!」

「姉さん、どこですか~」


 遠くのほうから、また別の厄介事を予感させる声がした。

 言わんでもわかると思うが、二人分だ。 


 エルマが響かせている銃撃音の反対側から、ギリーとひさめ。それからFBCUの隊員たちがぞろぞろとやってくる。この調子なら、トニーのことはなんとかなったようだ―――と願いたい。


「ま、いいか」


 世の中をなんとかしようと思っているのは、俺だけじゃない。

 きっと俺の知らないどこか誰かが、この事態を収束させるために、奔走してくれていると信じよう。


 俺としては、朝から走らされたあげく殴られたり、頭を悩ませたりとで、さんざんな一日だった。

 まだ昼だが、今日の勤務はこれでおしまい、っと。


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 一人称の練習で書いています。

 読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。

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・校正をなさってくださる方へ

 お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。


(例文)

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>~(←ココに修正箇所を引用する)

この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。

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 以上の形式で送っていただければ、こちらで妥当と判断した場合にのみ、本文に修正を加えます。

 みだりに修正を試みることなく、校閲作業者としての節度を保ってお読みいただけると幸いです。

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