43.クーゲートブリッジのセヴェラ
弾丸の補充を終えた俺は、市街の西側をめざしてバイクを走らせた。
「まったく、いい天気だってのによ」
晴れ渡った空を仰ぐ俺の口から、ぼやきがこぼれる。
橋上からの眺めは最高だ。
この橋を渡って街の西側を散策するのが、デートコースの定番になるくらいには有名だ。あいにく、そういった目的で利用したことは、まだないのだが。
そんなことを考えていたら、リタとの約束を思い出した。
「明日、って言ってたっけか」
頭の中でデートの行き先を考える。
まずはそのへんショッピングモールに行って、そのあとは軽くお茶でもして、と。
などと思い浮かべていたら、視線の先に黒い物が現れた。
「ぬお」
俺の進路をふさぐ位置に、二体の牙獣が待ち構えている。
もちろん、騎士の形をしたやつらだ。
まったく無粋なやつらだ。せっかく軽快に直線を飛ばしていたというのに、雰囲気が台無しである。
俺がバイクを止めると、同時に牙の騎士たちが動き出した。
いちいち気の早い連中だぜ。俺はホルスターから銃を引き抜き、右側のやつにタイミングをずらした二連射を見舞ってやった。
バスッ、バウッ……!!
騎士の一体が、たちまち黒い霧と化した。
何度かこいつらと戦ううちに、俺にもだんだんとコツがわかってきた。
牙を使った防御を行うとはいえ、牙獣には人間のような戦略的な組み立てというものがない。ただ反射的に、防御行動を行うだけだ。
なので初弾を防がれる前提で放ち、わずかな時間差をおいて本命の二発目を撃つ。
そうすることによって、その二発目が相手の反応よりも先に牙獣の本体にダメージを与える。それで終わりだ。
八本牙といっても、しょせんは牙獣である。
俺にかかれば、こんなものだ。こいつはラクな仕事だぜ。
もう一体も始末して、さっさと先に進もう。
―――などと思っていた俺の視界に、橋の上を歩く少女の姿が飛び込んできた。
「んえっ!?」
予想もしていなかった状況を目にして、俺の手元がわずかに狂った。
牙獣が銃弾の一発を弾く。
二発目は、形成された直後の牙を砕いただけで相殺された。
これで四発撃った。
弾切れである。あかん。
そんな俺の状況を無視するかのように、パンダのぬいぐるみを抱いたセヴェラがすたすたと歩いてくる。
もうほとんど牙の騎士のすぐ後ろまで迫っていた。
「ちょっ……!! ちょっ、ちょっと待て。こっち来ちゃダメだ、セヴェラ!」
俺は牙獣の攻撃を避けながら、声を張った。
ところが彼女は俺の言葉など意に介した様子もないどころか、たった今気づいたと言わんばかりに顔を上げた。
「こんにちは、ファング。それとも、おはようかしら」
そんなことはどうでもいい。
まず、子供が一人で街中を歩き回っているなんて、危険きわまりない。
よそに比べれば犯罪の発生率が低いとはいえ、この街だって誘拐事件ぐらいはある。
それに、今は警報が発令されているんじゃなかったのか。
っていうか、俺だって今こうして牙獣に襲われている真っ最中だ。
「ひとまず離れろ!! ここは危険だ!」
俺がそう言うと、セヴェラは牙獣を見上げた。
「大変そうね」
「こっち来ちゃダメ。来たらダメだっての」
「私、手伝ったほうがいいかしら」
最近の子供は、正義感が強いなあ。
感心してる場合じゃねえっての。
とにかくさっさと片をつけないといけない。俺は繰り出される牙の連撃を躱しつつ、空になった弾倉に弾を詰めていく。
よし。装填完了。
俺は前に突進した。牙の一撃をかいくぐり、銃口を牙獣に押しつけるようにして撃つ。
「その銃、すごい音がするのね」
黒い塵となった牙獣を見ながら、セヴェラは淡々とした口調で言った。
「鼓膜が割れるかと思ったわ」
「近づくなって言っただろ」
「そうね。ママも、銃を持った人には近づいちゃいけないって言ってた」
「俺もママさんの意見に賛成だな」
顔をしかめた俺から目をそらして、セヴェラはコクコク頷いた。
「でも、今、ここにママはいないでしょ」
説教臭い大人を前にした子供の態度だった。けしからん。
「んで。こんなところで、一人で何やってるんだ」
「あなた、橋を渡るの?」
「ああ。そうだ」
「あっちはあぶない、って言ってる」
「お友達が?」
「そう。逃げて、って。あっちに行ってはいけない、って言ってる」
またそれか。
子供相手に大人げないことは言いたくないが、今は話し相手になってやる余裕もない。
「それで、そのセヴェラは危険があるところで何してたんだ」
「私、お手伝いをしてきたのよ。もう終わったけど」
「わかったわかった。今ちょっと俺、忙しいから。とにかく、まず警察に保護してもらうからな。パトカー呼んでやるから、そこで待っててくれ」
「呼ばないで」
セヴェラの小さい手が、俺の上着の裾をつかんだ。
「警察は困るわ」
「逃亡中の犯罪者みたいだぜ」
「だって、ママに怒られてしまうもの」
「悪いな。呼ばないと、俺が警察に怒られちまうんだ。そこでおとなしくしていてくれ」
俺は手のひらをつき出して、彼女の申し出を断った。
正直、俺一人じゃ手に負えない状況だ。バイクのシートは一人分だし、まさか荷台にこの子をくくりつけていくわけにもいかない。
でもまあ、どうせ街中には警察がわんさか出回っているだろうから、お迎えしてもらうのが最適解だ。ついでに俺もバイクごと運んでもらいたいぐらいである。そりゃ無理か。
俺が端末を手にして警察に通報する横で、セヴェラはぬいぐるみに話しかけていた。頼むから、そのままおとなしくしていてくれ。
「バラガン。起きて。返事をして」
「ああ。もしもし、警察。えっと、事件か事故かって? えーと、これどっちなんだ。今、橋の上で子供を発見したんだよ。俺がそんなところで何をしているかって? そこから説明しないとダメなのか」
「……第九層……封印解除、第八層封印解除……」
「警察に呼ばれて、移動中なんだよ。名前はファング。照会するから待てって?」
「バイバイ」
「だから、そっちはいいから先に子供の保護の手配をだな―――」
通話の相手を説き伏せながら、軽く視線をめぐらせる。
と、そこにいたはずの少女が、姿を消していた。
「あれ……?」
俺はあたりを見回して、ぬいぐるみを抱えた少女の姿を探した。
セヴェラはどこにもいない。
さっきまで、ここにいたはずなのに。元からいなかったかのように、姿を消してしまっていた。
「見間違い……んなわけないか」
長い橋の前後を見渡しても、誰もいない。
ここには俺ひとりきりだ。
たしかに彼女の声を聞いて、話もしたはずなのに。
セヴェラがどこに行ってしまったのか、どうやって消え去ったのか。そもそも何故、一人でこんな場所をうろついていたのだろう。
いったい、何が起きているのか。
それらの答えが何ひとつとして、俺にはわからなかった。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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