K.職場復帰のトニー
「よう、ギリー!! 元気にしてたか?」
早朝の勤務を終えて署に戻ってきたら、ここしばらく見ずに済んでいた汗臭いマッチョが待ち構えていた。
「ようやく退院だぜ。これで病院のベッドで筋トレして、看護師に怒られる生活ともおさらばってわけさ」
「ああ。そりゃよかったわね」
朝から最悪の気分だったのに、さらに拍車がかかった。
誰のせいで、私がこんな苦労をしていると思っているのだろうか。
そんな私の都合などおかまいなしに、トニーは備品ロッカーに肘を乗せた。
「あんまり元気じゃなさそうだな」
「別に。あんたがいない間、交通整理に回されていただけよ。そこどいて」
筋肉の塊が脇にずれたので、ロッカーの中に誘導灯を二本ともぶち込む。こんなもの、二度と拝みたくない。
「そういえば、おまえさん市警出身だっけか。そりゃ大変だったな」
「おかげさまで。九時から教習があるってのに、早番勤務を済ませてきたところよ」
「ああ、それで。お疲れ」
「それはどうも。退院したばかりなのに気を使ってくださって、ありがとうございます」
「気にしなさんな。相棒だろ」
トニーはニコニコと笑みを浮かべた。
私のめいっぱいの皮肉は、まったく通じていないようだった。きっと筋肉が厚すぎるせいだ。脳筋め。
そのあと、私たちは講習室に移動した。
私と汗クサマッチョが到着する頃には、室内にFBCUの隊員たちと、警察学校の訓練官が来ていた。
教習の内容は、先日の演習時にあった五本牙との戦闘を元にした実戦レクチャーだった。
最初に動画が流された。
壁際に据えつけられた大型のスクリーンの中で、あの忌々しい大型の牙獣に、警官たちが激しい銃撃を加えている。
最後に、五本牙が爆発四散したところで、訓練官が言った。
「以上の状況から、何かわかったことはあるか」
隊員の一人が挙手し、発言が許可された。
「人数が不足していたのではないでしょうか」
「いいぞ。悪くない答えだ。他に発言者はいないか?」
人を褒めて伸ばすタイプの教官が、隊員たちを見回す。
今度は誰も手を上げなかった。
「結構。では、もう一度。今度は途中で、映像を静止してポイントを整理しよう」
画面の映像がふたたび流され、発砲の瞬間で止まった。
「ここで号令をかけて、全員が一斉に発砲しているのがわかるだろうか」
訓練官はもう一度、全員を見渡す。
「諸君の中には、当日この場に居合わせた者もいるだろう。君たちには称賛を送ろう。見事なチームワークだ、とね」
ずいぶんもったいぶった言い方で、なんだかイライラしてきた。
だいたい私はそのとき、その場にいなかった。あの日は、あのクソいまいましいハンターのせいで―――あいつのことを思い出すだけで腹が立ってくる。
なんでもいいから、さっさと本題に入れと私は願った。
「しかし、この場合はチームワークが必ずしもベストの解答とはならなかった例、として記憶しておいてほしい。ご覧の通り、相手はこちらが発砲するタイミングにあわせて、防御行動をとっている。ほら。牙を盾のように構えているだろう」
映像は解説にあわせて、低倍率の速度で再生されていた。
と、今度は五本牙が形成した盾に、銃弾が着弾する瞬間で画面が静止した。
「こういった状況下では、一斉射撃は有効打になりえない。こちらのタイミングが重なるほど、相手は防御しやすくなる。これが、チームワークが有効に働いていない状況だ。優秀な諸君らには、すぐに理解できるはずだ」
訓練官がスクリーンの横にあるホワイトボードに移動した。
ペンを使って丸を描き、また隊員たちを見渡しながら説明が続く。
「これが目標だったとしよう。この丸があいつら、牙獣だと思ってほしい」
そう言いながら、教官が丸の周囲にたくさんの線を描いていく。
牙獣というより、ウニにしか見えなかった。
たぶん、他のみんなも同じことを思っているはずだ。指導能力が高いと評判の訓練官だが、絵心はまるでないらしい。天は二物をなんとやら、ってね。
「目標に対して、二人一組で射撃を行う場合は、この図のように二か所から攻撃を加えていく。一人がけん制を行い、もう一人は相手の防御が及ばない位置まで移動して発砲する。通常よりも大型の牙獣に対して、これが現時点でもっとも有効と考えられる方法だ」
ウニに対して、三時と六時の位置に棒人間が書き加えられた。銃で武装した警官のつもりなのだろうけれど、杖をついた老人と、腰の曲がった老婆の草刈りにしか見えない。
「けん制を行うポジションについた場合には、車載のショットガンを用いるのが有効だ。使用許可については、通常の手順を踏むように。まあ、あんなものがそうそう出てくるとはかぎらないから、そう使う機会もないだろうが―――」
壁に埋め込まれたスピーカーから流れる、事務的な声が訓練官がの発言をかき消した。
『―――市内全域に大型の牙獣の出現が確認されました。市長から特別警戒警報が発令されております。各員は上長の指示に従い、すみやかに行動を開始してください。繰り返します。市内全域に―――』
室内はとたんにざわついた。
訓練官がワイシャツ姿の警部補に目をむける。と、二人は位置を入れ替えた。
「よーし、諸君。静粛に、だ。本日の教習はこれにて終了として、治安活動を開始する。まずは、ジョンソン。おまえはチームを率いて市庁舎に先行しろ。庁舎職員の安全確保が第一目標だ。マーカスは管理局にむかってくれ。その場にいるハンターどもには、建物の出入り口を固めさせろ。トレボーは公民館だ。道端をうろついているやつをみかけたら、かたっぱしから保護してやれ。他の者には、おって指示を出す。装備を整えて、待機だ。以上。急げ」
一同は行動を開始した。
発達した胸筋のせいで横幅の広い相棒と並んで、私も廊下を進む。とても狭い。
「こいつは盛大な復帰祝いになりそうだな」
「あんた、悪魔にでも憑かれてるんじゃないの」
「そんなことないさ。神は筋肉に宿るって言うだろ」
「そういう冒涜的なこと言ってるから、祟られるのよ」
同僚の汗臭に顔をしかめながら、私は言った。
おそらく、今回の件もファングが絡んでいるはずだ。証拠はないが、私のカンがそう告げている。
もし見かけたら、今度こそ尻尾をつかんでやる。
私の正義の心は、今日も熱く燃えていた。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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