38.俺の部屋まで来てくれたリタ
トン、トン。
ドアを軽くノックする音で、俺は目を覚ました。
「んむ……開いてるぞ」
扉がわずかに開いて、隙間から誰かが顔をのぞかせた。
「おはようございます、ファングさん」
「―――!?」
まったく予想してなかったリタの出現に、俺は気が動転しそうになった。
店はどうしたんだ、店は。
「待ってくれ。目は覚めたが、まだ服を着ていない」
「えっ。あ、はい。えっと……見てても?」
俺の着替えなんか、見てどうするんだよ。
「ドア閉めて。外で待っててほしい」
「はい」
ぱたり、とドアが閉まったので俺は服を床から拾い上げた。
服を着ながら、昨晩の出来事を思い返す。
昨晩はミララメラに帰れと言われて、そのまままっすぐ帰宅した。
正直、いいように扱われているところは気に入らなかったが、あいつも悪意があるわけじゃないことはわかってる。
なので、素直に従うことにした。
やつの言うとおり、本当に牙獣が街にあふれて、そうなってから後悔しても遅い。もし嘘だったとしても、俺が騙される程度で済んだほうがずっとましだ。
しかしまあ、嘘と言うことはまずあるまい。
ミララメラのやつ、一万年も生きているなどと言うわりに面倒見がいい、というか、よっぽどのお人好しじゃないかと思わせるようなところがある。
あいつを信じて損するようなことがあっても、納得できる。
友達って、そういうもんだろ。
「それはそれとして、だ」
着替えを終えた俺は、扉を開けた。
「どうしてリタがここに? オセロットはどうしたんだ」
ドアの脇で壁に背を預けていたリタが、小首をかしげる。
「ええと、さっきお店についたとき、ちょうどオセロットさんとすれ違ったんですよ。そしたら、ファングさんが寝てるから起こしてほしい、って頼まれました」
その言葉を聞いて、俺の眉がヒクついた。
あいつは何やってんだ。
昨日、帰ってきたときに『明日は家でじっとしてろ』って言っておいたはずだぞ。
それに、朝になって俺が寝ていたら起こしてほしいとも、たしかに頼んだ。
だからって、赤の他人に頼むことはないだろ。しかも、カギを開けっ放しにして出ていったってことか。もっと防犯意識高めろ。
俺の顔を見たせいか、リタの表情がちょっと不安そうになった。
「あの、ご迷惑でしたか」
「いや。そんなことはないよ」
時計を見ると、まだ六時を少し回ったところだ。
まずはニュースでも確認するべきか。
今日は何が起きるか、はっきり言ってわからん。これだけつかみどころがないと、状況にあわせて臨機応変にやっていくしかなかろう。
「店を開けるには、まだ時間があるだろ。コーヒーでも飲んで行くか」
「い、いいんですか?」
「ああ。いつもコーヒーを飲ませてもらってるからな。たまには俺が用意しよう」
「じゃあ、ひとつだけお願いが……」
「ン?」
リタは唇をムニムニと動かしてから、ようやく口を開いた。
「ファングさんのお部屋で飲みたいです。い、一緒に……」
「椅子、ないけど」
「ベッドに並んで座って、とか」
なんだそりゃ。
まるで恋人同士みたいだな。
妹みたいに思っていたが、この子もそういうのにあこがれるお年頃ってことか。
いいぜ。俺でよければ彼氏ができたときの練習ぐらい、受けて立ってやる。
「ダメ……ですか」
「いいよ。部屋で待ってな」
「はいっ!」
リタは元気よく返事をすると、俺の部屋に入っていった。
あんな何もない部屋で喜んでくれるなんて、なんて良い子だろう。彼女の彼氏になる男は、財布の中身の使い道に困るに違いない。
俺はコーヒーの用意をして、トレーに乗せて運んだ。
「はいよ。お待たせ」
「わーい。ありがとうございますっ」
「店のコーヒーと違って、安物だけどな」
「そんなことないですよ。ほら、いい香り」
カップを手にしたリタが、コーヒーの香りを味わう。
俺も真似てみた―――やっぱ、いつものだ。がっかりテイスト。
今度オセロットに、来客用に上物の豆を用意しておくべきではないかと提案しよう。
それはそれとして、今日のことをリタにも告げておいたほうがいいのだろうか。
何か危険があるといけないから、軽く伝えておくぐらいはしたほうが安全かもしれない。
「なあ、リタ」
「はい?」
「今日は、できるだけ誰かと一緒にいたほうがいいぞ。特に、出歩くときは」
「それなら、ファングさんと一緒がいいな」
「いや。今日は仕事が」
リタの頭が、あからさまに項垂れた。
いかんいかん。彼氏ができたとき練習をするんだった。
「今日は仕事で手一杯だから、別の日ならいいぜ」
「そ、それじゃあ……」
コーヒーをみつめながら、リタが言った。
「こ、今度、私が学校も、お店も休みのときに……で、デートしてくださいっ」
デートの練習なんてして、この子はどうするつもりなんだろう。
ああいうのは、こう、なんていうか。
これから何が起きるかわからないけど、好きな人と一緒ならなんでも楽しいね、だとか。
ドキドキしたり、ワクワクしたり、そういう気分を味わうものだと思うのだが。いや俺だって、そんな経験ろくにしたことないけどさ。
好きでもない男とデートしても、かえってがっかりするんじゃないだろうか。
それともあれか。体験版とか、経験値とか、そういう概念か。ゲーム世代的な慣習のひとつとして、デートしておきたいみたいなものなのだろうか。
「わかった。じゃあ、休みの日が決まったら……」
「明日でお願いしますっ!!」
「はい」
すごい勢いだったので、思わず頷いてしまった。
まあ、いいか。
たぶん、明日はきっと平和に過ごせる日常が戻ってくるに違いない。
「あ。いけない。もうこんな時間」
リタが自分の端末を見ながら言った。
時刻は四十分を過ぎていた。
七時に開店する店の準備をするには、ちょうどいい頃合いだろうか。
「どうしよう。まだ全部飲んでないのに」
「かたづけておくよ。貸しな」
俺はカップを受け取り、ぐいと呷った。
「……え? え。あ、あ……」
リタが目を白黒させる。
「わわ、私もファングさんのコーヒーをかたづけますっ」
俺の手からカップを奪い去ったリタは、コーヒーの残りをぐいっと飲んだ。わざわざカップを半周だけ回して、俺が口つけた飲み口にかぶりつくみたいな勢いだった。
一気に飲んだあと、リタはのぼせたような顔でカップを俺に渡す。
「こ、こここ、コーヒーごちそうさまでしたっ。それじゃ」
頬を真っ赤に染めながら、それだけ言うとリタは部屋を飛び出していった。
コーヒー熱くなかったかな。舌でも火傷してないだろうか。
そんな心配をしていると、俺の端末が盛大に震えた。
そういえば、寝る前にバイブレーションにしておいたままだった。
「ん……?」
着信と同時に来たメッセージを見て、俺は大急ぎで部屋を出て、バイクに飛び乗った。
緊急事態だ。
さっそく朝から、のんびりしてはいられなくなってきた。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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(例文)
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