I.管理局のファング
春風が、のどかにそよぐ日のことでございました。
「我が嫡孫、剣崎ましろに皆伝を申し渡す」
剣道場のかたすみにて、祖父からそのように伝えられたのでございます。
「謹んで承りましてございます」
「また、かねてより伝えおいたとおり、家屋敷と道場、ならびに財貨の相続を許さんとす」
「お爺様」
私は祖父の言葉を遮りました。
「道場のことはお任せします、とお伝えしたはずでございます」
すると祖父は、すっかり白くなった髪を指で梳きました。
なにやら困ったような様子でございます。
「そうは言ってもなあ。弟子はどうするんだ」
「ひさめの稽古をつけるだけで、私は手一杯でございますから」
横に並んでいる、妹弟子にちらりと視線を送ります。
緊張の面持ちで座していたひさめは、スッと頭を伏せました。
「お師匠様のお許しが頂ければ、これまで通り姉さんの元で学ばせていただきたく存じます」
その言葉を聞いた祖父の顔に、柔和な笑みが浮かびました。
「もう師匠ではない。ましろが許すなら、あとはお嬢ちゃんの好きにするといい」
「はっ」
ましろは面を伏したまま、私のほうに向きを変えました。
「これまで通り、お師匠様の教えを賜りたく―――」
「ひさめ」
私の口から、軽いため息がこぼれました。
「今までどおり、姉さんで構いませんよ」
「えっ。そうですかぁ」
顔を上げたひさめが、にへらと笑みを浮かべておりました。
まったく緊張感の欠片もない様子でございます。
ひさめは剣筋が素直でよろしいのですけれど、こういうところが玉に瑕といった感じで、一向に改まる気配がありません。困ったものです。
祖父の問う声が、私の耳に入ってきました。
「それで、道場をおいぼれに任せて、ましろはどうするつもりなんだ」
「幸い、この街には斬って捨てても、さしさわりのない輩がおりますゆえ」
ふっ、と気持ちを吐き出します。
「ハンターとなって、たつきの道を歩もうと思います」
「そうか」
祖父には止めるでもなく、勧めるでもなく、ただ淡々と頷くのみでした。
「その手のことで、やつらを恨んでおるか」
静かに問われました。
その手、とは私の左腕のことでございます。
かれこれ十年も前から使っているもので、
「私も人ですから、恨みがないと申せば嘘になりましょう。ですが、これも人助けの道でこざいます。そう思いながら、剣心を研ぎ澄ましていくつもりです」
「そうか」
ぼんやりとした返事でございます。
「自分で行く末を決めたのなら、もはや何も言うことはない」
「ありがとうございます」
「好きな男でもできたら、いつ嫁いでもかまわんよ」
「ご冗談を」
「冗談ではないぞ」
祖父が目許をほころばせたあと、まなざしを庭のほうに流しました。
「妻に先立たれ、息子夫婦を亡くしてのち―――」
ふぅ、と。
かすかな息がこぼれます。
「老境のわびしさを持て余し、おまえと一緒に旅に出てから十と二年。数奇な運命から、この街に腰を据えることとなった。良い出会いに恵まれたおかげで、こうして道場を構えることもできた」
遠くを見据えていた祖父が、私に視線を戻しました。
「ましろは、よくがんばってくれた。先祖伝来の剣を伝えることができのは、ひとえにおまえの努力の賜物と言うより他はない。礼を言う。これは剣の師としてではなく、祖父としての言葉だ」
「もったいないお言葉でございます」
「ゆえに、後のことは、おまえの良いと思うようにするといい」
そう言ったあと、今度はひさめに目を向けます。
「お嬢ちゃんにも世話になった。父君にも、よろしく伝えてほしい。ましろのことも、よろしく頼みたい」
「ははーっ」
ひさめは声を張って、おおげさな土下座をしてみせました。
あとでたずねてみたところによると、ネットで配信されている時代劇を見ておぼえた作法だとか。
その話を聞いた私は、思わず頭を抱えたくなったものです。
それからの日々は、とんとん拍子でございました。
管理局での登録など、じつに簡単な事務手続きだけで済みました。
ただひとつ、牙獣を狩るときには専用の武器が必要だとのことでした。
それを手に入れるため私は、映画のプロデュースを生業としているひさめの父君を頼りました。
そうして、普段は撮影用の小道具を作りながら、カスタムナイフの製造を手掛ける鍛冶職人を紹介していただいたのです。
その職人の協力を得て、ようやく納得のいく出来栄えの刀を手に入れることができました。時間にして、おおよそ一ヶ月ほどかかってしまいましたが、それはまあ余談というものでございます。
そのあとのことは、さして語るほどのことはございません。
日々、牙獣を斬って暮らすのに足るお金を稼ぐまで、そう時間はかかりませんでした。
そんなある日のこと、ちょっとした問題が起きました。
そのことが原因で、私はひさめを伴って管理局まで出向くことになりました。
普段は彼女一人を使いに出して報奨金の受け取りなどといった、各種の手続きを任せておりました。
けれども数日前、なにやら品位に欠けたあらくれ者にからまれてしまったと言うのです。
そのときは、たまたまその場に居合わせた殿方に助けてもらった、とのことでした。
まったく情けない話でございます。
いかに無手とはいえど、男にひけをとらないだけの剣の腕前があるはずなのに。
こんなことなら、常に刀を持ち歩くように言い含めておくべきでした。
管理局とのやりとりがあるため、ひさめも一応はハンターの資格を取得させております。
帯刀が許されているのですから、日頃から刀を持ち歩けばよいのです。諍いを仕掛けてきた相手には軽く稽古でもつけてやって、二度と手を出してくることのないように懲らしめてやれば、こちらも都合がよろしくなるでしょう。
それはさておき、お世話になったという御仁に礼のひとつもせねばなりません。
そういった事情があって、管理局までやってきたのですが―――。
ちょうどそこに、ひさめを助けたという、その人がいらっしゃったのです。
「はじめまして、ましろさん」
涼しげな笑みを浮かべた彼の顔に、私は見入っておりました。
「僕はファング。おかしな名前だけど、笑わないでくださいね」
彼のさし出した手を取るのも忘れて、見惚れています。
胸の―――高鳴る響きが、止まりません。
これまでどれほどの強敵と対峙しても、ゆらぐことのなかった剣心が、ゆらり、ゆらりと傾くのです。
けれどもそれは不安定にゆさぶられながらも、凪いだ水面のごとく心地よいものでありました。
剣の心境でたとえるならば、戦う前から負けている、といった有様でしょうか。
「姉さん。どうしました?」
物言うこともできなくなっていた私の横から、ひさめが呼びかけてきました。
まったく、この子は。
こういうときにかぎって、空気を読んで静かにしていることもできないのでしょうか。困ります。
「ひさめさんから聞きました。ましろさんは、そうとうお強いとか」
「い、いえ。そんな、強いだなんて……」
彼の言葉に、私はやっとのことで声を返すことができました。
「わ、私なんて、まだまだ未熟者で、お……お爺様の腕前には、遠く及ばず」
「こーんなこと言ってますけど、うちのお師匠様すっごく強いんですよー!! この前もここで、映画のアクションスターみたいに筋肉ムキムキの男の人とすれ違ったんですけど。そしたら、その人が姉さんを見ただけでペコペコお辞儀してましたっ」
「ひさめ」
自分でも驚くくらい、こわい声を出すことができました。
ひさめの顔が、一瞬で青くなりました。
「―――ヒッ!!」
「よけいなことを言うものでは、ありませんよ」
「は、はいっ! すすす、すみませんでしたっ」
そんな私たちのやりとりを見た彼が、クスッと笑います。
やさしい微笑みを目にすると、それだけで胸の鼓動が弾んできました。
これはもう、間違いありません。
我が身に訪れることなどないと思っていた瞬間が、ついに来てしまったのです。
こうして、私は彼と出会って―――ひと目で恋に落ちてしまいました。
ひと目惚れ、というやつでございます。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。
(例文)
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