37.クララタウン通りのましろ
病院での診察を終えた俺は、橋を渡った。
午後もみっちり仕事に励んだ。日中に出没するのは、やはり一本か二本ぐらいの牙しか持たない雑魚ばかりで、たいした稼ぎにはなからなかったが。
「ま、このあとか」
また夜になれば、騎士の姿をした牙獣が出てくるに違いない。
そうすると、ミララメラも姿を見せるはずだ。
べつだん待ち合わせをしているわけではないが、俺が仕事をしていると、だいたいむこうが勝手にやってくる感じになる。
すると、「またおまえか」などと言われるわけで。
やつの言い分を信じるなら、ミララメラは牙獣のいる場所を感知することができるらしい。
そこにちょうど、やつに感知できない俺がいる。
そんな仕組みであるらしいのだが、俺には別に相手に居場所を知られないように隠れている、だのといった自覚はない。
なので、本当のところはさっぱりわからん。まあ、牙獣の居場所がわかるなんて能力があれば、たいへん便利であるとは思うが。今度、やり方を聞いておくことにしよう。
いや、聞くまでもないか。
ミララメラに言わせれば、俺には異界の力とやらがある、とのことである。
牙獣も同じ力から生まれたとか、だったかな。俺のせいで牙獣が出るだとか、俺のいるところに牙獣が集まってくるだとかも言ってた。
つまり、俺が牙獣を呼んで倒せば、収入の永久機関ができるのではないだろうか。
ひょっとすると、試してみる価値はあるかもしれない。
晩飯を食いながらそんなことをずっと考えていた俺は、日が沈んでからクララタウン通りを歩きながら、ずっと試していたのである。
具体的には、牙獣がこっちに来るように念じてるだけなのだが。
「やっぱり無理か」
夕暮れどきの街角に、ため息を解き放つ。
牙獣どころか、野良猫の一匹も来やしねえ。
数分ほどを徒労に費やした俺が、ドラッグストアの前を通りがかったときのことだ。
和服の美女―――もとい、俺の苦手なタイプの女が、ふいに店から出てきた。
紙袋と刀を胸元に抱えていたましろと、俺の目が合った。
「よ、よう」
「お、おぅ」
とっさに言葉が出てこなかった。
それは相手も同じであったらしい。
とはいえ、こちらにはもうこれ以上、特に言うこともない。質問したかったこともあったけれど、今はもう聞いても意味がなくなっている。
「んじゃ、またな」
俺はましろの前を横切って、通り過ぎようとした。
が、上着が何かにひっかかった。
ちら、と目をやると、ましろが服の裾をつまんでいる。
「送っていけよぉ」
「なんで?」
「お、女一人で夜道を歩かせる気かよぅ」
俯き加減で目をそらしたましろから、無茶な要求が出された。
まだ日も沈みきってないのに、何言ってんだこいつ。
そもそもムーディーなサンセットタイムに、一緒に歩くような関係じゃないだろ。
このあたりには刀を持ち歩いている女に襲いかかるほど、あぶないやつがいるわけでもない。銃でも持ってるやつなら話は違うかもしれんが、それなら牙獣でも撃ってるほうが金になることぐらいは子供でもわかる。
だいたい拳銃を構えた強盗に会った程度のことで怯むような、かよわい女じゃないだろ、こいつ。この女を襲うつもりなら装甲車に乗っているぐらいでないと、歯が立たないはずだ。
なので、彼女を無視して歩きだした。
ましろは俺の上着の裾をつまんだまま、後についてくる。
これから仕事だというのに、まったく困ったものだ。
「何かしゃべれよぅ」
「ついてくるな。これから仕事なんだ」
「オレも一緒に行くぅ」
背後のましろから見えないように、俺は苦い顔をした。
まったく、人の上前をはねるなんて、オセロットじゃねえんだから勘弁してくれ。
たしかにこいつなら、あの牙の騎士を相手にしても、ひけはとらないだろう。俺が知ってる同業者の中でも、まず間違いなく五本の指に入る戦闘能力の持ち主だ。
けどまあ、一緒にいたいわけではない。
それとこれとは、話が別だ。
「ついてくるな。牙獣を狩りたきゃ、一人でやれ」
「そんなにぃ、オセロットがいいのかよぅ」
「あいつは関係ないだろ。俺とおまえの問題だ」
「関係、ない……?」
ましろはふいに、きょとんとした顔になった。
そんなに驚かせるようなこと言ったか、俺。
と、彼女の口調がいきなり変わった。
「それなら、私がオセロットの口調を真似ていることは……」
俺以外の人と話すときの調子だった。
っていうか、あのしゃべり方はオセロットを真似ているつもりだったのか。
似ていなさすぎて、さっぱり気づかなかったぞ。
だいたいなんで、そんなことする必要があるんだ。
本当に、この女はわけがわからない。たとえ話し方が変わったとしても、やっぱり苦手なことには変わりなさそうだ。
とりあえず、気になっていることだけ聞いて、さっさとおさらばすることにしよう。
「あの変な口調がオセロットの物まねだったら、もうやめとけ。それより、あの馬に乗った騎士みたいな牙獣のことだがな」
ましろがハッとした表情で、俺を見返す。
まっすぐ見つめられて、ちょっと目をそらしくなった。あの変な口調と笑うときの変顔さえなければ、わりと容姿の整った顔立ちなので困る。
「あいつが八本牙だって、おまえどうして知ってたんだ」
俺の質問に、ましろが固まった。
わずかな間があったあと、赤い唇を震わせながら言う。
「おぼえて、ない……?」
俺は言葉を失った。
そう言われても、何ひとつ心あたりがない。
困った。と思っていたら、ふいにましろの目に涙が浮かぶ。
「うっ……ううっ」
かすれるような息とともに、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていった。
いったい、これはどういうことだろう。
どうして、そんな反応するんだ。今の質問に、泣く要素があったとでも言うのか。
「おい。いきなりどうしたんだ」
俺が手を伸ばすより先に、ましろは背を向けて走り出した。
遠ざかる彼女の背を目にすると、妙な後味の悪さが胸に広がる。
とっさに追いかけようとした俺であったが、頭上からの物音に気づいて足を止めた。
ばさり。
ビルの上からコートをひるがえして飛び降りてきたのは、ミララメラだった。
「こんなところにいたのか」
「ちょっとどいてくれ。今、忙しいんだ」
「待て」
横を通り抜けようと俺の襟首に、ステッキの取っ手がからんだ。
「邪魔すんなよ」
「いいから聞け。そして今日は、もう帰れ」
「は?」
一方的な言い草に、俺はいらだった。
「聞けだの帰れだの、おまえは命令しか言えないのか」
「そんなことはどうでもいい。このままだと明日、この街はパニックになるぞ」
「なんだよ。それ」
止められている間に、ましろの姿は消えていた。
もう追いつけないと悟った俺は、あきらめて話を聞くことにした。
「明日、何が起きるって言うんだよ」
「やつらを狩りきれなくなった。明日は、騎士の姿をした牙獣が街中に現れる。そうなったら、人間どもに被害が出て警察だって出動する。大騒ぎだ」
「それなら帰ってる場合じゃないだろ」
「いいか。よく聞け。僕は昼間に出歩きたくないんだ」
「吸血鬼みてえなこと言ってんじゃねえよ」
「僕は吸血鬼だっ!!」
「んじゃ日光を浴びると、灰になったりするのか」
俺の問いかけに、ミララメラは少し考え込む素振りを見せた。自分の弱点をそこまで言ってもいいのかという空気だった。
「いや。そこまでとは言わんが」
「だったら昼間も、がんばろうぜ」
「嫌だよ。出歩きたくないって言ってるだろ。まあ……夜のうちに、できるだけのことはやっておく。だから、昼間に出た分は貴様がなんとかしろ。そのために今日は、もう帰って寝ろ。わかったな」
「おい。待てよ」
一方的に言いたいことだけ言うと、ミララメラは大きく跳躍した。
その姿がビルの屋上を超えて、夜空に消える。
一人残った俺は、暗くなった道端でしばし佇んだ。
街灯の明かりがポッと灯る。
その光に照らされた俺は、映画の一場面にいるような気分になった。
こちとら、それどころじゃないってのに。
どうすりゃいいんだ、この状況。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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(例文)
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