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ブラッドファング  作者: ことりピヨネ
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36.診察室のアリエル

 事務所に戻って寝ていた俺は、アリエルからの電話でたたき起こされた。


 用件はひとつしかない。

 健康診断の催促だ。仕方なくバイクを飛ばし、俺は病院にむかった。


「ああもう。血管に仕込んだナノマシンが溶けちゃってるじゃないか」


 診察室に入るなり、耳を疑いたくなるようなことを言われた。


「先生、人の体に変なものを仕込まないでくれよ」

「変なものじゃないよ。診察用だぞ」


 つけっぱなしのVRゴーグルごしでもわかるぐらいに、アリエルが頬をぷっくりと膨らませた。


「というか、ファングくんは医者が嫌いなの?」

「そうじゃなくて、仕事で稼がないといけないからさ」

「経済的な事情は、わからないでもないけど」


 と、アリエルはゴーグルをはずした。


 素顔を見たのは、これがはじめてのような気がする。

 こんなに童顔なのは意外だった。VRチェアから降りて、はっきりとわかった身長は予想外というほど小さくはなかったが、俺と同じぐらいしかない。この国の基準じゃ、十分に小柄なほうか。


 彼女は腕を軽く回して、壁に近づいた。

 壁面の操作パネルを指先でなぞると、壁の一部がスライドした。


 中から診察用の寝台と、怖そうな手術器具を並べたナーシングカートが出てきた。


「あんたが医者に来たがらないことに関しては、私にも責任があるからね」

「そりゃあ、顔を合わせるたびに患者の体を切り刻もうとするサイコなドクターがいる病院になんて、誰だって通院したがらないだろ」

「ごめん。でもね、ファングくんの体は危険な状態にあるんだよ」

「危険って、何が?」

「とりま寝て。診察しながら説明するよ」

「このあと仕事なんで。切ったりするのはやめてほしいんだが」

「しないから。上着脱いで、袖をめくって。銃はホルスターごとはずして、そっち置いといて」


 俺は言われたとおりにした。不安しかない。


「いいかな。まず、何が危険かと言うと」


 そんなことを言いながら、アリエルがブラウスの第二ボタンをはずした。


 仰向けで上から見えないのが惜しい。先生、小柄なわりに出るところが出てるので、さぞかしいい眺めに違いない。


「ファングくんは、どうして病院が嫌いなのかな」


 彼女の胸元を見上げるのに夢中になっていたら、其の隙に話題がコロッと変わっていた。

 あいかわらずだな、この先生。話すペースが一方的すぎる。


「インフォームドコンセントの観点から、その点の改善をはかりたいね」

「たった今、病院がとても好きになりました」

「そかそか。はい。ちょっと腕上げて」


 素直な感想を述べた俺の二の腕に、ゴムのチューブが巻かれた。


「で、俺の体の何が危険なんだ?」

「そりゃあねえ。体の中にメンテナンスのできない機械装置を積んでいるんだよ。その機械が故障したり、あるいは事故や仕事中に大ケガでもしたらどうするの?」

「どうするって……」

「あんたの体を治療するためには、普通のサイバネティクス工学を学んだ医者でも技術的にも対応できないんだよ。正直に言うと、私をふくめてこの世の誰にも治せない。だから、万が一の事態が発生したら、国の医療制度で保障されている治療すら受けられないということになる。これは専門家の立場から言うと、たいへんに危険としか言えない状態なんだからね」


 もっともな説明を述べながら、アリエルは寝転がってる俺の左側に回った。


 さっきチューブを巻かれた腕のほうである。

 わざわざその位置に移動してから、アリエルは俺の頭の上のほうにあるカートに手を伸ばした。

 俺の顔面に、もろに覆いかぶさるような体勢で、だ。


 さきほど見逃した絶景が、眼前に現れた。さすがにこれをまじまじと見てしまうのは失礼かと思い、俺は良識に従って首を横に向けて視界をずらした。ただし、俺の目玉は良心など持ち合わせていないようだったが。


 正直に言うと、別に胸の谷間が見えたからどうだとかは、騒ぐほどのことじゃない。

 俺の身の回りには、マーガレットみたいに薄着の女だっている。だけど、普段はきっちり着込んでいるところからのチラ見えだとか、白衣を着ているところがポイントが高いとか、それらの点について論議を重ねるべき題材であることはおわかりいただけると思うのだが、何を言ってるんだ俺は。


「というわけで、自分が危険な状態にある、ということがファングくんには認識ができたかな」

「ああ。こいつはやばいぜ」

「結構、結構。それじゃあ、息を吸って。三秒止めて、一、二、三。吐いて。刺すよ」

「あう」


 針の先端が、腕に沈む感触があった。


「しばらく、そのままで。寝ながら聞いて」


 アリエルは視界の外に行ってしまった。もったいない。


「危険度については以上なんだけど、あと知っておいてほしいことがあるんだよね」

「知っておいてほしいこと?」

「義肢などをふくむ、身体補助の機能を目的とした機械類を手術で体に埋め込んでいると、定期検診の義務が発生することは法律で定めてられているからね」

「俺の体は、誰が手術したかもわからないんだぜ」

「それは法的に解釈すると、なんらかの施術を受けた状態に準ずるって判断されるやつだから。つまり、ファングくんも義務の適用対象内、わかる?」

「わかったよ。これからは気をつける」

「本当に?」


 たずねる声とともに、アリエルが俺の頭上方向から顔をのぞき込む。またしても絶景が視界を埋める。


「はい。俺は先生の診察が大好きです」

「ファングくんはわかりやすいなあ」

「うごっ」


 枕を抜き取られて、俺の頭がずり落ちた。


 してやられた。

 どうやら、アリエルにからかわれていたらしい。


「患者は性欲旺盛、ってカルテに書いちゃうぞ」

「すみませんでした。もう起きても?」

「いいよ」


 俺は寝台から降りて、身支度を整えた。


 上着に袖を通していると、アリエルが説教臭い口調で言った。。


「それと、徹夜は控えるようにね。若いからといって、無茶なことばかりしてると寿命が縮むよ」

「それが、そうもいかなくてよ」

「そんなに稼ぎが足りないの? うちで検体のバイトする?」

「しねえよ。ってか、ゼニカネの問題じゃなくてさ」


 言ってもいいものか迷ったが、俺は多少の説明をしておくことにした。


「街に最近、騎士みたいな牙獣が出るようになってな。そいつを夜の間にどうにかしないといけないんだよ」

「あんたの他にも、ハンターはいるでしょ」

「いるけど、人手が足りない。それに……これは、あれだ。ちょっと先生とは別分野の専門家から、俺の体質というか。まあ、俺にもよくわかっていないんだが」


 言いたいことがうまくまとまらなくて、思わず口調が曖昧になる。


「なんていうか、あいつらが出没するのは俺が原因であるらしい」

「もうちょっと詳しく教えてくれないかな。その、別分野の専門家とやらについても」


 壁のパネルを操作しながら、アリエルが問う。


 これはちょっと、ごまかしようがない状況だ。

 俺は仕方なく、ミララメラから聞いたことを伝えた。それから自分が異世界からやってきたということまで、あらいざらい話してしまった。


 たぶん、『ここじゃなくて、別の病院を紹介しよう』とか言われてもおかしくはない。

 そんないつもの反応を予想していた俺としては、VRチェアに戻ったアリエルの態度は想定外だった。


「私はオカルトや超常現象については、まったくの素人だけど、その話には興味があるね」

「心理学にも手を出そうってのかい。患者の妄想をコレクションしてるとか」

「そういう観点ではないよ」


 真面目な口調が帰ってきて、俺はわずかに戸惑いを感じた。


「ファングくんの全身に埋め込まれたコンフー・マーキナは、現代の技術では生身の人体に内蔵できない、ということは以前にも説明したと思うんだけど」

「ああ。忘れていないぜ」

「たった今、君の口から出てきた超自然的な存在が関与しているなら、理屈としては納得できる」

「納得しちまうのかよ」

「そりゃもちろん。人間の技術では実現できないことも、自然界にはいくらでも存在している。それと同じだよ」

「話を理解してくれるのは嬉しいけどよ」


 なんとなく釈然としない気持ちではある。


 かかりつけの医者が、自分の知識の及ばないことを超常現象だのひと言で済ませたら、誰でも同じような気持になるはずだ。


「ファングくん。最初の問診をしたときのこと。おぼえているかな」


 アリエルは、まるで何かを試しているかのように言葉を区切りながら言った。


「手術室で目を覚ましたら、そこに牙獣がいた。同時に、部屋に入ってきた数人の男たちが戦闘を開始した。私の問いかけに、返ってきたのはそういう内容だった。そうだね?」

「ああ。おぼえてるよ。そのあと、俺が牙獣を撃って、ちょうどそこにやってきたオセロットに助けられた」

「では、その男たちの顔は? はっきりと見たのかい。あるいは、しっかりと記憶しているのかな」

「顔って……」


 返事をしようとして、俺は言葉を詰まらせた。


 牙獣の攻撃で、遺体はどれもズタズタに引き裂かれていた。

 俺の記憶としては、それだ。あのときは生き延びるために必死だったから、あまり注意を払っていなかったということもある。


「背格好はどうだった? ファングくんと同じぐらいじゃなかったかな? いや。こう聞くべきだろうか―――」


 アリエルが一瞬の間をおいて、言った。


「彼らには、ファングくんと似ているところがなかったかな?」


 その質問に、俺はすぐには答えられなかった。


「……なかった。と思う」

「なるほど。ここからは追加料金が発生するよ」

「話を引っ張っておいて、そういうオチかよ」

「警察の資料に手を出さないといけないからね。知り合いに頼む必要があるかな」


 俺はため息を吐いた。


「保険は適用されるのか」

「されるわけないじゃん」


 なんとも身も蓋もない返事が返ってきた。


 徹夜までして、せっかく稼ぎが増えてきたというのに。

 そろそろ新しい銃に買い替える、というわけにもいかないらしい。


 このゴツくてデカい相棒とのお付き合いは、もうしばらく続きそうだ。

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 一人称の練習で書いています。

 読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。

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・校正をなさってくださる方へ

 お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。


(例文)

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>~(←ココに修正箇所を引用する)

この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。

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 以上の形式で送っていただければ、こちらで妥当と判断した場合にのみ、本文に修正を加えます。

 みだりに修正を試みることなく、校閲作業者としての節度を保ってお読みいただけると幸いです。

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