35.ヘレンのキャンディストアのリタ
徹夜明けの頭には、いつものドアベルの響きすらつらい。
「いらっしゃいま……せ!?」
フラつきながら店の入り口をくぐった俺を見て、リタがすぐさま駆け寄ってきた。
「だっ、大丈夫ですか。ファングさん」
「やあ。おはよう、リタ。キミは今日もキレイだな」
「何言ってるんですか。そんなこと言ってる場合じゃないですよ。どうしたんですか?」
彼女が心配しないように俺は手で制して、いつもの席に向かった。
腰を下ろすと、もう二度と動きたくない気持ちになった。
俺はカウンターに突っ伏して、目を閉じる。
かつん、と陶器の奏でる音のあと、コーヒーの香りが漂ってきた。
「店内で寝ては困りますよ、お客様」
「悪い」
「いったい、どうしたんです」
「徹夜でな。夜通し、牙獣と追いかけっこしてたんだ」
ポーションを手に取り、ふたつ分ほどカップに注ぐ。
砂糖は無しだ。糖分を補給したほうが疲労の回復にはいいのだろうけれど、朝は気分が大事だ。気分が。
『―――先日から一般公開された、K&Dのデモンストレーションの会場に市会から派遣された諮問委員が参加いたしました。ドローンを活用した保安自動化システムに対して、ハンターの雇用を喪失させる、などとの意見が市議会では大勢を占めており―――』
ニュースキャスターのお姉さんが報道用の台本を淡々と読みあげていくのも、朝ならではというものだった。
リタが後ろ手でトレーを持ったまま、カウンターに出てくる。
ニュースを流しているディスプレイがよく見える位置にでも、移動したらしい。
「あの会社も、がんばってるなあ」
「ふふっ。お知り合いでもいるんですか」
「ああ。あそこの女社長の親父さんに、こないだ会ってさ」
「そ、そうですか……」
リタは頬をヒクつかせ、ぎこちなく笑った。
いかんいかん。
ジェシカの親父さんは、この街じゃ有名人だ。ギャングのボスだった爺さんの話題なんか出して、朝から学生さんを怯えさせるようなことをしてしまった。
別のいい話題ないか。
なんか、なかったっけかな。
「ハンターの雇用喪失ってことは……ファングさんのお仕事が、なくなっちゃうってことですか」
うまい具合にリタのほうから話題を変えてくれた。
あまり飛びつきたい内容ではないが、このさい仕方がない。
「今すぐってわけじゃないだろうけど、そのうちそうなるかもな」
「そうしたら、どうします?」
「普通の仕事をするさ。銃なんか持ち歩かなくていいようなやつを」
「うーん……ビルの設備のメンテナンスとか、電気工事ですか」
どうして建設に関連した仕事ばかりなんだ。
スーツを着てデスクワークに励むといった、典型的なビジネスマンのイメージが、俺にはないと言いたいのだろうか。
ほとんど毎朝のように顔を合わせているせいか、この子も遠慮ないことを言うようになってきたものだ。生意気な妹と話しているみたいな気分になってくる。
「いや。他にもあるだろ。たとえば……」
「クラブの用心棒ですね」
そんなに、これだとばかりの口調で言わないでほしい。
たしかにスーツを着てそうだけれど、違う。
職業差別をするつもりはないが、人を褒めたいのならもう少し言葉を選ぶべきではなかろうか。
とはいえ、同業者の面々を思い出すと、そういう夜の職場が似合いそうな連中ばかりなので困る。
そういう意味では、リタの指摘はあながち間違いでもないのかもしれない。
「まあ、もし仕事がなくなったら、ここで働かせてもらうよ」
「えっ。ほ、本当ですか」
「ああ。他にも紹介できそうなやつだっている」
「オセロットさんは、ここで働くのは無理ですよ」
「あいつは酒の在庫を空にしちまいそうだしなあ……」
むしろ俺より、ジョンジーの働く姿を想像するほうが難しいというか。
ここで働けそうな同業者というと、他に誰がいるだろう。
ペギーは論外。あれは銃を撃つことと車の運転以外、期待してはいけない生き物だ。
アマンダはここで働くよりも、それこそクラブの用心棒が似合いそうだ。
俺より体格もいいし、お行儀の悪い客ににらみも効きそうだ。でも、客が着ているものよりも高いスーツを着ているせいで、支配人のご機嫌を損ねそうな気がする。
サラは本来なら働くような歳ってわけでもなさそうだし、外しておくべきか。
メイプルにいたっては、あの真っ黒いレザーファッション以外を着たがらない気がする。ここのウェイトレスの制服みたいにかわいい格好をさせたら、本人だって困りそうだ。それはそれでグッとくるが。
ましろのことは考えないことにした。
それ以外だと、ミララメラあたりが一番、ここで無難に働けるんじゃないだろうか。
客にウェイトレスと間違われて、怒っている姿が容易に目に浮かぶ。
「どうしたんですか。笑ったりして」
いつにまにか横に来ていたリタが、俺の顔をまじまじと見ていた。
「いや。ちょっと、ここで働けそうな知り合いのことを考えていてな」
「はあ」
「昨日ひと晩、一緒に仕事をしたやつがいてさ」
「ふーん。どんな人なんです?」
「髪が長くて、美形の女みたいな……」
リタの手から何かが落ちた。
トレーと―――ステンレスの包丁だった。
なんでカウンターの外で、そんなものを持ち歩いているのだろう、この子は。
何か言うべきか迷ったが、俺は気を使って何も言わないことにした。
「その、女みたいな顔の男でな。最近、友達になったばかりなんだ。口は悪いけど性格は、まあそこまでひどくはないかな」
「ああ。男の人でしたか」
トレーと包丁を拾い上げて、リタはカウンターの中に戻っていった。
俺はコーヒーを飲みながら、時計に目をやった。
しまった。
時計の針は七時を回っていない。
まだ開店時間ではなかった。
それなのに、リタは店に押しかけてしまった俺にも、いつものように対応してくれたようだ。
このまま居座るのも悪い気がしてきた。
はやめに退散しておこう。
「ファングさん。注文はどうします」
カウンターのむこうで、リタがにこりと微笑んだ。
「ダニエルさんは、まだ来てないですけど。私だって、サラダぐらいなら作れますよ」
「いや。いいよ」
俺はカップをあおって、コーヒーを一気に飲み干した。
「リタの作ったサラダは食ってみたいが、これから仮眠の予定なんだ」
「コーヒーだけだなんて、はじめて来たときみたいですね」
「そうだな。コーヒーごちそうさま。いつもありがとう」
「はい。また来てくださいね」
念入りに感謝すると、リタは満面の笑みを見せてくれた。
店のドアをくぐって、通りに出てからポケットに手を入れる。
そこには昨晩の稼ぎがごっそり詰まっている。
こぼれそうなぐらい大量の青い結晶。
ひと眠りしたあとで、管理局で換金してもらったいくらになるだろうか。
いやまったく、言うことなし。
俺の日常は、今日も平穏無事なようだ。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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