34.HPMPのミララメラ
ディナータイムのファミレスは、家族連れや若者のグループで賑わっていた。
「お。見ろよこれ。なんかゲームとコラボフェアやってるってよ」
対面の席に座る、仏頂面のミララメラに卓上の注文用端末を見せてやった。
二十四時間営業のファミリー向けレストラン、HPMPはその名の通りパンケーキのメニューが豊富だ。
それ以外のメニューもハンバーガーやらオムレツといった軽食が多く、子連れの客などには人気が高い。そもそもの発祥はキャッチコピーにもある通り、二十四時間いつでもパンケーキが食べれる店、という顧客の需要に即したコンセプトを元に作られたらしい。発想が狂ってる。
とはいえ、さっきの運動で腹が減っているので、こまかい点は無視だ、無視。今の俺は、食えればなんだっていいんだ。
「せっかくだから、追加でコラボメニューでも頼むか」
「頼まない」
「遠慮すんなよ。俺がおごるからさ」
どうにかなだめてみようとしたが、ミララメラは機嫌の悪そうな顔を隠そうともしなかった。
「それより、話があるならさっさとしろ。僕は忙しいんだ」
俺はウェイトレスがテーブルにドンと置いていったポットから、カップにコーヒーを注いだ。
たしかに、いろいろと聞きたいことがあって、こいつをここまで連れてきたのは俺なのだが。
何から話をするべきなのか。
そのへんの整理が、さっぱりついていない。
とりあえず、ましろに聞くつもりだったことから、たずねてみることにしよう。
「えーと。んじゃまず、騎士の姿をした牙獣のことなんだが」
「貴様ら人間が牙獣と呼ぶあれは、生き物ではない」
「え?」
まったく予想していなかった返答に、俺は戸惑った。
「あれは異界とこの世界の境界を隔てる、ただの空間作用にすぎない。つまり心霊や物理のような、原理原則に従う現象にひとしいものだ」
「そうか」
何を言ってるのだか、さっぱりわからない。
けどまあ、話の腰を折ると、またヘソを曲げそうだったので俺は頷いておいた。
「あいつらは貴様と同様に、異界から来た。こちらの世界においては、そう長い時間、形を維持できない。ほっとけば、そのうち結晶化する」
「そうだったのか」
「おまえもそうなってくれると、僕としては嬉しいんだけどな」
「いやいや。それは俺が困る」
「僕の知ったことか」
ミララメラがフンと、形のいい鼻を膨らませた。
そこでちょうど、頼んだ料理が運ばれてきた。
角とコウモリの羽根をつけてコスプレしたウェイトレスが、俺の目の前にHPMPの看板メニュー、全回復バーガーを置く。直径十八センチのバンズに、三枚のビーフパティとトマトとレタスとオニオンフライをはさんだ、極厚のバーガーだ。一緒の皿に、ナチュラルウェッジのフライドポテトがこぼれ落ちそうなほど添えてある。
ミララメラの皿には、黄色くてぶっとい葉巻型のものが乗っていた。
どうやらコラボメニューらしい。ジャムやシロップが置いてある、卓上の調味料トレーにポップがはさんであって、そこに期間限定の商品が載っている。
「えーと、ギガントワーム風オムレツのカットチキン&三種のパプリカのジャンバラヤだってさ」
「ぶっ」
俺がメニューの名前を読み上げると、ミララメラが吹いた。
「人の食事を芋虫呼ばわりするな」
「俺に言うなよ。ここに書いてあるのを読んだだけなんだから」
「度し難い」
「っていうか、吸血鬼なのに飯を食うのか」
「食べて悪いのか。血よりもこっちのほうが、ずっとおいしいんだぞ」
「そうか。そりゃ安心だ」
「何が安心だ。たとえどれだけ飢えても貴様の血は吸わないから、よけいな心配をするな」
「へいへい。オムレツ食ってるガキが気を使うなよ」
「誰がガキだって? 僕は貴様なんかより、ずっと年上なんだぞ」
「二、三歳ぐらい上か」
「バカ言え。一万だ。い、ち、ま、ん」
「まあ、とりあえずそれは信じておくけどよ」
「帰るぞ」
「悪かった。残すともったいないから、ちゃんと食っていけよ」
潰したバーガーにかぶりついて、コーヒーで胃に流し込む。
俺は晩飯を食らいながら、話を再開した。
「で、そのおまえさんの言う、その異世界に……」
「異界だ」
こまかいことにこだわりやがって。アナザーだろうがネザーだろうが呼び方なんて、どっちでもいいじゃねえか。
「異界に行く方法、ってのはあるのか」
ジャンバラヤの中から、緑のパプリカだけスプーンの先でのけていたミララメラの手が止まった。
「貴様、僕の言ったこと何も理解してないだろ」
「いやまあ、全部はわかってないが。熟してないパプリカ嫌いなのか?」
「これだけ辛いんだよ。パプリカじゃなくて、ハラペーニョだ」
「好き嫌いしていると、背が伸びないぞ」
「そんな話はどうでもいい。僕の質問に答えろ」
俺はバーガーからはみ出しているピクルスをつまんで口に放り込んだ。
「正直に言うと、さっぱりわからん。牙獣が生き物じゃないとか、俺と同じ世界からやってきたとか」
「わからないのなら、わかったようなふりをするな」
「そもそも、おまえの言う異界ってなんだよ」
「異界は異界だ。不可視の王が統べる地……って、本当にそんなことも知らないのか」
「こら。俺のポテトにハラペーニョ盛るな」
「いいから聞け。説明してやる。いいか。僕のオムレツが異界、おまえの皿がこの世界、そしてそのハラペーニョがおまえらの言う牙獣だ」
なるほど。それはわかりやすい。
「異界は芋虫だらけなのか」
「芋虫から離れろ。異界の力は、こちらの世界にくると魔力に変質する。その過程で粒子化状態となっていた異界の力が凝縮すると、貴様ら人間が牙獣と呼ぶものになる」
「つまり、牙獣ってのは……」
「エネルギーがたどる、一過性の状態にすぎない。わかるか?」
理系の言葉みたいなの言われても、さっぱりわからん。あとで怒られるかもしれんが、とりあえずまた頷いた。
「異界には魔力の源が凝縮されている。僕ら魔物は、元々そこで生まれた存在だ」
「その異界には、人間が住んでいるわけじゃないのか」
「住めるわけがないだろ。そもそも貴様のように、全身が異界の力に侵されて生きていられる生物なんて、存在しないはずなんだ。異界の力っていうのは魔物にだって、魔力ぐらいにまで薄まらないと吸収しきれない力なんだぞ」
「え……? 生き物がいない、ってことは、だ」
どうもこいつの言う異界と、俺が元いた世界はまったく違う場所であるらしい。
俺はすっかり落胆していた。
そりゃそうだ。元の世界に帰る手がかりだと思っていたんだから、喜んだ気持ちが木っ端微塵である。
「それで、異界に行く方法だが」
「いいよ。もう」
「なんだ。人にたずねておいて、その態度は」
「いや。だってさ、俺と関係なさそうだしな」
「関係あるだろ」
「え? どういうことだよ」
質問したのと同じタイミングで、追加で頼んだパンケーキがやってきた。
「食うか?」
ミララメラは返事もせずに、トレーからナイフとフォークを取る。そのあとパンケーキを両断して、自分の取り皿に移した。
「大目玉トンボのグルグルパンケーキだってよ」
「その食欲の失せるメニューの名前を読みあげるのやめろ」
「それで、俺に関係あるってのはどういうことだよ」
トンボの目玉を模した、ホワイトチョコでコーティングされているアメリカンチェリーをフォークでグサリと刺してから、ミララメラは言った。
「この世界に来た異界の力は凝縮する作用がある。つまり、牙獣は貴様に吸い寄せられて集まるんだ」
「なんで俺に?」
「貴様は本当に気づいていないのか」
「だから、何に」
「さっきから言っているだろう。貴様は骨の髄まで、異界の力に侵食されているんだ」
頬張ったパンケーキをむぐむぐと噛みながら、ミララメラが言う。男のくせに、そんなかわいい仕草しないでほしい。
「牙獣は貴様のいるところに集まってくるんだ」
「マジかよ」
「最近、出てくるようになった騎士の姿をした牙獣。あれだけの大きさになれば、その作用もより顕著になるだろうな」
「えー」
「はっきり言うと、僕が夜の間にあいつらを狩らないと、日中にもやつらが出てくるかもしれん」
「んじゃ、のんびり飯食ってる場合じゃねえだろ。何やってんだ」
「最初に行ったはずだぞ。僕は忙しい、と」
つまり、昼日中に牙の騎士が街の人々を襲ったら、俺のせいってことになるのか。
牙獣の危険度が、その大きさが増すほど比例する、というのは今日の一件でよくわかった。
普段、牙が一本か二本しかないような小者を相手にしている連中じゃあ、たしかにあれには対抗できそうにない。こないだの五本牙との戦闘を見るかぎり、FBCUだってあてにはできなさそうだ。
ミララメラの言葉の真偽はともかく、街の人々を危険に晒すわけにはいかない。
となると、夜の間に騎士型の牙獣を狩りつくす必要がある。
「わかった。俺も手伝う」
「は? いらんが」
「遠慮すんなよ。友達だろ」
「僕は貴様を友達だと思ったことは一度もないが」
俺はフォークですくったハラペーニョの欠片をミララメラのパンケーキに運ぶ。
「こらやめろ」
「友達じゃなけりゃ、助ける義理はねえ。自分で食え」
「ふざけるな。貴様はもう少し、年長者に対して敬意を持て。だから、やめろ。やめろー、やーめーろー!!」
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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・校正をなさってくださる方へ
お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。
(例文)
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この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。
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