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ブラッドファング  作者: ことりピヨネ
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3.路地裏のましろ

「いょう、同族殺し」


 同業者にも色々ある。


 たとえば情報を共有できたり、ときには共闘することもある関係だ。仲が良ければ、小銭の貸し借りぐらいはするかもしれない。


 もちろん、中には相性が悪いやつもいる。


 仕事の妨害や、ちょっとした嫌がらせ。ひどいときには獲物を横取りしたり、背後から撃ってくるなんていう最悪のパターンもありうる。

 行くところまで行ってしまったやつには、先がない。同業者の間で目をつけられ、いつのまにか事故で消えていく、なんてことがほとんどだ。


 路地の暗がりから、ぬるりと現れたこの和服の女は後者で―――ちょっとした、のほうだ。

 あまり呼ばれたくないほうのあだ名で呼ぶという、小さな嫌がらせを得意としている。こっちくんな。


「聞こえてんのかぁ。ハンターさんよぅ」


 頭を真横に傾けて、ねばっこい口調で問うてくる。


 首をおかしな方向に曲げているのは、この女の左手が機械化されているからだ。

 体にかかる荷重に対して、意識することもなく人体が自然とバランスをとろうとするため、こんな妙な姿勢になるのだ。手足の一部を機械に変えている手合いには、こういうのが多い。


 もちろん、もうひとつの意味もある。


 こいつが、無意識に重心を整えてしまうだけの力量を持つ、身体操作技術の持ち主であるということだ。

 近接戦闘の達人。これみよがしに刀なんぞを持ち歩いているのだから、そんなことは誰でも見ればひと目でわかるだろうが。


「なあぁ、おいってばぁ」

「おまえもハンターだろ」


 できるだけ、愛想のない声で返事。


 剣崎ましろは赤い唇から舌をはみ出させ、蛇みたいに笑った。


「なんだぁ。もしかしてぇ、おまえもかぁ」

「なんの話だ」

「とぼけんなよぉ。このあたり、多いもんなぁ」


 ましろが俺の顔をのぞき込む。


「ここに牙獣が出るってぇ、目星つけてんだるぉ」


 そうやって先程からしつこく話しかけられている最中も、俺は足を止めていない。このホリデーパークスクエアの路地裏をさっさと通り抜けてしまおうと、小走り気味になっているぐらいだ。


 ましろは息も乱さず、俺についてくる。

 ええい、しつこい。和装なのに裾も乱さず、そんなに速く動くな。気色悪い。


 それにしても、困ったものだ。

 まさか、こいつもここに目をつけているなんて、まったく予想もしていなかった。


 どうにかしてまいてやろうと思ったところで、ちょうど大通りに出てしまった。


 通りの端に止まっている、白と黒で塗られた車両に目がいった瞬間―――。


 ましろが、俺の左腕に抱きついた。


「何をしている」

「ばか。ケーサツいるだろぉ」


 だから何だと言うんだ。


「偽装だよぉ。偽装ぉ。おまえ、本当に頭が悪いなぁ」

「こら。肩に頭を乗せるな」


 いざってとき、銃が抜きにくいだろ。もしかして、それが狙いか。


 とはいえ、無碍に振り払うこともできない。

 周囲を歩いているのはティーンエイジャーのカップルばかりだ。そいうえば、学校が近くにあるんだっけか。


 見渡せば、まわりの店もそういう客が入りそうな店ばかりだ。

 店先をネオンボードで飾ったスィーツショップや、ショーウィンドウに明るいポップアートを並べたアパレルショップ。いかにも女子供が好きそうな店構えの店舗ばかりが並んでいる。


 ここに来れば、誰もが休日気分を味わえると言わんばかり。まったく、ホリデーパークスクエアとはよく言ったものだ。


 そんな人目に付く場所で、こいつの頭を強引に押しのけでもしたらどうなるか。

 答えは言うまでもない。


 最悪のパターンまで予想すると、路上の痴話ゲンカだと警官に目をつけられて、職質される。

 そうなると厄介だ。仕事を手配してくれる署内の事務組とは違って、地回りの警官はだいたいハンターを嫌っていることが多い。


 そして最終的には、最初からハンターだとわかっているはずなのに、武器を携帯しているとかなんとか言いがかりをつけてくる。さらには不審な人物として身元を確認されたあげく、必要もないのにハンターがこんなところをうろうろするな、目障りだと追い払われる。


 もし、そんなことになったら午後の稼ぎがパーだ。


 いささか大げさかもしれないが、ありえないことではない。ニュースで聞いた今朝の事件とやらを思い出すと、本当にそうなってもおかしくはなかった。


 そういうわけなので俺は仕方なく、さらさらの黒髪頭を左肩に乗せたまま通りを歩いた。くそ。いい匂いさせやがって。


「なぁ、同族殺し」


 その呼び方やめろ。


 ご存知の通り、ジョンジーが俺につけたファングという名は、文字通りの意味だ。


 牙の名を持つ俺が、牙獣を殺す。


 そんなところを揶揄しているつもりなのか、俺を嫌っている連中はみんな、この『同族殺し』という呼び名を使ってくる。

 さして気になるわけでもないが、多少は役に立つところもある。俺にとって、敵と味方を区別する程度のものだが。


「そろそろオレと組めよぉ」


 嫌っている俺をどうしてスカウトしてくるんだ、この女は。


「ウチに来ればぁ、稼がせてやるぞぉ」

「興味はないな」

「ラクさせてやるぞぉ。あの眼帯ヤローと違ってさぁ、オレは働き者だからぁよぉ」


 その点だけは同意したい。ジョンジーも、少しは働いてくれるといいのだが。


 それにしても、あれだ。


 ミリーもそれらしいことを言っていたが、最近は女子の間で働かない男を飼うのが流行ってでもいるのだろうか。


 じつにありがたいことではあるのだが、俺には元の世界に帰るための手がかりを探すという目的がある。

 そのためには、ハンターの仕事を通して得られる情報が必要だ。べつに好き好んで危険に身をさらしているわけではない。


「おい」


 そこで何者かの視線を感じて、俺はましろに警戒をうながした。


「気づいているか」

「素人だなぁ」

「なぜわかる」

「足音でぇ、わかるだろぉ」


 わからん。


 歩法とか、そういう話か。それにしたって、こんな雑踏の中で足音なんてろくに聞こえるはずがない。どんな地獄耳なんだ、こいつは。


 とはいえ、誰かに尾行される心当たりはない。


 どうしたものかと考えているうちに、ましろが俺の腕を引いて進路を誘導する。


 行き先は、道端のスィーツショップだった。


「なんのつもりだ」

「追われてるんだろぉ。助けてやってるんだぜぇ」

「俺が追われているとはかぎらん」

「どうかなぁ。店の中までついてくるやつがいたら、どっちを狙ってるかぁ、すぐわかるだるぉ。ケケッ」


 なんで楽しそうなんだ、こいつ。


「ほらぁ。こいよぉ」


 ましろはやけに熱心に俺の腕を引く。こら。肘を極めようとするな。


「人の関節を狙うな。中に入るぞ」

「最初から、そうしろよなぁ」


 いささか癪にさわるが、ここはしょうがない。


 ましろに腕を取られたまま自動ドアをくぐり、案内された席につく。


 ウェイトレスが注文を取りにくると、ましろがすぐさま口を開いた。


「ゴールデンビックファウンテンゴージャスパフェとレインボーラヴフォーチュンソーダ」

「おひとつずつでよろしいですか?」

「はい」


 メニューも見ないで注文しやがった。

 しかも、いつもの間延びした変な口調じゃない。あれは、俺としゃべるときだけなのか。だったらやめてほしいものだ。


 俺は店の入り口に視線を送った。


「だぁれも、こないなぁ」

「そのようだ」


 立ち上がろうとすると、ましろが俺の袖をつかんだ。


「どぉこぉにぃ、行くつもりだよぉ」

「裏口から出る」

「注文頼んだだるぉ。座ってろよぉ」

「俺は頼んでいない」


 ましろは音もなく手を繰り出し、店員の呼び出しブザーを押した。


 ウェイトレスがやってくると、和服の袖口で口元を隠しながら言う。


「申し訳ありません。この人が追加の注文をしたい、と。何度も呼び出してごめんなさいね」


 そこ、俺が悪いみたいに言うな。


 だいたい、そんな楚々とした振る舞いができるなら、普段からやれ。豹変とかってレベルじゃなくて、ここまでくるともう二重人格だ。


 不満を述べてやりたい気持ちをこらえて、俺はコーヒーとサンドイッチを注文した。

 時刻は昼時であるし、ちょうど腹も減っていた。ランチタイムをこいつと過ごすのじゃなければ、文句はないのだが。


 ほどなくして注文の品が届くと、俺は目を瞠った。


 豪華客船みたいに横長のサンデーグラス。透き通った器の上にはフルーツやら生クリームやらカスタードクリームやらスポンジを下敷きに、さらにその上からこれでもかとばかりに逆立ったアイスクリームコーンだのチョコスプレーだのカラフルな寒天だかゼリーだかがどっさり盛られたパフェについては、まあいい。おまえ一人で食えよ、って感じだ。


 だが、トロピカルフルーツで飾られた、下膨れの巨大なグラスになみなみ注がれたその七色の液体はなんだ。

 しかも、ご丁寧にストローが二本刺さっていやがる。あきらかに、お二人様用だ。はっきり言って、見られているだけで恥ずかしい。


 ましろは、そしらぬ顔でパフェをパクついている。


「おいしいぃ」


 俺の顔を見ながら首と傾け、にたりと笑う。嫌がらせがうまくいって、さぞかし気分がいいに違いない。


 俺は黙々とサンドイッチを齧った。

 作業感に満ちた、じつに味気ない食事だ。いつにも増して、コーヒーが苦い。


 すると、俺のほうに七色に輝く奇怪なグラスが押し出されてきた。


「飲めよぉ」

「いらん」

「一人じゃ飲みきれないだるぉ」


 だったらなんで頼んだんだ、そんなもん。


 今度はフォークでぶっ刺された、クリームまみれのフルーツがつき出された。ましろが、食えと言わんばかりの目つきで訴えてくる。


「食えよぉ」


 目だけじゃなかった。口でも言った。

 なぜ、そんなに俺に飲み食いさせたがるのか理解に苦しむ。


「いらん」

「なんでだよぉ」

「太る」


 ビクンと肩を震わせ、ましろの表情が固まった。


 それきり、ましろは動かなくなった。

 口を閉ざし、お上品に膝の上で手を組み、テーブルの一点を見つめている。


 どうやらショック受けているらしいことはわかった。

 でも俺、そんなにひどいこと言ったかな。いやでも一応、こいつも生物学的には女だし、センシティブな発言は控えるべきだったかもしれない。


「どうした。俺のことは気にせず食え」

「もう食べない……」


 消え入りそうな声で言う。


 ちょっと悪い気がしてきた。いやでも、これはもしかしたら俺に罪悪感を抱かせようという作戦なのかもしれん。そのぐらいのことはやりかねんやつだ。


 けれどまあ、実際デカ盛りスィーツを一回食べたぐらいで、そこまで太りはしないだろう。

 そもそも俺の目から見たら、ましろは痩せすぎの部類だ。もっと肉とか食ったほうがいい。


「おまえみたいに細い女は、もっと食べたほうがいい」

「……!!」


 ウェイトがあったほうが、刀の斬撃に威力も乗るだろう。


 そう言おうとしたとき、俺の端末が呼び出し音を鳴り響かせた。


 すごい勢いでパフェを食べているましろを前にしながら、電話を受ける。


 連絡は、ハンターとしての対応依頼だった。

 予想していた通り、この近辺で牙獣が来たらしい。


 俺は伝票を手に立ち上がった。


「どこ行くんだよぉ」


 口のまわりをクリームまみれにしてしゃべるな。


「仕事だ」

「オレも行くぅ」

「支払っておくから、全部食ってからにしろ。いいな」

「にゃぁぁぁ……」


 濁った『に』の発音で、ましろはうめいた。


 それでもましろは、おとなしくパフェをかたづけるのに専念してくれている。

 これで、邪魔が入らずに仕事ができそうだ。


 高い昼食代の元を取らねばならない。


 俺は次に見た牙獣に、とびきりの災難をくれてやる決意とともに店を出た。


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 一人称の練習で書いています。

 読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。

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・校正をなさってくださる方へ

 お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。


(例文)

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>~(←ココに修正箇所を引用する)

この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。

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 以上の形式で送っていただければ、こちらで妥当と判断した場合にのみ、本文に修正を加えます。

 みだりに修正を試みることなく、校閲作業者としての節度を保ってお読みいただけると幸いです。

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