32.クーゲートブリッジのアマンダ
今日も平和に日が沈む。
橋のたもとにあるパーキングエリアでバイクを止めて、俺は本日の稼ぎを数えていた。
「ふむふむ。八匹分ってところか」
まずまずの成果に、俺は満足した。
ここ数日ほど街の西側で仕事をこなしたが、なかなか悪くない結果だ。
おまけに管理局から別途の支給がいくらか出るとかで、ずっとこの方式で働きたいと思うくらいだった。
「さて、晩飯でも食って帰るか」
と、思ったところで端末に通知の呼び出し音が鳴った。
ドクターからの着信だった。
どうせまた健康診断の催促に違いない。
ということで、無視することにしたのだが、それから一分近く端末が鳴り続けた。そんなに鬼電するな。
やれやれだ。俺の健康に気を使ってくれるのは嬉しいが、こんなにしょっちゅう体を調べる必要もあるまい。そもそも隙あらば、やたらと外科的手術を施したがるのはなんとかならんのか。
電話が静かになるまで待っていたら、夕日が外壁のむこうに沈みかけていた。
橋を眺めながら、そろそろ行こうとしたとき、背後でクラクションが鳴った。
振り返ると、ベントレーが止まっていた。
「やあ。ひさしぶりだね」
運転席から出てきたアマンダが、あいかわらずのさわやかな美声で挨拶する。
「演習のとき以来かな」
「その話は勘弁してくれ。特に食事の前には思い出したくない」
「そりゃ失敬」
俺の頭上で苦笑いして、彼女は肩をすくめた。
「これから帰りかな」
「ああ。飯でも食ってから帰るつもりだが」
「それなら賭けでもどうかな」
「そんなに高い物は持ってないぜ」
今度は俺が苦笑する番だった。
金持ち相手の博打なんて、肝が冷えるような真似は遠慮したい。
「夕食の支払いを賭けないか。それぐらいならいいだろう」
「街のこっち側にあるような、お高い店に連れてかれちまうのは困るぜ」
「そんなところに誰が行くもんか」
アマンダは、とたんにうんざりした表情になった。
「この街の高級な店には、ひとつだけ欠点があるんだ。わかるかな」
「あいにく、そういう店には縁がない。ご講釈願おうか」
「いいだろう。まず、この街の料理人は本場での修行ができないんだ。それぐらいは理解できるかな」
「ああ。そうだな」
「つまり、十二年前から技術の世代交代に乏しい。そのうえ、金を持った固定客がいるから潰れることもない。ほとんどすべての店が老舗化してしまうんだ」
「それの何がいけないんだ?」
「街角のダイナーなら、それでいいさ。けれど、家庭の味の飽きた金持ちが、わざわざ高い金を払って食べに行く店は、それであっては困るわけさ」
「ずいぶん贅沢な話だな」
「もちろんの話だが、高齢者には古い味のほうが好まれる。うちの両親だとかね」
そう言って、川の対岸に視線を送る。
「けれど、若者ウケするのはこっちの料理さ」
「そういうもんかね」
「そりゃそうさ。飲食店なんてのは、庶民向けのほうが新陳代謝が激しいだろう。潰れたと思ったら新しい店が建っている。人目を引くのは、そういう場所だ」
言わんとすることは、まあわかる。
素直に頷くことができないのは、俺が高級な店に通う習慣を持っていないからだ。貧しさは無理解と偏見を生む。つらい。
「もしかして、こんな時間にわざわざ橋の近くを通ったのは」
「ウィ」
フランス語で肯定された。
ようするに、わざわざ晩飯のためにダウンタウンまで車で行こうとしているらしい。まったく、金持ちの考えることはよくわからん。
「そういうわけで、夕食を賭けてひとつ勝負はどうだろうか」
「いいけど、ひとつ条件があるぜ」
「なんだい?」
「おまえさんが勝ったら、橋を渡って俺のおすすめ庶民料理をごちそうしよう。ただし、俺が買ったらこっちで高いものを食わせてもらう。どうだ?」
「いいとも。それでいこう」
勝負をふっかけられた側なので、多少は得があってもいいだろうと条件をつけてみたのだが、あっさり飲まれてしまった。ええい、金持ちめ。
「それで。何で勝負するんだ」
「今日の稼ぎで決めよう。多いほうが勝ちだ」
「いいだろう」
俺はバイクのシートに、ポケットから出した青い結晶を並べていった。
「八匹分ってところかな」
アマンダの見立ては、俺の勘定と同じだった。
「さて。今度はこっちの番だ。一緒に数えてもらえるかな」
彼女がポケットから出した結晶を並べていく。
数は八個。
同数ではあるが、大きさはアマンダが持ってきた結晶のほうが、やや大きい。
おそらく二本牙が混ざっているに違いない。
管理局まで持っていけば金額ではっきりするが、そこまでこだわる必要はあるまい。ここは潔く負けを認めよう。
「これは俺の負けだな」
「引き分けにしておかないか」
「いいや。おたがい素人じゃないんだ。見ればわかる勝敗に情けはいらねえ」
「なるほど。それはたしかに、その通りだ」
アマンダも納得してくれた。
よくよく考えれば、常日頃から顔を合わせるたびに高い飯を食わせてもらっているんだ。おごってもらってばかりじゃ気が引ける。
たまには、こちらがメシ代を持つ側になっても良かろう。
結晶をしまい込んで、さて出発というところでアマンダがバイクのフレームに手をかけた。
「ディナーをご馳走してもらうかわりに、運転手ぐらいはさせてもらうとしよう」
そう言うなり、コンパーチブルの後部座席に俺のバイクをひょいと乗せてしまった。
なんという怪力だ。電動バイクだからって、そこまで軽いわけじゃないのに。
「シートが傷つくぞ」
「構うものか。ほら、乗って」
俺たちは橋を渡った。
その途中で、アマンダがぽつりと口を開いた。
「例の騎士の姿をした牙獣には会ったかい?」
「いいや。会ってはいないな」
「そうすると、夜勤専門のハンターとやらが仕事をしている、ということかな」
「してるのかな。あいつ」
「会ったことがあるみたいな口ぶりじゃないか」
「ああ。二、三日前に会ったぜ」
「なんだって!?」
「前、前!!」
ハンドルを握ったまま助手席の俺を見たアマンダに、思わず警告を発する。
俺の必死な声が通じたのか、彼女の視線がすぐ前方に戻った。
「ええと、会ったっていうのは本当かい? 本人に?」
「本当だ。もちろん本人に、だ。けど……」
「けど?」
ほんの数日前の出来事を思い返すと、俺は少しばかり憂鬱な気分になった。
「俺。あいつに嫌われちまったみたいなんだよな」
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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