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ブラッドファング  作者: ことりピヨネ
38/72

31.父の屋敷のジェシカ

 スケール感の狂う風景というものがある。


 たとえば今、俺が見ている豪邸なんかがそれだ。

 言葉にすると三階建てのお屋敷てなもんだが、体感できる表現で言うと、あれだ。俺がおぼろげに記憶しているデカい建物でたとえるならば、学校の校舎を一棟分だろうか。しかも、それの厚さを倍にして、小奇麗な屋根を乗っけたみたいな感じだ。


 そのうえ敷地がだだっ広い。

 学校のグラウンドが四枚は入りそうなサイズがある。


「なんつーか。感覚がおかしくなる面積だな」


 高さが三メートルはありそうな塀をぐるりと回って、やっとたどり着いた門の脇にあったインターホンを押して中に入ったと思ったら、この広さである。


 敷地内を抜けて建物の玄関にたどりつくまで、バイクで三分はかかった。


 歩いて三分とかじゃなくて、バイクで三分だぞ。安全運転だけど、さすがに途中からちょっと飛ばしたぐらいというところから、距離感をイメージしてほしい。


 玄関にぶら下がった、人を殴り殺せそうなドアノッカーをゴツンと鳴らす。


「ようこそ。いらっしゃいました」

「うお」


 出てきた使用人を見て、俺はちょっと驚いた。


 力任せに握り潰したリンゴみたいな顔をしたおっさん。いや、もしかしたら老人かもしれない。

 一度見たら、一生忘れない頭の形をしている。お化け屋敷にでもいるようなというか、あるいはホラー映画の特殊メイクを施したような、とでも言うか。とにかく、すごい頭蓋骨の持ち主だった。


「あの、管理局からハンターの出前に来ました」


 あまり失礼にならないよう、俺は相手の容姿を気にしないことにした。


「話はうかがっております。こちらにどうぞ」

「ども」

「旦那様がお待ちです。ご案内させていただきます」


 使用人に案内されて、俺は廊下を進んだ。


 うわ。

 絨毯に足首まで沈むぞ。たぶん、これを一枚もらっていくだけで事務所の家賃を一年分ぐらいは払えそうだ。


 高価なものは絨毯だけではない。

 玄関ホールの片隅に置かれた紫檀のカップボード。廊下に飾られた壺や絵画といった調度品。天井からぶら下がる照明類にいたるまで―――すべてが高い。


 正直、視界に入るものすべてが金額の想像もつかない高額な品ばかりであった。

 ここを一般開放したら観光名所にでもなって、入場料が稼げそうだ。


 ジョンジーを連れてこなくてよかった。

 あいつのことだから、こんなのを前にしたら目を金のマークに変えて、手当たり次第に懐に入れていくに違いない。


「こちらでございます。少々お待ちくださいませ」


 使用人がドアをノックする。


「旦那様。お客様をお連れしました」


 そう言って、扉を開く。


 使用人は無言で、室内に入るよう手で示した。


 俺は部屋の中に入っていった。


 ここがジェシカの父、ルークの私室なのだろう。


 おそらくこの屋敷の中では、比較的こぢんまりとした部屋に違いない。それでも、ジョンジーの事務所の総面積の三倍ぐらいはあるのだが。


 調度品は簡素なものしかなかった。


 椅子がふたつとテーブルに、天蓋つきのベッド。クローゼットがないかわりに、壁が一面ワードローブになっていた。


 そして部屋の大きな鏡のついた、古めかしい片隅にはドレッサーがある。


 調度類を見て、俺は察した。


 ここは女が使っていた部屋―――おそらく、この爺さんの女房が使っていたのだろう。


「悪いな。わざわざ来てもらってよ」


 プチポワンの刺繍が入った椅子から、枯れ枝のように細い老人が立ち上がった。


 ジェシカの父、ルーク・ザ・アイアンハンドだ。


 ゆったりとしたガウンに身を包んだ年寄りに、俺は肩をすくめてみせた。


「仕事だ。気にするなよ」


 使用人が杖を渡すと、ルークは窓辺に近づいた。


「庭に牙獣が出ちまってな」

「場所を教えてくれるだけでもいいぜ」

「いや。俺が案内しよう」


 使用人が掃き出し窓を開く。


 俺はルークに続いて、庭に出た。


 爺さんの足腰は、かなり弱っているらしい。

 歩くペースは緩やかだ。そうしているだけでも、つらそうなほどに。


「昔はこうじゃなかった。年をとると、不便になっていけねえ」


 プールサイドを進みながら、ルークが言った。


「手下がいくらでもいるだろ」

「いいや。みんな娘に取り上げられちまってな」

「老人ホームにでも入るとか」

「自由になる金もないのさ。車椅子のレンタルもできないんだぜ。笑っちまうだろ」


 ルークの冗談に、俺は苦笑するしかなかった。


 あまり他人の家庭の事情に口をはさむつもりはないが、あの女社長は父親に対してもう少しやさしくしてやってもいいんじゃないだろうか。


 老人の足が止まった。


「ここだ」


 膝ぐらいの植え込みが並んだ、その手前を杖の先で指し示す。 


「この奥から鳴き声がした」

「鳴き声?」

「ああ。ずいぶん、小さい声で鳴くんだな。牙獣ってのは」


 ルークの言葉を耳して、俺の頭に疑問符が浮かぶ。


 はて。

 牙獣が鳴いたりするなんて、初耳だ。


 しかしまあ、ひとまず確認だけはしなくてはならない。


 俺は銃を抜いて、一歩前に出た。


「ここで待ってな」

「ずいぶんデカい銃を使うんだな」

「すげえ音がするぜ。耳をふさいでおいたほうがいい」


 左手で植え込みをかき分けると、繁みの中に黒い影がみつかった。


 銃口をそっと近づけたとたん、そいつが鳴いた。


「ニャア」


 猫みたいな鳴き声だった。


 いや、違う。


 これ猫だ。白い毛がふさふさした、ただの子猫。


「爺さん」

「なんだ」

「猫飼ってるのか」

「いや。飼ってない」

「んじゃ、こいつ野良だな」


 俺たちは子猫を抱えて、部屋に戻った。


 そのあとルークの指示で、使用人が温めたミルクと、コーヒーをワゴンに乗せて運んできた。


「どうぞ」

「ども」


 ミルクの皿を舐めまわしている猫を横目に、俺は刺繍入りのアンティークチェアに腰掛けていた。


 使用人は用を済ませると、部屋を出ていった。

 残ったのは、俺とルークと子猫だけになった。


 対面に座ったルークが、ぽつりと言った。


「悪かったな」

「いいさ。間違い通報ってのは、よくあるんだ」


 俺はエインズレイのヴィンテージカップを手に取った。


 さっきからコーヒーが、いい香りを漂わせている。

 匂いだけで高いとわかる代物だ。金がないとか言ってたわりに、良いもの飲んでるじゃねえの。っていうか、このカップ、コーヒー入れちゃダメなやつなんじゃないのかな。大丈夫なのかな。


 まあ、こまかいことを気にするのはやめよう。

 俺はコーヒーをひと口啜った。せっかくなので、ブラックで。


「むぅ」


 舌先が触れただけで押し寄せてくる風味に、思わず唸ってしまった。


 豆が深煎りされているのだろうか。クリアな味わいの中に、しっかりとコクが感じられる。口に含んでじっくりと味わえる、まろやかな酸味がまた良い。


「娘から、あの腕の話は聞いたか」


 コーヒーのテイスティングで夢中になっていた俺は、首を振った。


「十五年も前のことだ。薬を売りさばく連中がメキシコのほうからこのあたりにやってきてな、俺はそいつらをぶっ潰そうとやっきになっていた」


 いきなり昔話が始まったぞ。


「そいつらのやり口がまた汚くてよ。薬で言いなりにしたやつに爆弾を持たせて、うちの連中にけしかけてきやがるんだ」

「えぐいな」

「そういう連中のことを俺たちは、トムボーイって呼んでた。怪しいやつをみかけると、トムボーイが来たぞ、ってな。仲間に警告するんだ」


 古風な言い回しは、のどかだなあ。


 俺なら爆弾かかえた鉄砲玉をおてんばだなんて、かわいらしい言葉で表現しようと思わないぞ。


「あるとき、俺と女房が娘を連れて買い物に出た隙を狙って、トムボーイがわらわらと押し寄せてきたときがあってな」


 ゾンビ映画みたいな光景が、俺の頭の中に浮かんだ。


「手下と女房が吹き飛ばされて、生き残ったのは俺と娘だけになっちまった。最後に残ったトムボーイが来る前に、俺はそいつの脳天を撃ち抜いてやったんだ。そしたら、娘が空を見上げて『パパ。天使様が助けに来てくれたよ』と言ったんだ」

「天使に助けられて、めでたしめでたしかい?」

「いいや。天使じゃなかった」


 ルークが天井を仰いだ。


「そいつは、背中に羽の仮装をつけただけのイカれたトムボーイだった。さっき撃ったやつで最後だと思っていたら、もう一人、残っていたやつがいたんだ。念入りなことに、ビルから飛び降りてきて、確実にとどめを刺してやろうとでも思っていたんだろうな」


 俺はコーヒーをおわかりした。


 保温プレートと一緒に、コーヒーポットを置いていってもらってよかった。いじきたないとか言わないでほしい。


「俺は娘だけでも助けようと思った。娘の体を抱きしめて、その上に覆いかぶさった」

「立派な父親だな」

「けどな、そうはいかなかった。俺たちにぶつかる前に、トムボーイは空中で花火みてえにはじけてバラバラになっちまった。俺はひどい耳鳴りと、全身がズキズキと痛む程度のケガで済んだ」


 シュガーポットに伸ばしかけた俺の手が止まった。


 やっぱり二杯目もブラックで楽しもう。これ、ずっと飲んでいたい。


「ところが、娘はそうはいかなかった」

「なぜだ」

「娘も俺にしがみついていたんだ。娘の小さな手が、こんな感じで俺の背中のほうに回っていて、俺の心臓と背骨に飛び込んでくるはずだった破片を、七歳の、娘の、手が」


 俯いたルークが、顔を手で覆った。


「全部、受け止めてくれたんだ……」


 俺は爺さんが落ち着くまで待った。


「すまんな」

「いいさ。続けてくれ」


 ルークの口から重い息が吐き出され、話が再開した。


「死ぬはずだった俺のかわりに、ジェシカの右手はズタズタになっちまった。それからやつらを一人残らず消し去るまで、三年かかった。そのあとは、まあ、知っての通りだ。ギャングを引退して会社を作って、ハンターに鞍替えしたわけだ」

「自分の会社に連絡しなかったのは、どうしてなんだ」

「言っただろ。会社は娘にとられちまったって」

「とぼけるなよ。俺をご指名した理由、ってのがあるんだろ」

「昔馴染みから、娘が気にかけてる男がいるって聞いたからな。父親なら、そういうやつの顔ぐらい見たいと思って当然だろ」


 老人の手がガウンのポケットに入った。


 何かを取り出して、テーブルの上に置く。


「そいつを持っていけ」


 卓上に置かれた小型のリモコンを見ながら、俺はたずねた。


「なんだ、これ」

「娘の腕に仕込んだ、緊急停止装置を作動させるためのリモコンさ」

「へぇ」


 俺はリモコンを手に取って眺め回した。


 黒いプラスチックの直方体に、赤と緑のボタンがついただけの単純なものだった。


「そいつがあれば、ジェシカはただの小娘だ。二人きりのときに使えば、なんでも言いなりにできるぞ」

「なあ、ひとつ聞いていいか」


 俺はルークの目を見た。


「娘に身ぐるみ剥がされる前に、どうしてこれを使わなかったんだ」


 年老いたギャングのボスだった男は、わずかに考え込む様子を見せた。


「さあな。必要ないと思ったからかもしれんな」

「だったら、俺にも必要ねえな。そういうことだろ」

「ああ。そうだ。そうだな」

「じゃあ、こいつは返しとくぜ」

「いいや。頼みがある」


 今度はルークが、俺の目を見て言った。


「そいつを娘に渡してくれないか。おまえさんの手でな」

「自分で渡せばいいだろ」

「俺はここから出られん。あとは死ぬだけの年寄りなんだ。頼み事ぐらい、聞いてくれてもいいだろう」


 老人の口から、深いため息が出た。


「それに今さら、どの面さげて―――」


 そのとき、部屋の扉が勢いよく開かれた。


 ノックもなしに飛び込んできたのは―――ジェシカだった。


「お嬢様。落ち着いてください。どうか、どうか」


 血走った眼をした彼女の後ろで、使用人が命乞いでもするような声を張り上げている。


 何この状況。

 俺、またなんかやっちゃいました?


 ジェシカは俺と父親を交互に見てから、フーッと飢えた虎のような息をもらした。


「お父さん。彼に何をしたの?」

「何も。コーヒーを飲みながら世間話しただけさ」


 娘の殺気を受け流すみたいに、ルークは落ち着いた声を出した。 


「あとは、あれだな。庭で猫を拾ってもらった」

「猫?」


 ジェシカの様子に怯えた子猫は、ルークの足元にすり寄っていた。


 枯れ枝のような手が猫を拾い上げる。

 猫は爺さんの膝の上で、居心地良さそうに丸くなった。


「その、親父さんは庭に迷い込んだ猫を牙獣と勘違いしてな。それで、管理局に連絡がいって、俺が、ここに、あれだ。来ました、はい」


 少しでもジェシカをなだめようと、俺は事情を説明した。


 なんだろう。この緊迫した空気は。

 この親子、仲が悪いんだろうか。


 いやまあ、考えるまでもない。

 金持ちの家ってのは、親子でもいろいろあるだろうしな。


 用事はとっくに済んでいるので、このままお邪魔しましたと帰ってもいいのだが、この爺さんを機嫌の悪そうな娘の前に残していくのも忍びない。


「あー、社長さん」

「ジェシカ、とお呼びください」

「ジェシカ。これ。親父さんから」


 俺はルークから渡されたリモコンをさし出した。


「プレゼントだってよ。えっと、できれば左手で。左の手で受け取ってほしい。これで、その右手を止めることができるんだとさ」


 俺の言葉で目を丸くしたジェシカに、押しつけるようにしてリモコンを渡す。


「じゃあ、俺はこのへんで。親父さんと仲良くな」


 ノルマをクリアした俺は、そそくさと部屋を出ていこうとした。


 と、その前に。


「コーヒーうまかったぜ。ごちそうさま」


 使用人に挨拶したら、手をつかまれた。


「ありがとうございます。ありがとうございます……」


 涙を流しながら感謝の言葉を伝えられた。


 どうしよう。

 俺ここから早く帰りたいだけなのに。


「ありがとうございます、ありがとうございます」

「わかったわかった。もういいから、もう。うん」


 使用人を落ち着かせようと必死な俺の横で、親子の会話が続く。


「なあ、ジェシカ。この猫、飼ってもいいか」

「名前はどうするの?」

「おまえがつけてやってくれ」

「ファング」

「そりゃずいぶん勇ましいな。悪くない」


 なんでもいいから、さっさと帰られせてくれよう。


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 一人称の練習で書いています。

 読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。

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・校正をなさってくださる方へ

 お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。


(例文)

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>~(←ココに修正箇所を引用する)

この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。

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 以上の形式で送っていただければ、こちらで妥当と判断した場合にのみ、本文に修正を加えます。

 みだりに修正を試みることなく、校閲作業者としての節度を保ってお読みいただけると幸いです。

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