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ブラッドファング  作者: ことりピヨネ
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29.オアフ・ソルトのメイプルとサラサンディー

 三階分の吹き抜けを貫くエスカレーターが、ゆるゆると人を運んでいく。


 事務所から一番近いショッピングモールは、いつも混雑している。この街のどこにこんなに人がいたのかと思うくらいに。


 今日も、もちろん大にぎわいだ。

 さっきから髪や肌の色が異なる親子連れやら、さまざまな年齢のカップルがひっきりなしにすれ違っていく。平和そうでなによりだ。


 エスカレーターを登りきったところ、ちょうどベンチがあった。

 買い物が入った紙袋を置いて、自分も並んで腰掛ける。


 わざわざ上の階まで来たのは、ここが飲食店の並ぶフロアだからだ。

 モールを訪れてすぐ、買い物は終わってしまった。エントランスにあるアパレルでジャケットを一着だけ買って、終わりである。


 そうなるともう、他にやることがない。

 ジョンジーから頼まれたお使いも、ここに来る前にさっさと済ませてしまったので、あとは飯でも食ってのんびりするだけだ。


「さて。何を食うか」


 入り口でもらったパンフレットを広げて、軽く目を通してみた。


 客層もあってか、飲食店の種類は無難なものが多い。

 ファミリーレストランにバーガーショップとピザ屋、それからグリルに喫茶店。あとは各国の料理店がぽつぽつと目につく。


 残念ながら、俺の故郷の料理を扱う店はなかった。

 店舗のリストには寿司屋もラーメン屋もないのだ。泣けてくる。


「米が食いてえ」


 思わず声が出てしまった。

 

 三日間も捕らわれの身であった俺としては、口になじんだものが食いたい。ぶっちゃけ、このさいどの店でもかまわんから米食わせろ、米。


「ん?」


 米のことで頭をいっぱいにしながらパンフを眺めていたら、その片隅に目が吸い寄せられた。


「オアフ・ソルト? 塩か。何を食わせる店だ?」


 店名が書かれたその下には、白飯の上に乗せられたハンバーグと目玉焼きの写真があった。


「ハワイ料理……!!」


 俺は勢いよく立ち上がった。

 

 パンフのフロアマップを見ながら、店を探す。


 フロアを半周すると、オアフ・ソルトはすぐに見つかった。

 ランチメニューが書かれた看板の脇に、イミテーションのヤシの木が置いてある。なかなか悪くない雰囲気だった。


「さて」


 店内に進み、通路が見える窓際の席を選ぶ。


 卓上の端末から注文を行い、頼んだ料理の到着を待つ。

 なんだか、もう待ちきれない気分だ。一刻も早く食べたい。


 などと思っていると窓のほうから、びたんと何かの張りつく音がした。


「ぶ」


 首をめぐらせると、ガラスに顔を押しつけている小柄な少女が目に入った。


 サラだ。すごい変顔のサラがそこにいた。

 いったいこんなところで、何をやっているのだろう。


 俺が手招きをすると、サラは店の入り口に走っていった。

 店の中に入ってくるときにはメイプルに襟首をつかまれていた。走り出さないようにひっぱられているので、足だけをジタバタさせている。あいかわらず、いいコンビだ。


「こんにちは、こんにちは!! こんにちはだよ! ファングさんはランチ? サラも、サラもね! おひる!! おひるごはん、食べるの!」

「サラ。お店の中で騒ぐと、食事は抜きだよ」

「はひ」

「飯抜きは、さすがに虐待だろ」

「本気じゃないよ」


 嘘とも本気とも思えない声で、メイプルが言う。


 二人が席について注文を始めたとき、俺は気がついた。

 サラがいつもの掃除機を持っていないことに。


「今日は休みか」

「買い物」

「今日はね、お買い物に来たの~」


 メイプルのぶっきらぼうな口調に続いて、サラの頭が元気なくテーブルの上に崩れ落ちた。 


「なんだ? サラは調子悪いのか」

「うなぁー」

「この子の発明品が、ね。ほら。サラ、注文を済ませて」


 メイプルがサラの手首をつかんで、端末のタッチパネルをぽちぽちする。


 にしても、ちょっと心配になってくる。


 サラの発明品と言うと、あの掃除機が壊れちまったのだろうか。

 あれ無しで、この二人がやっていけるのかちょっと心配になってくる。


「それで、あれか。気晴らしに買い物でもしてる、ってわけか」

「違うよ~」


 サラがテーブルに頭を乗せたまま首を振る。


「修理に部品が必要なの」

「部品? モーターとかか」

「コウモリの羽とヘビの抜け殻。二月に生まれたカエルの足を干したやつと、六本指のトカゲの尻尾。それから三日三晩、満月の光を浴びせた紫水晶と……」

「待て待て待て。どこで売ってるんだ、そんなもん」


 思わずツッコミを入れてしまった。


 そんなうさんくさい品々が、このありきたりなショッピングモールで手に入るわけがない。そういうのは、えーと、どこだ。どこに行けば買えるんだ、そんなもん。


 俺の疑問に答えてくれたのは、メイプルだった。


「二階のオカルトショップで取り寄せてくれるんだってさ」

「マジか」


 彼女は無言で頷いた。


「おまえら教会に住んでるんだろ。そんな怪しいものに手を出したら、追い出されたりするんじゃないのか?」

「バルセラはそんなの気にしないよ」

「あのおっかないシスターか」

「そうだよ。それにたぶん、言っても信じないだろうしね」

「ああ。そういうタイプだな、ありゃ」


 街では古株のハンターとして有名なババアの顔を思い出して、俺は納得した。


 あれは、世の中の問題の九割を鉛弾で解決して、残りの一割は銃を使い、なかったこととして処理してしまうタイプの顔である。絶対にそうだ。


「で、修理はできそうなのか」

「わかんにゃ~い」


 サラが力なく答えるのと、ウェイトレスが料理を運んでくるのは同時だった。


 料理を前にすると、ふにゃけた声を出していたサラの表情がパッと明るくなる。


「ごはんごはんごはんラーンチ!!」

「サラ」

「静かに食べるのです」


 メイプルがひと声かけると、サラは真面目ぶった顔になる。


 二人のやりとりを横目にしながら、俺は届いたロコモコを食うべくスプーンに手を伸ばした。


 まずはひと口、白米だけを口に運ぶ。


「うむ。むぐ、むぐ」


 最初にはっきり言ってしまおう。


 米は期待はずれだった。

 俺の故郷の米とは、あきらかに種類が違う。

 甘味のあるふっくらした米粒ではなく、形が細長く、パサついた食感だった。


 しかし、それでも米であることに変わりはない。

 今度は米と一緒にハンバーグをスプーンの先で削り取って、肉にかかったグレービーソスもろとも頬張る。


「うむ。うむ。うむ」


 なぜだか、しきりに頷いてしまった。


 これは米単体で食うよりも、乗っている具と一緒に食うのが正解というか。

 つまり、丼物だなこれは。肉汁やソースとともに米を味わうべき代物だ。


 焼き目のついたハンバーグは炭火で焼いてあるのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 ガラスで仕切られたキッチンの様子をうかがうと、調理台ではガスを使っているらしい。おそらくハンバーグのパテにスモーキーなフレーバーでも混ぜてあるのだろう。まあ、これはこれで悪くはない。


 まあいい。肉と米があれば、俺としては満足だ。

 つけあわせとして、ちょっぴり乗ったレタスで口直しもできるし、焼きそば風の細い炒麺や豆の入ったポテトサラダが一緒に乗っているのでボリュームも満足がいく。


 そしてこのハンバーグの上に乗った目玉焼き。これがまた、いい味変要員である。

 最後まで舌を飽きさせない調理の工夫がすばらしい。複数の料理を寄せ集めて作られたプレートランチのジャンク感が、男心をくすぐる。いいな、ハワイ料理。最高だ。


 一心不乱にロコモコを貪る俺を見て、サラがきょとんとした顔になっていた。


「ファングさん、おいしい?」

「おいしいぞ。そっちは何食ってんだ」

「わかんない」


 笑顔でそう言うサラが食べている料理に、俺はちらりと目を向けた。


 やけに白っぽいビジュアルのものが、浅いスープ皿に浸っている。

 薄い黄色のスープは塩味だろうか。そこに、春雨みたいに透き通った麺。その上に乗っているのは青ネギと、茹でた鶏肉だろうか。


 まじまじと皿を凝視している俺に、メイプルが言った。


「そいつはチキン・ロングライス、って書いてあったね」

「へぇ」


 ロングライスは、たしかハワイの方言だったか。

 つまり春雨みたい、じゃなくて本当に春雨であるらしい。


 ついでに俺は、メイプルのがフォークでつついてる料理についてもたずねてみた。


「んで、そっちは?」

「さあ? スモークサーモンのサラダみたいだけど」


 メイプルが興味なさそうに答えるので、俺はメニューで確認した。


「ロミロミ、とか言うらしいぞ」

「ふぅん」


 料理の名前を読みあげても、他人事のような反応しかなかった。


 ロミロミは、刻んだトマトやタマネギをサーモンと混ぜたものらしい。

 たしかに見た目はサラダそのものだ。ただし、サーモンはスモークじゃなくて、生だが。というか、それほぼ野菜だろ。


「そんなんで腹膨れるのか。たりないだろ」

「たりるよ」

「たりなーい」


 メイプルと逆の返事をしたのはサラだった。


 俺は注文用の端末を手にした。


「んじゃ、追加の注文でもするか。俺ももう少し食いたいし、ついでにおごってやるぞ」

「わーい。おごり、おごり~!! ファングさんがごちそうしてくれるって、メイプル」

「ファング。あたしらは自分の食い扶持ぐらい稼げるよ」

「別にめぐんでやろうってわけじゃねえよ。このあいだ、サラには世話になったからな。その、稼がせてもらった分を返すぐらいはいいだろ」


 一応、メイプルの反応をうかがってみる。


 彼女は視線を俺からそらして、曖昧に頷いた。


「わかった」

「やった!! やったぁ!」

「それで、サラはどれがいいんだ。肉食うか、肉」

「おにく!! たびたい! おにく!」


 はしゃいでいるサラと一緒に、メニューを見る。


 子供の好きそうな食い物ってなんだ。

 やはり唐揚げか。俺は画面をスクロールさせて、それらしい料理を探してみた。


「このモチコ・チキンってのは、どうだ」

「それ!!」


 即決だった。


 俺はメイプルにも声をかけた。


「メイプルは何にする?」

「あたしはいいよ」

「遠慮するなよ。今日はオフで、ボスから特別ボーナスももらってるんだ」

「遠慮はしてない」

「メイプルはね、朝とお昼はちょびっとしか食べないんだよ。そのかわりにね!! 夜! 夜は、いっぱい食べるよ~! この前なんか、こーんな大きな鶏の足を食べてた!!」

「サラ」


 メイプルが低めの声を出すと、サラは口を両手で覆った。


 そういえば、いつぞやの朝もメイプルはあまり食べていなかったような気がする。

 彼女がモリモリと飯を食うところは、あまり想像できそうにない。


 ちょっと見てみたい、という気はする。

 ジョンジーのやつが『女の子とデートでもしてこいよ』なんて言うもんだから、少しばかりいつもと違うヘンな気分になっているのかもしれない。この勢いを借りて、たまにはサラ抜きで二人で晩飯でもどうだと誘ったら、怒られるだろうか。


 頬杖ついて、そっぽを向いたままメイプルが言う。


「ファング」

「なんだ?」

「鼻の下、伸びてるよ」

「そそそ、そんなことねえよ」


 心の中を見透かされたような気がして、俺の平常心がちょっぴり揺らいだ。 


 サラが俺の頬をつまんで引っ張った。


「のびのびのもちもち~」

「これこれ。引っ張るでない、童よ」


 メイプルのひと言があったせいか、動揺が収まらない。

 おかげで俺の口調が、ちょっぴりおかしくなっていた。


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 一人称の練習で書いています。

 読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。

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・校正をなさってくださる方へ

 お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。


(例文)

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>~(←ココに修正箇所を引用する)

この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。

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 以上の形式で送っていただければ、こちらで妥当と判断した場合にのみ、本文に修正を加えます。

 みだりに修正を試みることなく、校閲作業者としての節度を保ってお読みいただけると幸いです。

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