D.グリル・ブレイヴィカのファング
フラ・ガールズは最高だ。
演習が終わって休暇をもらった私は、実家に戻り、父の書斎に入り浸っていた。
「姉さん。またマンガかい?」
コーヒーを持ってきた弟のウィリアムが、あきれた声で言った。
「うるさいよ。姉の趣味に口を出すと、おまえのパソコンを窓から放り投げてやる」
「そ、そんなに怒らないでよ。悪かったってば」
ウィリアムの顔がたちまち青くなった。
こいつは昔から根性なしだ。
私が友達のケイトとフラ・ガールズごっこをしてたときも、姉ちゃん姉ちゃんといっつも尻にひっつくみたいについてくるばかりだった。
まったく意気地がないったらありゃしない。
そのくせ今は、私じゃなくてケイトの尻にひっついているらしい。ようするに男女の関係というやつだけど、最近ちょっとうまくいってないという話だけは聞いている。
そういうわけで、私はこの年上趣味の甘えん坊の顔を見ると、いつものようにおっかない番犬みたいな表情になるのだった。
「それで、何の用なの?」
「母さんが呼んでるよ。夕食は食べていくのか、って」
「いらないって伝えといて。あと一時間ぐらいしたらアパートに戻らないと。明日も仕事だし」
「わかった。伝えとくよ。それから、姉さんに頼みが……」
「ビル」
私は弟の声を遮った。
「頼み事なら、あとで端末に送っておいて。あんたの姉さんは、休暇で一人の時間を楽しみたいの」
「わかったよ。あとで送っておく」
ウィリアムは眼鏡の下で眉間に皺を刻んで、あからさまに困った顔を見せつけたあと、書斎から出ていった。
これで、静かな時間が元通り。
荷物はすでにまとめてあるから、もうしばらくのんびりできる。コーヒーをひと口飲んで、読書を再開した。
手にした薄いリーフを開くと、そこには私のすべてが詰まっていた。
私がフラ・ガールズを知ったのは、六歳のときだった。
両親がハロウィンの用意で忙しいときに、私は父の書斎に忍び込んだ。
棚の一角を占める、コミックスを盗み見るために。
父はいい歳をして、こっそりとマンガの収集に励んでいた。
たいがいはマッチョなヒーローが大暴れする作品ばかりだったが、その中にひとつだけ、私のお気に入りがあった。
大手出版社の子会社、マウナロア・コミックスから出版されている―――という、詳しい情報はあとから知ったのだが―――フラ・ガールズの初回配本分を復刻した、再販版のリーフだ。
フラ・ガールズは、ハワイからやってきた四人の少女、クム、カヒコ、マイレ、マヒ・マヒが力をあわせ、カメハメハ大王から受け継いだダンスの力で悪と戦う物語だ。
私は幼い頃に、この作品に出会って人生が変わった。
私の信じるものは、すべてフラ・ガールズから教わったと言ってもいい。
ただ、最新のストーリーでは話の本筋と関係のない差別問題やら国際情勢といった話題を取り扱うことが多くて、あまり私の好む展開ではない。
なので、私はこの一話から三十話をまとめた復刻版が気に入っている。
もう何度、読み返しているかはおぼえていないくらいだ。
もちろん自分用と保管用と布教用も、住んでいるアパートに揃えてはいるのだが、やはり実家で読むと味わいが違う。
原体験とでも言うのだろうか。とにかく、こう、なんかグッとくる。
「はあ。尊い」
読んでいると、自然とため息が口からこぼれ出てきた。
「やっぱり、この最初の何も知らないマイレが、クムやカヒコの厳しい教えに反発しつつも、ただの食いしん坊だと思っていたマヒ・マヒが勇気をふりしぼって敵にたちむかうところを見て、正義の心に目覚めるくだりが最高だぁ……」
思わず声に出して言ってしまった。
まあ、誰も聞いてないからいいか。
などと思っていたら、ふいに扉が開いた。
「ギリー。いるのかい」
「父さん、ノックぐらいしてよ」
「ここは父さんの書斎だぞ」
私の有意義な時間は、またしても家族によってぶち壊しにされた。
「だいたい、読むなら自分のやつを読めばいいだろう」
「ここは私の聖地なの。私がはじめて、フラ・ガールズと出会った場所なのよ」
「わかったわかった。それより、そろそろ帰るんじゃなかったのか」
「え?」
私は時計に目をやった。
なんと。
さっきウィリアムが来てから、とっくに一時間が過ぎていた。
どうやらリーフをめくるのに、夢中になりすぎていたみたいだ。
棚の中に、そっとリーフを戻しに行く。
宝物を扱うように、丁寧かつ慎重に端が折れたりしないよう、気をつけてシリーズの並びに収める。
「なあ。ギリー。おまえも、そろそろ結婚の相手を探すとかしたらどうだ」
「父さん。そういうの、今はハラスメントだからね」
「私はおまえのことを心配しているんだ」
「それはどうも。父さんがいつも、私の頭の上でヘリコプターみたいに飛び回っていてくれて嬉しいわ」
「ギリー。そんな言い方はやめなさい」
父親の渋い顔を尻目に、バッグを手に取る。
「待ちなさい、ギリー」
「仕事の時間よ。父さん。あなたの娘はいずれ自分の家庭を持つために、今からしっかり稼がないといけないの。それじゃ」
書斎から出た私を父さんが追ってきた。
「家庭を持つって、相手はいるのかい?」
「いないわよ。今は」
「ふむ。まあ、将来に期待するとしよう」
「そうしてくれるとありがたいわね」
リビングを通り抜けようとすると、今度は母さんが声をかけてくる。
「ギリー。本当にもう行ってしまうの?」
「ごめんね、母さん。戻ったら、すぐ仕事なの」
「警察官だものね。忙しいわよね」
母さんがキッチンから離れられない様子なので、近くまで行った。
ハグすると母さんはミトンをつけたままの手で抱き返してくれた。
「今日はあなたの好きなパイを焼いたのよ。持っていってね」
「うん。持ってく」
「それから、父さんが焼いたチキンもあるの」
「それはビルのおなかに詰めといてあげて」
「ねえ。あなた大丈夫? ちょっと痩せたんじゃない。ちゃんと食べてるの?」
しゃべり続ける母さんは、いつまでたっても私を解放してくれそうになかった。
リビングのソファでテレビを見ているウィリアムが言った。
「姉さんなら大丈夫だよ。女は胸から痩せるって言うだろ」
「母さん、ごめん。さっそく仕事があるの。あいつを逮捕しなきゃ」
「おいおい。弟を監獄送りにするなんて、穏やかなじゃないな」
家庭内の不和を解決するため、父さんが仲裁に入った。
「母さんも、そのくらいにしておいてあげなさい。ギリーは忙しいんだ。わかるだろ」
「ギリーが家でも忙しいのは、あなたとマンガの話ばっかりしているせいじゃないかしら」
私は頭を抱えたくなった。
両親につきあっていると、話がいつまでたっても終わりそうにない。
「じゃあ、私行くから。またね」
「姉さん。あとで端末に送るけどさ」
「ケイトの件なら、こないだデートの途中で、あんたがよその女に見とれていたのが原因だよ」
「知っていやがったのか!? ちくしょう! このクソ姉貴め」
弟の罵声を背に受けながら、ガレージにむかう。
車に乗って実家を離れる
すると、心は徐々に仕事のことで埋まっていく。
そう。私には、一人の警察官としてやらなければならないことがあった。
正義のために生きているという誇りが、胸の奥で炎となって燃えている。
あいつをこのまま、のさばらせておくわけにはいかない―――と。
それは忘れもしない、あのイカれたハンターのことだ。
グリル・ブレイヴィカで出会った、ファングという名の悪の化身だ。
つい先日の演習で、やつはとうとう邪悪な本性をあきらかにした。
トニーが負傷した直後、ファングはあやしい力を使って私に何度もいやらしい行為を繰り返したのだ。
さながらフラ・ガールズの百五十五話で、邪神ヴァルガロモルゾディアに封印を施すため、ドレッドファイアとともに暗黒空間に取り残されたカヒコのごとく、時間を逆戻りさせることで私を閉じ込めようとしたのである。
あのままではきっと私も、百七十八話において暗黒空間から救出されたカヒコが妊娠していて、娘のハウオリを産んで二代目のアウアナと交代したときのようになっていたに違いない。
あのファングってやつの顔はドレッドファイアにそっくりだし、本当にそのくらいのことはやりかねない。なんてあつかましくて、そのうえとんでもなく恥知らずな行いだ。絶対許せない
私が今こうしている間も、演習の件でファングは取り調べを受けているはずだ。
けれど、あいつの行動を事件として取り上げることは、今のままでは不可能だろう。
何ひとつとして証拠がない。そのことは、私がよく知っている。
けれど、この程度であきらめるわけにはいかなかった。
やつにはいずれ法の裁きの下で、制裁を加えなければならない。
なぜなら、それが正義だから。
「覚悟しておきなさいよ」
私は決意とともに、アクセルを強く踏み込んだ。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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・校正をなさってくださる方へ
お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。
(例文)
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この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。
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