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ブラッドファング  作者: ことりピヨネ
28/72

C.逃走中のファング

 私の人生を二文字で言い表すならば、それは―――


 退屈、の二文字につきる。


 資産家の親の元に生まれ、誕生から十歳になるまで何ひとつとして不自由のない生活を送っていた。


 そんな私が裕福で温和な父から、ある日こんなことを言われた。


「いいかい、アマンダ。今日から一人で勝手に、出歩いたりしてはいけないよ。たとえ、家の中にいてもだ。いいね」


 私が十歳の頃。

 父の言葉をきっかけに、生活に変化が起きた。


 街に異変が起きて、その日から私は街の外の世界を失った。


 とはいえ、それは私にとってはそう大きな変化ではなかった。

 夏休み、あるいは春休みといった、長期の休養期間に避暑地を訪れる家族旅行がなくなった程度のことで、つまるところ私の感性にさして影響を与えるものではなかった。


 変わったことと言えば、もう一点。


 護衛の数が、あきらかに増えたことだ。

 周囲の人々は誰もが口をそろえて、街は危険になった、と言う。

 ニュースの中で耳慣れない単語を聞く回数が増えて、その報道の内容から家族の警護についた人々の言葉が事実であることを私は学んでいった。


 危険から身を護るために、私は勉強のかたわら、体を鍛え、射撃の腕を磨いた。


 人生の問題のうち、八〇%はフィジカルで解決することできる―――というのが、両親からの教えだったからだ。

 虫歯や歯列の矯正、あるいは体育のランニングで脇腹を押さえて走る同級生たちを見ているうちに、私は親の教えが事実であることを徐々に実感していった。


 そして私は、ハイスクールを卒業する頃には六.六フィートの身長と、校内で一番強いと評判のタフガイを学内親善という目的で開催されたスパーリング試合において、たった一発のパンチでノックアウトさせる腕力を手に入れた。


 射撃に関してはオリンピックに出場できるほどの腕前だ、とも言われた。

 それだけでなく複数の競技に出場し、そこらの自販機の中にあるビンのキャップに及ぶ数のメダルを持ち帰ってくることができるだろう、との評価もされた。

 もっともそれは、この街の生まれでなければ、であったが。


 大学に進学してからは、それまで両親からもらっていたこづかいを投資に回してみた。その資産は在学中に五十倍にまで膨らんで、今なお増え続けている。


 そうして私は成人するまでの間に、およそ普通の人々が人生に必要とするものの、そのほとんどを手に入れてしまった。


 そして、知った―――。


 私は自分の人生を退屈なものにするために、この二十年を費やしてしまった、ということに。


 そこからは、何ひとつ不自由のない生活が始まった。


 道を歩いていても、肩をぶつけてくる失礼な男にも出会わない。夜道を一人で歩いているときに銃を向けられても、ちょっと体をかがめてから足をつき出せば、相手の内臓をあっけなく破裂させることができた。たとえそれで警察のお世話になることがあっても、電話ひとつで弁護士がかけつけて保釈金を積んでくれる。


 とはいえ、そういうちょっとしたイベントはめったに起きたりしない。

 だいたいの場合はエルメネジルド・ゼニアでオーダーしたスーツを着て、にっこりと微笑んでいるだけいい。たったそれだけで、ほとんどの人が私を丁重に扱ってくれる。

 そういう格好をして、ベントレーのコンチネンタルGTにでも乗っていれば、たとえ私がたいした目的もなく暇つぶしがしたいと声をかけただけであっても、男だろうと女であろうと誰もが時間を割いてくれる。


 人生にトラブルもなく、悩みもない。


 しかしそれは、ただ退屈なだけの毎日だった。

 嵐もなく、波にもまれることもなく、ただ広大な海をさまようだけの日々。

 そんな生活に、はたして意味などあるのだろうか―――すくなくとも私は、そこに意味を見出せなかった。


 大学を卒業し、暇を持て余した私は、射撃の腕を生かしてハンターになることにした。


 私の選んだ職業は、およそ富裕層の選択とは言えないものであった。

 だが、両親は何ひとつ不満を述べることはなかった。


 幸いなことに、私の兄たちのうち一人が経営を得意としていた。また他にも、資産運用を得意としている者もいた。末娘のとりえが、身長と射撃の腕前ぐらいしかなくても、親の金勘定にはまるで影響がなかった。


 それについては両親も、私と同様に生まれついての資産家であったためだろうか。


 ブルジョアの私生活における家族関係が陰湿な執着で彩られているという思想は、昔ながらのテレビドラマや推理小説の中だけのことだ。財産の相続問題、または怨恨に基づく動機がある、といった理由で親族を手にかける人間は、フィクションの中にしか存在しない。


 実際の金持ちは、たとえ家族であっても、自分以外の他者の人生なんていうものをそれほど気にはしない。金と引き換えに得られるものと、そうでないものの違いをよく知っているがゆえに。

 ただひたすらに、見守るような愛情を家族とわかちあう日々を送っている、それが豊かな人間の家族愛というものだ。


 ようするに私の両親は自分の子供たちの容姿や性格といった、貧困層の出身者がよく気にかける要素などをまったく気にかけることもなく、兄弟たちすべてにひとしく愛情を注ぎいでくれたのである。

 そしてもちろん、子供たちの選んだ職業がどんなものであったとしても、変わらぬ姿勢であったことは言うまでもない。


 そういうわけで私の父は、末の娘が兄弟の中でもっともデカいマッチョになって、がらの悪いあらくれ者がやるようなビジネスに手を出しても、じつに平然としていた。

 引退後には知名度を生かして飲食店の経営をするといいのではないかといった、まるでスポーツ選手にでも言うような、やや古臭いアドバイスを送ることで私の将来を母とともに祝福してくれたのである。


 ハンターになったことで、私はまずひとつ重要な気づきを得た。


 それは最初にハンターとしての登録の手続きを行うために、管理局を訪れたときのことだ。


 そのとき私は、プール磨きのブラシぐらいに扱いやすい手頃なサイズだと思って、スナイペックス社のアリゲーターを背負っていた。

 ところが、その様子を見ていた髭面の男たちが、いかにも驚いたといった様子で目を丸くしていたのであった。


 事実は単純で、実際に牙獣を撃ったとき、この仕事には戦車の装甲でも撃ち抜ける大砲など必要がない、ということを私は知った。

 なので、私はせっかく取り寄せたその対物ライフルを収納用に改造したベントレーのリアシートの中にしまっておくことにした―――そのうち、使う機会があるかもしれない。


 かわりに手にしたのは、FN509だ。

 これは羽毛のように軽くて持ち歩くのには、じつに便利な拳銃だった。しかも、手のひらにすっぽり収まるサイズだから、小さくてかわいい。


 コンパクトなわりに、総弾数が薬室もふくめて十七発と実用性も申し分なかった。

 ただ、指が入らなかったので、トリガーガードを大きくするカスタマイズを施した。さらに手の幅にあわせてグリップに厚みを持たせ、私の握力では軽すぎたトリガープルも少し重くする程度に調整してもらう必要はあったが。


 そのように仕事の道具を徐々に揃えながら、といった場当たり的な面はあったが、ハンターとしての日々は順風満帆だった。


 さして刺激のない日々を過ごすうち、しばらくして何人か知人ができた。


 だいたいは礼儀正しく、丁寧な口調の人物ばかりであった。

 私の視界の外で女性に対して粗暴な口をきくあらくれ男も、そいつの首より太い上腕部を私が見せつけると、とたんに温厚なフェミニストに宗旨替えする。両親の啓蒙には感謝したい。


 もちろん、そういった中には遠慮会釈のない者もいた。

 オセロットとペギーのコンビが、まさにそれだ。


 なにしろオセロットと言えば、遠慮のなさでは同業者の中でも群を抜く存在だった。

 牙獣を狩っていれば人の獲物を平気で横取りしていくし、そのあと管理局で鉢合わせしても、まったく悪びれることもなく『このあとヒマか? だったらあたしとサシで飲みに行こうぜ』などと言ってくるので、物は試しと付き合ってみたらバーの酒をすべて飲み尽くして店を臨時休業に追い込んだあげく、酔ったふりをしてトイレの窓から逃走し、支払いを全額、私に押しつけてきたのである。

 得難い経験に、私はひさしぶりに腹を抱えて笑った。

 ひとしきり笑ったあと、固く誓った。やつとは二度と飲まない。


 ペギーのほうは、それよりちょっとはましだった。

 彼女のトレードマークである、ひらひらのフリルがたくさんついた愛らしいピンクのドレスの裾を翻し、『お金持ちだからといって、いい気にならないでほしいものですわ』などと言ってきたものだから、お近づきの印にとヒギンスのギフトセットをネットで発注し、全種類それぞれ五十箱ずつ送ってみたら、それ以降は穏やかに接してくれるようになった。誠意こそパワーである。


 そんな二人であったが、今では気心の知れた友人であった。

 さて、そんなオセロットだがある日、彼女が弟子という少年を連れてきた。


 最初に見たときの彼は、ひどく繊細そうで頼りない少年だった。


 なので、オセロットに対する意趣返しとして、彼を強引に連れ去った。

 そのあと、ひと晩かけてじっくりと私の心が赴くまま力任せに、彼を自由に扱ってやることにした。


 ところがその翌日、私が見慣れた自室のベッドで目を覚ますと、退屈な人生を一変させる事態が起きていた。


 まず、日付が戻っていることに気がついた。

 信じられないことに、彼と出会ったその日の朝に、時間が戻っていたのである。


 そして前日の出来事をなぞるように、私はふたたび彼と出会った。


 隙だらけに見えた彼の背後から、その肩に私が―――触れることもなく、伸ばした手がかわされてしまった。


「何か用かい。オセロットに用があるなら、あっちだぜ」


 振り向いた彼の顔が昨日とはまるで違う、精悍な笑みで彩られていた。


 男子三日会わずばなんとやら、どころではない。

 山猫の弟子は、一回の巻き戻しでちょっと小ぎれいにしたギークボーイから、野生の狼に生まれ変わっていたのだ。


 私は、人生ではじめての経験をした。


 手に入れたはずの大事なものが奪われる感覚。

 そして、失ったものが二度と手に入らないと知ったときの、絶望的な喪失感。


 強烈な感情が、心の中で渦を巻いた。


 彼が奪っていったのは、私がそれまでの退屈な人生の中で築いてきた誇りであった。


 そのとき以降も、不可思議な巻き戻し現象が何度も続いた。そのたびに彼が強く、逞しくなっていくのを私は目にすることとなった。


 そしてあるとき偶然、彼が牙獣の牙によって、体を貫かれる瞬間に居合わせた。


 次の瞬間、見慣れた自室のベッドで目を覚まし、私は確信した。


 彼が死ぬことで時間が巻き戻る。

 それは、間違いのないことだった。


 では、どうすれば良いか。

 この無限に繰り返される時間の連鎖から、抜け出すための手段はひとつしかない。


 彼を死なせないこと、だ。


 それまで退屈なものにすぎなかった、私の時間。

 そのすべてが、彼の人生を継続させるために費やされるようになった。


 私が知るとき、私が知らないとき、どちらであるかにかかわらず彼は幾度も死んでいるようだった。

 そのたびに、私は単調な一日を何度も繰り返す。


 代わり映えのしない日々を往復しているだけのはずなのに、それまでよりも退屈な日常を味わわされているというのに―――。


 それまで私の心を埋めていた退屈さは、きれいに吹き飛ばされていた。

 奇妙な高揚感に満ちた一日が、また始まる。

 ずっと待ち望んでいた、心臓が高鳴るような毎日が反復するようになったのだ。


 未来に続く彼の時間を少しずつ伸ばしていく。

 それが、今の私の喜びとなっていた。


 さて―――話が長くなり過ぎた。


 目の前の現実に対処しなくてはならない。


 彼は、今も死の運命に直面している。

 おそらく、これまで通りなら―――彼はすぐそばにいる女性警官をかばって、牙獣の一撃をその身に受けるだろう。


 まったく、女と見れば見境のないやつだ。

 そんな彼を救ってやらなければならない。


 私はライフルを構えて、射撃姿勢をとった。


 あとは待つだけだ。

 引き金を絞る指先に、ほんの少し力を入れればいい。


 彼は、背伸びをしてくれるだろうか。


 できなければ、また母親にサンドイッチを催促しないといけなくなる。


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 一人称の練習で書いています。

 読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。

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・校正をなさってくださる方へ

 お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。


(例文)

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>~(←ココに修正箇所を引用する)

この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。

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 以上の形式で送っていただければ、こちらで妥当と判断した場合にのみ、本文に修正を加えます。

 みだりに修正を試みることなく、校閲作業者としての節度を保ってお読みいただけると幸いです。

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