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ブラッドファング  作者: ことりピヨネ
19/72

17.ケインズ銃砲店のミリー

 俺はケインズ銃砲店の入り口が見える路地で、身をひそめていた。

 正確に言うと、店から出てきた人間を見張っている。


 たった今、入り口から和服の女が出てきた。


 言うまでもなく、ましろだ。


 彼女を視認した瞬間に俺は、通常は自動モードで稼働させているコンフー・マーキナを意識的に作動させ、肉体の全能力を駆使して音もなく路地裏にコソコソと逃げ込んだ。このくらいしないと、やつなら足音で個体の識別までしかねない。


「っていうか、こんなところに何しに来てんだ。あいつ」


 まさか刀から鉄砲に宗旨替え、ってわけでもあるまい。 


 俺はましろが戻ってこないか警戒しながら、店に入った。


「いらっしゃい。なんだ、おまえか」


 ケインズの挨拶に、俺は口の端をつり上げて見せた。


「客にむかって、その言い方はないだろ」

「うるせえ。どうせまた、ミリーをだましてタダで弾丸かすめようって魂胆だろ」

「しねえって、そんなこと。金ならあるぜ」

「その金はどこでちょろまかしてきたんだ。この悪党」

「バカヤロ。ちゃんと稼いできたんだよ」


 俺はポケットから端末を取り出して、管理局でもらった明細をケインズに見せた。


「こいつはたいしたもんだ。で、今日はツケのお支払いにいらっしゃったんですか?」

「いいや。近いうちに、FBCUの演習に参加するからよ。日当は出るんだけど、弾丸は自腹ってことだから、ちょっと多めに用意しようと思ってな」

「そりゃ結構。今ちょうど、通常の五十%割り増しセールやっててな」

「悪かった。よそを当たるぜ」

「ホラ吹くな親父」

「ウップ」


 俺がきびすを返そうとしたとたん、店の奥から出てきたミリーが父親のたるんだ腹にボディーブローをかました。


「こんにちは、ファングさん」

「やあ、ミリー。弾丸を頼めるかな。ちょっと追加で、入り用になっちまってな」

「はーい。待っててね。今、在庫の用意できてないから、すぐ作ってくるね」


 ミリーが店の奥に入っていく。

 これは、ちょっと時間がかかりそうだ。


「そういえば、ケインズ。さっきここに、着物の女が来てなかったか?」


 時間つぶしのつもりで話題を切り出したんだが、ケインズはそれまでと、うって変わって真面目な口調になった。


「おい、色男。あのお嬢さんに、何か悪いことでもしようってんじゃないだろうな」

「そんなんじゃねえよ」

「だったら、なんだ」


 口をへの字に結んで、ケインズが俺をにらんでくる。

 冗談を言えそうな雰囲気ではなかった。


「ましろは顔見知りだよ。同業者なんだから、当然だろ。さっき通りで見かけて、気になったから聞いてみただけさ」

「本当か?」

「嘘じゃねえよ。疑うなら、こないだ彼女と一緒に、ランチでパフェ食った話でもしてやろうか。本人に電話して確かめてもいいぜ」


 ケインズは大きく息を吐いた。


「わかった。ミリーには絶対に言うなよ」


 俺は黙って頷いた。


「あのお嬢さんは、俺とミリーの命の恩人だ」

「どういうことだ?」

「あれは、今から十年も前の話さ」


 そう話を切り出してから、ケインズがカウンターの奥に置いてあった電気ケトルのスイッチを入れる。カップを受け取り、コーヒーを飲みながら俺は話を聞いた。


「あの頃は、女房が死んだばかりでな。俺はミリーのおしめを変えてやることもできない、ダメな親父だった。けどな、それでも必死にやってたんだ。んで、ある日、スーパーでしこたまミルクとおしめの替えを買って、こう両手に持ってな。んで、駐車場の車に戻って、後ろのドア開けて荷物を積もうとしたんだよ。そしたら、横に止めてあった車の影から、牙獣が出てきやがったんだ。三本牙の」

「それで? 得意の早撃ちでやっつけたのか」

「茶化すな。俺はそいつを刺激しないように、ゆっくりと戻って助けを呼ぼうとしたんだ。ところが運悪く、近くでクラクションが鳴って、その音に反応した牙獣が俺に襲いかかってきやがった。俺は抱っこ紐で抱えたミリーを守って、神に祈るしかなかった。ところがそこで、店のほうから飛び出してきたましろお嬢さんが、こう腕を」


 ケインズは左手で裏拳を繰り出した。


「自分の左手を盾にして、俺たちを守ってくれたんだ」

「そんでもって、右手の刀でズバッとやったってわけか」

「いいや」


 俺の予想は、はずれた。


「彼女は武器なんか持ってなかった」

「んじゃ、どうやって?」

「だから、素手で俺たちをかばってくれたんだよ。武器も持たねえ、十かそこらの娘が自分の左手を捨てて、俺たちを親子を守ってくれたんだ。普通できるか、そんなこと。大の男だって、できるこっちゃねえ。そうだろ」


 わかったわかった。そんなに圧かけて、力説すんな。


「んで、そこにすぐさま、彼女の爺様が駆けつけてきてな。買ったばかりの果物ナイフをこう、軽く振ったのが見えた」


 ケインズがチョップを何度も振り下ろす。ぜんぜん軽くには見えなかった。


「そしたら、牙獣は牙もろともバラバラだ。俺には一回しかナイフを振るところが見えなかったのに、だぜ。んでもって、爺様が『ましろ。この出刃の切れ味、やっぱりいまいちだぞ』って言って、自分の着物から紐を―――帯、って言うのか。とにかくそれで、ましろお嬢さんの腕を結んで止血したんだよ。口をパクパクさせてる俺に、手当てを受けながらお嬢さんが言ったんだ。『娘さんにおケガはありませんか?』って。ズタズタに切り裂かれた自分のケガのほうが、もっとひどい状態だってのによ」


 俺はコーヒーをもうひと口飲んだ。

 安定のインスタント味。


 まあ、ましろならそのくらいの修羅場は、平気でこなしていても不思議ではない。


 だがなんというか。

 俺の知ってる、彼女のイメージとまったく違うんだが。


 人助けぐらいは、あいつでもするかもしれねえけどよ。けど、なんていうかこう、普段と違うと言うか。勝手気ままに絡んできては、俺に迷惑かけて喜んでいる印象しかないぞ。あの女。


 なぜ、このような認識の食い違いが発生するのか。

 俺には、さっぱり理解できない。


「そういうわけでな、その後、俺は彼女の爺様のドージョーに何度も行って、そのたびに頭を下げて、こうドゲザってやつをしたんだよ」


 まだ続くのか。後日談まで、たっぷりありそうだ。


 そのあとの話を要約すると、こんな感じらしい。


『これ以上は、ケインズ殿が気に病むこともありませぬ』


 ましろの爺さんは、何度も頭を下げるケインズにこう言ったそうだ。


『手前どもの剣派においては、手足のひとつを無くした程度でさしさわりがあるような鍛え方はしておりませぬ。ましてや当代においては、これこのように機械の腕で替えが効く。飯炊き、掃除といった常日頃の些末な出来事は言うに及ばす。さらにつけ加えれば手前味噌になり申すが、孫娘の剣法においてはなおのこと、いささかの曇りもござらん。ましろ。ケインズ殿のお悩みを晴らすべく、剣気の技前をご披露してみせよ』


 なにやらそんな時代錯誤なことを言って、火のついた蝋燭から芯だけを斬り落としたり、爺さんの胸に貼りつけた薄い紙を服や体に傷ひとつつけずに斬ったりしたらしい。とんでもねえ師弟だ。


「俺はサムライの神秘に触れた。わかるか? おお、神よ」

「わかったわかった」


 どこぞの宗教家みたいな口調になってきたケインズを適当にあしらい、俺は安っぽいコーヒーを飲み干した。


「とにかく、てめえみたいなチンピラが近づいていい人じゃねえんだ、あのお嬢さんは。わかったな」

「ましろは商売敵っていうか、俺も同じ商売やってるんですけどねえ」

「ハッ!! てめえみたいなその日暮らしと、あのお嬢さんを一緒にするんじゃねえよ」

「っていうか、よ。気にすんなって言っておいて、なんであいつここに来てんだ」

「だから、俺やミリーが不義理を気にしすぎないように、爺様のほうはわざと冷たく言ってくれたんだよ。そんでもって、お嬢さんはそのアフターケアとして、たまに顔見せがてらに俺らが健やかに暮らせているか見に来てくれてんだよ。どうだ、この気の使い方。わかったか」

「ああ、そうですか。そうでございましたか」

「ミリーに教えるなってのは、そういう意味だ。ったく、おめえには、そういう人の心の機微ってもんが、さっぱりわからねえのか」

「おい、おい。ケインズ。ちょっと待てよ」

「うるせえ。今日こそ説教してやる。だいたい、てめえはな……」

「親父うるさい」


 俺に噛みつきそうな顔してたケインズが、突然ビクンと固まった。


 親父さんの背後には、ミリーが戻ってきていた。


「さっきから何の話してんのよ。騒がしいったらありゃしない」

「ああ、その……ミリーちゃん。パパはね、こいつに、その」

「そろそろまともな仕事に就けって、いつもの説教くらってただけさ」


 俺はケインズの言葉を遮りつつ、ミリーから弾丸の袋を受け取った。


「いつもありがとう。ミリー」

「気にしないで。必要なものがあったら、いつでも言ってね。お嫁さんとか」

「ミリーちゃぁぁぁぁぁん!!」

「親父うるさい」

「じゃあ。俺はこれで」


 別れの挨拶を告げた俺の鼻先に、会計用のバーコードリーダーがつき出された。


「支払いがまだだぜ」


 こいつはホールドアップするしかねえ。


 残念ながら、お会計タイムだ。端末で口座からの振り込み処理をしている間に、ケインズがぽつりと言った。


「マクリントン通りの件、知ってるか」

「いいや。あそこは下見した程度だな」


 行ってはみたけど、仕事にならなかったような記憶がある。小さな女の子になんか言われて、切り上げちまったんだっけか。


「妙なやつが出るらしい。昨日はそれで、ケガ人が出たってよ」

「どっから聞くんだ、そういう話」

「そりゃおめえ、こういう商売だからよ」

「で、妙なやつってのは」

「騎士だってよ」

「騎士?」


 サムライの次は騎士かよ。

 いくらここが異世界だからって、ゲームじゃねえんだぞ。


 おっさんもヤキが回ったんじゃねえのか、と思わず口走りそうになった。


「馬みてえな牙獣と、その上に人間の形をした牙獣が乗ってるって噂だぜ」

「なんだそりゃ。目撃者は酒でも飲み過ぎてたんじゃねえのか」

「そうでもないらしい。ほら。こいつ見ろよ」


 ケインズが見せてくれたのは、SNSにアップロードされた画像だ。


 そこには路地の暗がりと、光源からはずれて影となった暗闇をなぞるように、赤い原色の輪郭線が描かれていた。

 赤い部分は、もちろん加工だ。そこまで手が加わっていると、たしかに馬に乗って槍を構えた人の姿に見えなくもない。


 俺の結論としては、信憑性がいまいち。


「なんかうさんくせえなあ。だいたいこいつ、牙何本なわけよ」

「八本」

「おいおい。ケインズ、統計ぐらい見たことあるだろ」


 牙獣の危険度は、その牙の本数に比例する。


 牙が一本しかないやつなんて、手慣れたハンターにとっては野良猫みたいなもんだ。ビックリさせて逃げられないように始末できるようになることが、見習いハンターの卒業と言われているぐらいである。

 ちなみに民間向けの広報では、牙獣を見たら逃げ道をふさがないようにして反対側に逃げましょう、なんて対処法まで出されているのだ。


 牙の数が増えれば増えるほど、牙獣の危険度は増す。

 ただし現状、街に出没する牙獣のおよそ七割が一本牙だ。


 そして、牙獣が出現してからの十二年間で、確認された最大サイズの牙獣は五本牙までである。


「八本牙だなんてホラ吹いたら、モグリだと思われるぜ」

「別に信じなくてもいいさ」


 ケインズは、またさっきの真面目な顔になった。


 ましろの話をしていたときと、同じ表情だった。


「わかった。あのサムライ女がそう言ったんだな」

「そうだ」


 冗談の通じなさそうな声で、ケインズは答えた。


「あのお嬢さんが言ったんだ。牙の騎士は八本牙だ、ってな。だから、俺は信じる」


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 一人称の練習で書いています。

 読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。

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・校正をなさってくださる方へ

 お手数ですが、ご指摘等をなさっていただく際には、下記の例文にならって記載をお願いいたします。


(例文)

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>~(←ココに修正箇所を引用する)

この部分は、(あきらかな誤用orきわめてわかりにくい表現or前後の文脈にそぐわない内容、等)であるため、「~(←ココに修正の内容を記入する)」と変更してみてはいかがでしょうか。

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 以上の形式で送っていただければ、こちらで妥当と判断した場合にのみ、本文に修正を加えます。

 みだりに修正を試みることなく、校閲作業者としての節度を保ってお読みいただけると幸いです。

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