16.ヘレンのキャンディストアのリタ
扉をそっと開けると、チリン……と遠慮がちなドアベルの響き。
俺は静かに、ヘレンのキャンディストアに入店した。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中で、リタが背を向けたまま言う。
気づかれちまってた。そりゃまあ、そうだよな。ベル鳴ったし。
俺がいつもの席に座ると、無言でコーヒーが出てきた。
「あのさ、リタ……」
リタは拗ねた表情で、視線をそらしている。
怒っているのか、それとも不機嫌なのか。
どちらとも判然としない表情だった。頬がプクーと膨らんで、下膨れになってるところはたいへん愛らしいのだが。
「こないだは済まなかった」
俺は、さっさと言いたいことを伝えておくことにした。
「その、事務所まで出前してくれたとき、変なもの見せちまって。あれは……」
「その話なら、オセロットさんから聞きました」
おいおい。ナニ勝手なことしてるんだ、あいつ。
「シャワーを浴びたらのぼせちゃった、って。そこに、ちょうどお仕事で徹夜してたファングさんが帰ってきて、介抱してもらっていただけ、だって」
「ああ、うん。まあ、だいたいそんな感じだ」
意外とうまく言い訳できてるじゃねえか。ジョンジー有能。
「まあ、とにかく。朝っぱらから、妙なもん見せてすまなかった」
「それは別に、いいんですけど」
リタはまだ他に、何か言いたいことがあるようだった。
「その、前の日の……」
「前の日?」
三日ぐらい前、だろうか。
俺、なんかやったかな。
「ホリデーパークスクエアで」
「うむ」
「きれいな女の人と」
「きれいな女……?」
「一緒に腕を組んで」
心当たりがないぞ。そんなの。
「二人で、デートしてましたよね」
「すまん。まったく心当たりがない」
「ご、ごまかされませんからねっ。私、ちゃんと見ましたから!」
リタにしてはめずらしく、語調が強い。
「黒い髪の着物を着た美人と、ファングさんが一緒にお店に入っていくところ、私見たんですから」
「ちょっと待ちなさい」
「見ましたからっ」
和服の女と聞いて、俺はようやくピンときた。
正直、これはまったくの想定外だ。
すっかり記憶から抹消していた件である。いや、一応は覚えてはいるんだが、どっちかという嫌な思い出に類するカテゴリーというか、なんていうか。
ましろめ。あいつのせいで、俺の人生は真っ黒だ。改名でもしやがれ。まくろとか、まっくろに。
「昼間からデートしてるところを見ちゃったんですから」
「あいつは、ただの同業者だよ」
「いいですねっ。仕事仲間とデートですか」
「デートじゃなくて、近くに警官がいたからさ」
リタはきょとんとした顔になった。
「警官……?」
「そうだよ。俺らハンターと警察は、仲が悪いんだ」
俺は落ち着いた声で説明した。
「だから、ハンターがあんな人通りの多いところをうろうろしていると、目をつけられてしまうんだ。追い払われたら仕事にならない」
「そ、そうなんですか……」
「そうさ。だから、あいつが機転を利かせて、カップルのふりして俺を店にひっぱり込んだのさ」
リタはぽかんと口を丸くしてから、急に顔を赤くした。
「そそそ、そうでしたか。その……ごめんなさいっ」
「謝ることはないよ」
「いえ、でも、あの。私、変な誤解しちゃって」
「いいさ。勘違いさせてしまって、俺のほうこそすまない」
真っ赤に染めた顔を手で覆うリタを見て、俺は苦笑する。
「それより、朝飯の注文は厨房に届いているかな」
「あっ。ハイッ!! 今すぐ!」
リタがバックヤードに走り込む。
その背中を見送りながら、俺はコーヒーを啜った。
苦い。
舌に心地よく感じる苦味は、この街に生きる人の小さな日常そのものだ。
この街では、誰もが少しずつ苦い思いをしながら生きている。
牙獣に苦しめられている人々すべての思いが、この一杯に詰まっている気がした。
ハンターが守るべきは、そういうものに違いない。
元の世界に帰ることばかり願っている俺だが―――
帰る前に、この世界をちょっと住み心地を良くする努力ぐらいはしてもいいだろう。
いつ帰れるかは、まったくあてがないけれど。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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