15.事務所のマーガレットとジョンジー
事務所に戻った俺は、借金取りみたいな口調でジョンジーを呼んだ。
「くぉら!! オセロットさんよ。出てこいや」
返事はなかった。
事務所の中には誰もいない。
足跡も残さずに、いったいどこに行きやがったんだあいつ。さては俺の気配を察して、逃げたのだろうか。ありうる。
「チッ。こういうときだけ、逃げ足が速いんだよな」
俺は念のため、事務所内の隠れられそうな場所をすべて調べた。
もちろん俺の部屋のベッドも確認した。しかしまあ、今回はそこもふくめて、本当に姿が見当たらない。こうなるとお手上げだ。
あいつの行き先なんぞ、心当たりがあるはずもない。
あの気ままな山猫がどこをほっつき歩いているかなんて、そもそも俺の知ったことか。コーヒーでも飲みながら待ち構えてやろうと湯を沸かしていたら、事務所の扉が乱暴にノックされた。
来客だろうか。
もう夕方だぞ。こんな時間に、誰が。
またドンドンとドアが鳴る。来客は、かなり遠慮のない性格らしい。
「わかったわかった。今開けるよ」
俺は玄関にむかう。
扉のむこうにいたのは、顔見知りの女だった。
「ひさしぶりだね、ぼうや」
「ペギー……!! いきなりだな。どうしたんだ」
ジョンジーの元相棒であるマーガレット―――通称、ペギーが首を傾け、目線でやたらと色気をふりまきながら顔を寄せてくる。
「オセロットは、いるかい」
「いねえよ。どっかで酒でも飲んでるんだろ」
「あいからずだね。ぼうやは元気にしてたの」
「ボスの命令で毎日、街を走らされてるよ。いい汗かきっぱなしだぜ」
「あらそう。それじゃあ、うるさい女が留守にしている間に、お姉さんと……」
などと言いながら、マーガレットが一歩前に出る。
その足の小指が、扉の縁に一直線に突き進み―――激突した。
「―――んごっ!?」
「悪い。大丈夫か。扉、開けきってないのに入ろうとするから」
「フフ……大丈夫よ。ぼうや」
声を震わせながら必死で口調を保とうとしているマーガレットの額に、変な汗が浮いていた。
あんまり大丈夫そうには見えない。
あいからず、日常的には不器用らしい。
マーガレットはジョンジーと組んで仕事をしていただけあって、銃の扱いに長けていた。
天才的な近距離精密射撃の才能―――十メートル以内なら、目を閉じたまま百発撃っても当てられる。たとえ動く標的の中心であっても、直径三センチの円内に全弾命中させる常人離れした空間認識能力の持ち主だ。車の運転だって、なかなかにこなす。
ところが他は、まるでダメだ。
銃を握っていないときの彼女は、ただのズッコケ姉ちゃんでしかない。特に年上ぶったことをしようとするときにかぎって、必要以上が注意力が失せた状態になるようだ。いろんな意味で、見ていてハラハラする女である。半年前に会ったばかりの頃はここまでひどくなかったはずだが、どうしてこうなった。
とにかく、俺にとっては知らない仲ではなかった
オセロットに用があるなら、ここで待っていてもらうのもやぶさかではない。
「やつならそのうち帰ってくるだろうから、コーヒーでも飲んで待っててくれよ」
「そうかい。それなら、そうさせてもらうよ」
マーガレットがソファに座ると、ちょうど電気ケトルのお湯が沸いた。
俺はカップの用意をしながら、ふとたずねた。
「オセロットに何か用でもあったのか」
「ん? 知りたいのかい、ぼうや」
「いや、別に」
無言。
「聞いてもいいんだよ。ぼうや」
「興味ねえなあ」
「……うぅー」
機嫌の悪そうな、うなり声が俺の耳に届いてしまった。たぶん本人は、聞こえないように言ってるつもりなんだろうけど。何も聞かなかったことにしておこう。
俺がコーヒーをテーブルに置くと、マーガレットは礼も言わずにカップを口に運んだ。
「いい香りだね―――にぎゃっ!」
「ほら、砂糖」
「うぐ……気がきいているじゃないか、ぼうや」
俺はシュガーポットと一緒に、ミルクのポーションも用意した。
マーガレットがスプーン八杯分の砂糖と、ポーションを三個をカップにぶち込む。コーヒーから生まれ変わった特製のカロリーオーバーホットドリンクを飲みながら、ゆっくりと口を開いた。
「ここに来た理由はね」
聞いてないのに説明が始まった。よっぽど話したかったらしい。
「オセロットのやつが、私にFBCUの合同演習に出ろって……」
「おい、コーヒーこぼれてるって」
「え―――あっぢ!! あぢぢゃぢゃ、あぢあちあぢぢぢぢぢ!」
何やってんだ。飲んでる最中に話そうとなんかするからだぞ。チューブトップで作ったセクシーな谷間にコーヒーをがぶがぶ飲ませたもんだから、火傷してないといいんだが。
とりあえず浴室を貸してやって、その間に俺はソファを拭いた。
すっかり慣れたもんである。俺がここに来たばかりの頃は、まだマーガレットも一緒に仕事をしていたので、この手の世話はお手の物だ。
「世話になったね、ぼうや」
戻ってきたマーガレットは、上半身に何も着ていなかった。
肩の上から、バスタオルを無造作にかけているだけだ。そのままだと布地がヒラヒラめくれるもんだから、俺は胸元でタオルの端を結んでやった。まったく手のかかる子供みてえだ。
マーガレットは、ふたたびどかっとソファに腰を下ろすと、ポケットからシガーケースを取り出す。ケースの中から葉巻を一本出して、それを咥えながらぶつくさと文句を言う。
「それであいつ、私に合同演習に出ろなんて言うから。何故かと思って、こうして話をしにきたわけさ」
「タバコなんてやめろよ」
「大人の女の嗜みに、口を出すんじゃないよ。ぼうや」
ジッポーをキンと鳴らして、蓋を開くが火はつかない。
「あれ? ふんっ、ふんっ……くのっ、このっ」
息を乱して着火してから、シガーの先端に火を灯す。
軽く煙をくゆらせたあと―――むせた。
「ぶぇっほ!! えほっ、げほっ……おぇっほ! ぶほわっ、ごぇっ……にがぁーぃ」
最後の苦いのところだけ、高い地声になっている。普段は無理して低い声を出しているのが丸わかりだった。
俺は窓を開けて、灰皿を渡した。ついでに咳込んでるマーガレットの背中をさすってやる。まったく無茶ばかりしやがる、困った女だぜ。
「体によくないから、もうやめとけって」
「……きょ、今日はこのくらいにしといてやるよ」
弱々しい負けおしみを口にしつつ、タバコの先を灰皿の底で押し潰すマーガレット。
呼吸を落ち着かせてから、マーガレットは両手を広げてソファの背もたれによりかかる。
「合同演習に出れば日当はもらえるけれど、私の普段に稼ぎに比べたらたいしたもんじゃないさ。ぼうやは知ってるかい? 私が一日にどのくらい、あいつらを始末しているのかを……さ」
「前、前! 見えてる、隠せって」
「え? あ……きゃあ!!」
両腕を開いて、背を反らす姿勢になったもんだから、タオルの結び目がゆるんでしまったらしい。一応、本人は恥ずかしがって手で隠してくれる分だけ、ジョンジーよりはいくらかましだ。
「ほら。じっとしてろって」
「……はいぃ」
俺がもう一度タオルを結んでいる途中で、無造作に事務所のドアが開いた。
「帰ったぜぇ」
両手にビールのケースをぶら下げたジョンジーが、ソファの俺たちに目を向ける。
マーガレットの胸元で、タオルの端をつまんだ俺の手を見てしたり顔
「おや……おやおやおやおやぁ。お二人さん、ぬぁにしてんだぁ」
ジョンジーの顔に、チェシャ猫みたいな笑みがはりついていた。
「ファングくぅん、あたしのいない間に、職場でやらしいことしちゃってんのかぁ。もしかしてぇ」
「「オセロットォォォォォッ!!」」
俺とマーガレットは、同時に怒鳴った。
そのあと何が起きたかは、ご想像にお任せする。
俺がベッドに入って毛布にくるまったあとも、二人は明け方近くまで飲んでいたようだ、とだけ。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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(例文)
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