11.ヘレンのキャンディストアのアリサ
チリンチリンと、聞きなれた音が鳴り響く。
俺は昨日の朝からご無沙汰だった、ヘレンのキャンディストアを訪れた。
「あら。いらっしゃい」
カウンターの中にいたアリサ―――リタの母ちゃんが、満面の笑みで歓迎してくれる。
予想はしていたんだが、リタはいなかった。
リタの勤務時間は、休日をのぞけばだいたいいつも早朝だ。学校があるんだから、そりゃ当然と言えば当然か。
そして、その時間以外に店にいるのは、リタの母親であるアリサであった。
「やあ、アリサ。ひさしぶり」
「あら。ごぶさたね。朝だけじゃなくて夜も毎日、来てくれると嬉しいんだけど」
「俺は静かな店が好きなんだ」
「そんなこと言って、うちの娘に色目を使っているんでしょう。コーヒーでいい? それとも、たまにはディナーの注文でもしてもらえるのかしら」
「コーヒーとセットのやつをもらおう」
いつもの席に腰掛けて、カウンターにドライヤーの入った箱を置いて料理を待つ。
待つまでもなく、コーヒーだけはすぐに出てくる。
「リタとケンカでもしたの?」
カップを運んできたアリサが、笑いながらたずねてきた。
「そういうわけじゃないさ」
「そうなの? あの子を怒らせたから、プレゼントでご機嫌を取りに来たのかと思ったのに」
俺の持ってきた箱を見て、アリサは唇をつき出す。
「残念ながら、ハズレだね」
「じゃあ、私に?」
「すまないけど、違うんだ」
肩をすくめて、俺は苦笑した。
「こいつは、うちのお嬢様からの頼まれ物でさ。髪が乾かないんだとよ」
「なあに、それ?」
「ただのドライヤー。面白味の欠片もなくて、申し訳ない」
「あんたたちって、所帯じみているのねえ」
「家族みたいなもんだからな」
俺とジョンジーの関係については、言うまでもない。家主兼身元引受人であり、ハンターとしての師匠。そして現在は働く俺の扶養家族だ、あの女。
「うちの娘とは、家族になる気はないの?」
「どこからそういう話が出てくるんだよ」
「毎朝あんたが来てくれるって、嬉しそうだもの。あの子」
「ちやほやされると、嬉しい年頃ってあるだろ」
「本人に言ったら傷つくわよ」
キッチンから呼び出されてバックヤードに下がったアリサは、俺の注文を持ってすぐに戻ってきた。
今夜のディナーはチキンオーバーライスだ。
昼のステーキもすっかり消化されているうえに、一日ずっと歩き回っていたので、炭水化物がありがたい。
「あの子と家族になる気はないんだ」
晩飯をパクつく俺に、娘の売り込みに必死な母親の声がかかる。
「しがないハンターの収入をあてにするほど、この店の経営状態は悪そうに見えないぜ」
「お金の問題なの?」
「俺にとっては扶養家族が増えるんだから、お金の問題だろ」
「収入のある女ならいい、ってことかしら」
「そうじゃないよ。まあ、リタには話したいことがあるけどさ」
すくなくとも、朝の一件についてだけは誤解をといておきたい。
「いつでもあの子と話せるようになる方法ならあるわよ」
「そりゃご教授願いたいもんだ」
「リタには父親が必要だと思わない?」
えっ。どういうことそれ?
アリサはカウンターのむこうから、ぐいと身を乗り出してきた。
「私なら、ここの売り上げもあるし。あんたがシケた顔して帰ってきても、ご飯ぐらいは食べさせてあげられるしさ。コーヒーだって飲み放題よ」
「そりゃ願ってもない提案だ」
「でしょう」
ここでアリサの容姿についで、説明しておこう。
若い。とにかく若い。
ティーンの娘がいるとは思えない外見で、そのうえ細身のモデル体型。輝くような美貌は、釣り合う男を探すほうが難しいほどだ。客商売で磨かれた性格にいたっては、おおらかでやさしく、そこに文句のつけようがない。
彼女が結婚の二文字をチラつかせただけで、男だったら誰でもたちまち襟を正す。たとえば、ほら。カウンターのふたつ隣の席のおっさんだって、薄い髪を撫でつけたりし始めてるだろ。窓際のテーブルの爺さんなんて、急に背筋をピンと伸ばしたぜ。みんなアリサ狙いの常連だ。
とはいえ俺まで、その列に並ぶわけにはいかなかった。
俺には、元の世界に帰るという目的がある。
なので、ここで家庭を持ってしまうわけにもいかない。まあ、冗談で言ってるんだろうけど、パパになるなんて俺にはまだ早すぎるってもんだ。
「そう言えば、聞きたいことがあったんだけどよ」
「何かしら? 私の収入?」
「違うよ。この店の名前にある、ヘレンって誰なんだ」
チキンオーバーライスをかっ食らいながら、俺は強引に話題を変えていく。このドレッシング、結構うめーな。
「前のオーナーの奥さんの名前よ」
「なんで、店の名前を変えないんだ」
「名前を変えないっていうのが、この店を譲ってもらう条件だったからさ」
「ふうん。それで店の入り口に飴置いてるのか」
カウンターの上にはショーケースが置いてある。その横にあるローリーポップの台を俺が見やると、アリサは肩をすくめた。
「そういうこと。店の名前のせいで、たまに子連れの客が『お菓子はないの?』って聞いてくるもんだからさ」
「そりゃたいへんだな。ごっそさん。他の客の相手もしてやりなよ」
メシ代とチップを現金でカウンターに置いて、俺は早々に店から退散した。
そうでもしないと、会計中もアリサをひとり占めにしちまうので、常連たちからいつ寝首をかかれるかわからない。
まったく、この街のどこかに俺の気が休まる場所でもないものだろうか。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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