ママ権の争奪
この世界は基本的に3つの国によって成り立っている。
王国、帝国、魔国の3つだ。
そしてこの3つの区分の中にまた国が存在している。いわば国が大陸のような状態というわけである。
王国は素人族と呼ばれるものが、帝国は獣人族と呼ばれるものが、魔国は魔人族と呼ばれるものが基本的に多い。
素人族は基本的に弱い。狡猾であるが、獣人族ほど争うことはない。
獣人族は闘争が好きだ。定期的に内ゲバで皇帝が死ぬ。
魔人族は口が悪いが優しい。口ではどうこう言っていても体は正直だ。
こういう種族ごとの習性があるため、こうして国家を決めたというわけだ。
そしてこの国々に対して定期的にちょっかいを出してくるものが魔物である。
魔物は魔石と呼ばれるエネルギーの結晶を持った動物だ。知能があるため人語を解す。
魔物たちはこれまで家畜として飼われていたことに嫌気がさし人類への反抗を目論んでいる。
そのため人類と敵対しているということだ。
とはいえ、魔物すべてがそういう厄介な性質をしているわけではない。中には優しい魔物もいる。
そう、今目の前にいる子供のように……。
「ママですよ~」
◇
「今度は魔物まで持って帰ってきおって……! おまえは本当に……本当に……!」
出迎えたタケミツを大砲で吹き飛ばして父親のもとに向かった私に、彼は両手で顔を覆って呟く。
「タマちゃんです。立派な女の子ですよ」
「なぁ~お」
「ふむ、わかった。至急世話用具を持ってこさせよう」
あ、陥落した。
父親の弱点はかわいい生き物だ。
私はかわいいので常に父親の頭を悩ませているのだが、タマちゃんも同じく父親特攻を持っていたようだ。
タマちゃんはとても愛らしい見た目をした猫だ。目が3つあって、足が六本。尻尾は三本ある。
魔物然とした見た目をしているが、かわいいのでそんなのは些細な問題だ。
種族はすでに鑑定してもらっている。『ゴールドヴォーパルキャット』である。
先代の皇帝が買っていたとされる種族だ。戦闘力に長け、飼い主と認めたものの命を狙いにかかる生き物である。飼い主以外には牙を剥かない利口な子だ。
まぁ私なら問題ない。
ところで鑑定士が私を見て『な、神……悪魔……!?』とか言っていたのはひょっとすると喧嘩を売っていたのだろうか。ちょっとキレそうになったけどかわいい私の息子だ。反抗期なのだろう。笑って許した。
「にゃん」
「タマちゃんはかわいいですね~」
目に追えない速度で縦横無尽に部屋を駆け回る彼女。その視線はおそらく私の手に持つ猫じゃらしに夢中だ。
それっ。私が手を大きく振るうと、タマちゃんはそれに合わせてこちらの腕を切断した。切り口が非常に鋭利。傷口に触れるまで痛みがなかったというのだから、その凄さはわかるだろう。
タマちゃんはにゃあんと鳴いて私の正面に顔を出した。窓から入ってきて私を庇おうとしたタケミツが吹き飛び教会に磔になる。外から悲鳴の合唱が聞こえた。私は腕を大きく開き、彼女を受け入れる体勢をつくる。タマちゃんはかわいらしい笑顔だ。タマちゃんの引っかきが私を縦に切り立つ。4つに分割されて死んだ。
「えらいですね~」
私はタマちゃんにおやつを与える。彼女は蘇った私を見て驚愕しているが、それも一瞬だ。ごろんと寝転んで腹を見せた。
少し躊躇いながらもその体を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らすタマちゃん。とてもかわいい。
私は言った。
「ママですよ~」
「お姉ちゃんがまた洗脳してる……」
む、この声は。
部屋の入り口で呆れたようにこちらを見ている妹が、私の視線を受けて逃げるように少し下がった。
が、数秒するとまた姿を見せてくる。
「また部屋散らかしてる……」
私の部屋は屋敷の他の部屋と比べて赤黒い。時々部屋の中で死ぬからだ。
「リーシャ。あ、ひょっとして楽器ですか? すみません、今はちょっと返せなくて……」
「……あのねお姉ちゃん。血に塗れたギターなんて返してもらいたくないんだけど」
「じゃあなんですか? あ、そうだ。成長を確かめてあげます。私に思いっきり魔法を撃ってきなさい」
「何? そんなに死にたいの? 私にはお姉ちゃんがわからないよ……」
と言ってため息。彼女はタマちゃんを指差した。
「ねこちゃん」
「はい、そうですね。ママですよ~」
「まま……はっ、違う! お姉ちゃん! 洗脳禁止!」
「ち、違うんです。私の意思じゃないんです」
「じゃあ誰の!?」
「神様、かな……」
おっと、また私の意思でない言葉がこぼれた。
私の体はよくこうなる。自分の意思で他人を子供にすることがほとんどだが、時々関係ないところでママになろうとするのだ。
妹。それは特別なものだ。
別にママにならなくていいじゃないか。妹相手になら。
ママというのは基本的に万物の祖ではあるのだが、だからといってそれが姉という価値に勝ったかというとそうではない。
要は差別化なのだ。
部分部分で勝てているところはあるだろう。が、総合力──全部をあわせたハーモニーというところではまた別。
私は笑った。にっこりと微笑んで、妹に笑いかける。
「お姉ちゃんですよ~」
「すき!」
リーシャは私に抱きついてきた。その間にタマもぴょこっと飛んで入ってくる。
はっ。視線を感じた私は扉のほうを見た。い、いる! 体に怖気が走るのを感じる。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「い、いえ……その……」
言葉にならなかった。私は扉から目を離せなかったのだ。近づいてくるその姿に、体がわずかに震える。自分の意思とは関係なく──恐怖。これが恐怖か? まさか、私は恐怖しているのか? たかが人類に……いや、これはまさか。
「ママですよ~」
「「ママぁ!!」」
私達はママに抱きつく。彼女は二人をぎゅっと包み込んでくれた。さすがママだ。うっ、浄化される……これはまさか、実際に生み出した相手への本能的な従属感……!?
私と母親が出会うといつもこうなる。謎の電波を受信するのだ。これはおそらく『ママ』の立場をお互いに奪い合うことで発生する現象。しかし私と母親では年季が違う。いつもママの干渉権の奪い合いでは負けてしまうのだった。
ママは私をぎゅっと抱きしめる。
「リジアったらまた死んだのね。まったく、誰に似たのかしら……ふふ」
少なくとも父親ではないですね。
「あの人もいつもそうだった……一歩間違えたら死ぬところを躊躇なく走り抜けようとして一歩目で死ぬような人だったわ」
「ママ、死んでます」
「でも私は彼の無謀が嫌いじゃなかったわ。あの人、国王と親睦があるでしょう? それは昔、国賊の一団を倒そうとしてよく死んだからなのよ」
「えぇ……」
「私が彼と結婚したのは、まるで運命だと思ったから。私が蘇生魔法に特化しているのはすぐ死ぬあの人を蘇生するためだったのよ、きっと」
「ママ、たぶん何か致命的なところを間違ってます」
「ママ! じゃあ私は?」
リーシャが言った。
かわいらしい。私の姉ポイントが高まっていく……。
「リーシャは攻撃魔法の天才。ふふ、あの人の苛烈なところと、私の魔力量が混ざったのかしら」
「えへへ」
「リーシャはお姉ちゃんの誇りですよ~」
「すき!」
はっ。部屋の入り口から父親が見ている。
私達はそっと離れた。
「なんでしょうかお父様。私の部屋に何か用でも?」
その言葉に激しく傷ついた父親は、ゆったりとタマちゃんに近づいていく。そしてその背中を撫でた。
「猫……LOVE……」
父親はとても気持ち悪い笑顔になった。
タマちゃんの迅速な蹴りが突き刺さる。
父親は膨れて破裂して死んだ。
「お、お父様ー!」
高らかな声が響く。
教会の壁でタケミツは揺れている。その目は一体何を映しているのだろうか。私にはわからない。それに今はそれどころでもない……。