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三千世界は烏と御茶会

 今日はなんだか温かいなと思った。微睡みの中温かいものを抱きしめる。

「……ん?」

「漸く起きたか」

 少し低くて掠れた声に目を薄っすら開ける。

「ヴァレット……?」

 温かいものの正体はヴァレットだったか。

「あれ?」

 何でヴァレットは私の下敷きになってるんだろう?

「起きただろ早く退け」

「あ、ごめん」

 立ち上がるとヴァレットは座り直した。

「まったく……寝ぼけて抱きついて押し倒して下敷きにしたまま爆睡した事について何か言うことは?」

「ごめんなさい」

 素直に謝ると溜息を吐かれた。

「……お茶が飲みたい」

「分かった待ってて」

 お茶で手を打ってくれるみたいだ。

 台所で薬缶を洗って水を入れて沸かす。

「茶葉はどれ?」

「左から五番目の赤い缶の茶葉を」

 はーいと言いながらティーポットを洗う。

 缶を開けてみる。見た目的に赤いお茶の方だな。

 香りを嗅ぐ。

「ニーリリ?」

 なら赤と言うかオレンジか

「ああ……よく分かったな」

 ある種の職業病みたいなものだけど過去について喋っていないので笑ってまぁねとだけ言っておいた。

 ただ、少し思い出した嫌な過去。無意識に嫌な思いが顔に出ていたらしい。

「どうした?」

 振り返ってこちらを見ていたらしいヴァレットがほんの少しだけ驚きを含んだ声で問いかけてくる。

「ん、なぁに?あ、ミルク入れる?」

 にっこりと笑顔を作り笑いかける。

「いや……ミルクは入れる」

 少したじろいでから何もなかったような顔でそう言うヴァレット。何も見なかったことにしてくれたようだ。

 いつの間にか置かれていたカップを洗う。もうすぐ沸騰しそうだなと思いながらティーポットにお湯を入れて温める。

「ミルク入れるなら少し蒸らす時間長めかな」

 ティーポットのお湯を捨て、茶葉を入れ、お湯を入れ蓋をする。

 胸ポケットに仕舞っていた時計を取り出して時間を確認する。

 ヴァレットが立ち上がってこちらへ来た。棚を開けてティーポットをもう一つ取り出した。

「ここの水、軟水だから移したほうがいい」

「ああ、軟水なのねここの水」

 ティーポットを受け取って洗ってから残っていたお湯を入れる。

 懐中時計を確認する。あともう少し。

「ミルクだけ準備して持っていってくれると嬉しいな」

「ああ」

 ヴァレットは冷えた箱からミルクが入っている瓶を取り出しカップにミルクを入れ始める。

「ミルク先入れ派なんだ?」

 私はどちらでも構わないけど前の職場だと後入れ派の所だったから後入れが多かった。

 ちらりと私を見て何も言わずに瓶を元の場所に戻してカップを二つ持って定位置に戻っていった。

 茶こしを洗いつつ時間を確認する。慌てて水気を拭いてもう一つのティーポットのお湯を捨ててセットする。それからお茶を移し替える。

 じっとしながら最後の水滴が落ちるまで待つ。

 もういいかなと最初のティーポットを置く。お茶を持って行って横に座る。二つのカップに注ぐ。横からカップを一つ攫われた。

「そういえば」

 ニコリと微笑まれたのに何故か背筋がゾクリとする。ああそう言えば優しくて忘れてたけどこの不死者(ヒト)、人外でした。

「そんなに毎回執拗に洗わなくても毒なんて塗られていない」

 サラリと言われて思考が停止する。固まったまま、強ばる表情を取り繕えない。

「なん、で……?」

「見てれば分かる、陥れられたんだろうとも……ただここには私と貴方(二人)しかいない」

 毎回お茶の時ピリピリされるのは嫌だと溜息を吐く。

「無理に忘れろとは言わないが毒を盛ったら私が食事(吸血)出来なくなるだろ、という建前でピリピリするのやめてはくれないか?」

「建前なの?」

 自然にクスリと笑っていた。

「ああ、だって血はここ千年くらい吸ってないからな」

「それじゃあ意味ないじゃない」

 クスクスと笑う。

「それに殺すなら毒殺なんて遠回しな事しないし、殺そうと思った時点で殺しているから安心しろ」

「安心していいのかなそれは」

 苦笑して少しなにか考えているような仕草をするヴァレット。

「まぁ、今の所殺そうと思ったことがないことだけは確かだな」

 表情はそのまま、声は少しおどけている。

「もうヴァレットったら」

「それにこの屋敷に現時点で使用可能な毒薬がそもそも無い」

 だからここに居る間だけでも安心するといい、そう外を眺めながらヴァレットは呟いた。

 そっか、と私も呟いて外に視線を向けた。

 ありがとう、そう言うと黙って少し温くなったお茶を飲んだ。

 見えている結界の外の世界では相変わらず銀色が渦を巻いていた。

 穏やかな日の昼下りの出来事だった。

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