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三千世界の烏は洗う

 ザー、という水の音と温かさに意識が浮上する。

「あれ……?」

「あら、ようやくお目覚め?」

 ぼんやりとした意識の中声のした方へと顔を向ける。

「ここは……?」

「見ての通りバスルーム……所在地という意味であれば水銀湖と呼ばれている水の底」

 身体を動かそうとするも何だか重い。多分服着てるままお湯掛けられてるからかな……?

「魔水が服に染み込んでるしそのまま動かず洗い流してなさい」

「えっと、助けてくれたの?ありがとう。それとまみず?って?水銀湖なのに水銀じゃないの?水の底……?」

 立ったままの彼女は黒い髪がとても印象的だ。今にも吸い込まれそうな深い深い黒。ここまで綺麗な黒い髪は初めて見る。

「家の庭で死なれると嫌だったから助けただけ。別にお礼はいい……魔水は魔力が濃く溶け込んだ水、とでも言えばいいのか……普段ここの魔水は水銀のような見た目をしているから水銀湖。水の底は文字通り」

 律儀に全部答えてくれた。身体の向きをひっくり返され背中側にお湯が掛かる。

「この湖の魔水は特に闇の魔力が多く溶け込んでいる。普通なら直ぐに死が訪れる……頭の方も流すから目を瞑って」

「あ、うん」

 頭からシャワーで洗い流される。

「大体魔水は流れたからあとは服脱いでそのへんので適当に身体洗って……服はバスタブにでも入れておいて。後でどうにかする」

「ご丁寧にどうも……?」

 着替えどうするかなと思ったのは彼女がバスルームを出ていってから。

「荷物どうなったんだろ……?」

 四苦八苦しながら濡れた服を脱ぐ。備え付けの石鹸を有り難く拝借する。

「あ、これ凄く質が良い……」

 泡立ちも滑らかで見た感じ不純物も少なくて何より香りがとてもいい。髪も石鹸で洗ってしまう。

 他にも何かボトルが置いてあったが中身が分からなかったので触らずにバスルームの戸を開けた。

「タオルと着替えここに置いておくから使って……ちょっと髪を何で洗った待て戻れ」

 背中を押されてバスルームに逆戻りする。

「何って石鹸だけど……」

「バスタブの中座って、そう」

 言われたとおりに座ると頭から再びお湯を掛けられる。

「外の世界、そこまで文化が衰退したのか?」

「歴史的には進歩してるはずだけど、どうなのかな?」

 ボトルから何かの液体を手に取り泡立てて髪を洗ってくれる。

「魔導王国も落ちぶれたな」

「魔導王国?」

 一瞬考えた。

「あー……魔導王国ってあったの?」

「……落ちぶれたではなく消失したか」

 この人、薄っすら思ってたけど人ではないのか。

「私は魔導王国って寝物語の一つだと思ってたよ」

 髪を洗う手が優しい。

「そうか」

 泡が洗い流される。彼女は別のボトルを手にとって中のクリーム状の何かを手に取り髪に馴染ませ始めた。

「ならば、そうかもう……」

 彼女は何かを小さく呟きながら再び髪を洗い流した。

「終わった。後は拭いて着替えたら呼べ」

 そう言ってシャワーを止めた彼女は呼び止める前に外に出ていった。

「呼べって言われても名前知らないんだけど……終わったよって呼べばいいのかな?」

 疑問に思いながらもバスタブに元々着ていた服を入れて出る。

 脱衣所のふわふわのタオルで水分を拭いて置いてあった服に袖を通す。

 肌触りがサラリとしていてとても元居た町ではまず見かけない品質の高い服だ。

「あれ、髪凄いツヤツヤだ」

 ふわふわのタオルで拭いた後手櫛で梳いてみたが絡まない。

 余り待たせるのも失礼だろうと思い身支度も最低限済ませてもう一つの戸を開けた。

「着替え終わりました、よ……?」

 全体的に暗い。そして多分、とても広い。

「ああ、少し待て」

 少しぼんやりと聞こえる声に従って待つ。

 どこからかコツコツと足音が響いてくるがそれが右からか左からか、よく、分からない。ぞわりとして思わず一歩下がり目を閉じて音に集中しようとした。左右からコツコツと足音が響き、やがてコツンと目の前で足音が止まるした。正直かなり怖い。

「待たせたか?」

 その声に目を開くと先程の彼女が立っていた。周囲も先程よりかなり明るい。上を見ると廊下の燭台に火が灯っている。

「この辺り久々に火を灯したからな、少し手間取った……ああ、履物は大きさがなかった。洗った靴が乾くまで座って話をしようか」

 ヒョイッと軽々持ち上げられる。触れている腕も細いのに力が強い。

「そうだな、庭が分かりやすいだろうな」

 歩く度コツコツと先ほどと同じ靴の音がする。

 行く先の触っていない戸が開く。確実に人外……それか、その魔導王国の民だったのか。

「ここが庭だ。落ちていたのはそこだな」

 これまた勝手に動いて出てきた椅子に座らせてくれる。

「水銀湖の水の底……なるほどね」

 庭の外を見て、空を見上げて、そして理解した。

「この屋敷は結界で囲われて底に存在している、見ての通りな」

 もう一脚の椅子に座って彼女は見上げる。

 結界の外は銀色がきらめきながら渦巻いて流れていた。

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