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三千世界と烏の離別

 今日は満月の日。今夜晴れれば、外の世界に送る事が出来る。

 ぼんやりと暗くなっていく中立ち上がって数日ぶりに屋内に入る。

 見送りに血に塗れた服のままなのは如何なものかと着替えることにした。

 風呂場でシャワーを浴び服を引っ張り出す。

 何故吐血したのか疑問に思われていそうだが誤魔化そう。

 だって愛おしそうに写真を見ていたのを見たから呪いが進行した、なんて言えるわけがない。

 ずっと恋い焦がれていた清福の日は思っていたよりもずっと幸せで。

 片恋は思っていたよりもずっとずっと辛くて。

 そしてきっとここに貴方の幸せはなくて。

 それなら貴方が幸せに生きられるように、幸せに生きられる外の世界に送り届ける事を許して欲しい。

「ヴァレット!もう大丈夫なの?」

 リビングのソファに座っていた貴方が立ち上がる。

「うわ、まだ髪濡れてるよ座って」

 肩に掛けていたタオルを奪われ髪を拭われる。

 こうやって髪を拭われるのも最後だ。この時間、結構好きだった。

 髪を丁寧に櫛を使って梳かれて結われる。

「はいできたよ。あのね、ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど」

 隣に座って手を握られる。

「ヴァレットと一緒で楽しかったよ、私。それでね、外で一緒に暮らさない?」

 貴方は一人は寂しいよと言う。

 貴方に出会わなければ私は寂しくなどなかった。

「紹介したい人も居るし」

 やはりこの呪いは解けない。

 何故だか胸が疼く。

 呪いがある限りここから出ることは叶わない。

 射した光が彼女を照らす。

「嗚呼、」

 今日は、天啓の日だ。

 ずっと晴れなければ良いなどと浅ましい事を考えていた罰だろう。

「いいの?」

 肯定だと勘違いした貴方が嬉しそうに手を握る。

 それには答えず別のことを訊く。

「荷物は準備したか?」

「勿論。というか持ってた荷物そのままだったし」

 庭に出る。水底から見ても綺麗な満月だ。

 眺めていたら荷物を持った彼女が出てくる。

「じゃあ行こうか」

 差し出された手を握る。

 この温もりだけはきっと最後の時まで忘れずに持っていけるだろう。

 愚かだろうと、報われなくても。それでも貴方と居られて幸せでした。

 丁寧に術を展開していく。静かに見つめてくる彼女に少し照れた。

 そう願いながら、ゆっくりと少しでも長く居たいと思いながら最後まで術の展開を終えた。終わってしまった。

 にこりと笑いかけてくる彼女に微笑み返す。

 上手く微笑めていると良い。最後に記憶に残る顔が笑顔であれば良い。

 それから目を閉じてそっと好きだという気持ちを唇に乗せ、口付ける。

「さようなら」

 最後の起動の呪文を唱えて驚いた顔の貴方を湖の外に飛ばした。

「ありがとう」

 いつまでも、どうか……どうか、幸せに……

 そう心から祈って、その場にへたり込んで。そうして私は静かに泣き続けた。

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