三千世界に烏が忠告
朝起きて何かがおかしい、と思った。ここ数十年に比べて全体的に調子が良すぎる。
「何故……?」
そう言えば人は老衰の時死に際に異様に調子が良くなる事があるという。不死者にも当てはまるんだろうか?
もしくは呪いが少しずつ弱まってきている?
「……分からない」
そう言えば昨晩のシチューは美味しかった。いっぱい作ったから明日の朝も食べようねと言っていた。
ソファから起き上がってバスルームに向かう。服を脱いでシャワーを浴びつつ顔を洗う。
タオルを取って拭いて手早く着替える。
次の満月が天啓の日であれば、一緒に暮らす時間はもう半分以上過ぎた。
それでいいと思う。誰かを巻き込むなんてやっぱり向いていないんだ。
もし愛し合ってしまったとして、結局置いて逝かれるのは私じゃないか。
きっとそれはとても寂しい事だと思う。
髪を梳いて下の方で緩めにリボンで結ぶ。
台所を除きに行く。居ない。
「寝坊か?珍しいな」
温めてから起こしに行くかとシチューの蓋を開ける。湯気が立っていた。温かい?
起きているなら散歩だろうか?探しに行くかと寝室に向かって歩き出す。
廊下を曲がる寸前、全身に衝撃が走りその場に倒れた。打った箇所が痛い。
結界が破れたか?いや多分違う。魔水が流れ込んでくる気配はない。あと全身が怠い。
倒れたまま気配を探る。灰色の区域に人の気配がする。時間が動き出して止まっていた分の反動が来たのか?
ガンガンと頭が痛い。立ち上がって表情を無理やり作ってから走り出す。
「おい、何をしている」
何故か背中から倒れ込んだまま呆然としている彼女に声を掛ける。
「あ、ヴァレット何ここ?外見ながら壁に凭れかかろうとしたら壁無くなったんだけど」
偶然だったか。息を吐く。
「立入禁止区域だ。目眩ましの術が掛かってただけだから壁は元から無い。ああ、勝手に入るなよ?」
「へー……あっちは内装全部灰色なんだ?なんか凄いね」
上半身を起こして振り返った彼女は言う。
本来は色があるが特に言う必要は無い。
「あちら側は全てに術が掛かっている。不用意に触ると術が解けて危ない」
主に私が危ない。手を差し出して引き起こす。そうか他人が解いたから反動が大きいんだ。
「ほら、朝食食べるぞ」
「うん」
手を引いて歩き出す。後ろを振り返るような気配がした。もう一度しっかり言っておくか。溜息を吐いた。
冷めたシチューを再び温め直す。朝から色々あったがシチューは美味しかった。