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三千世界に烏は隠す

 この屋敷に現時点で使用可能な毒薬がそもそも無い、決して嘘は吐いていない。

 ただし現時点で使用不可能な毒薬は存在している。ちらりと術で封鎖されている廊下の先を見る。

 普通の人であれば見えないし無意識で避けるようになっている。違和感すら覚えない筈だ。

 灰色に染まった時の止められた空間。一度触れれば掛けられた魔法が解けてしまう。

 正直朽ちるのを待つばかりだった私に時が動いたこの屋敷全部を維持する事は難しい。

 案外バレていないが客間ではなく主寝室を貸し与えているのも魔力消費を抑えるためだ。

 ずっと寝ていたから眠い。目を閉じてうつらうつらする。

「ねぇヴァレット」

「ん、何だ?」

 眠さを表に出さないように、出来るだけ尊大そうに。決して日に日に弱ってるなどと悟らせぬように。

「出来たら本とか貸して欲しいなって」

「ああ、暇つぶしか……本貸すのは良いが読めるのか?」

 正直外の時間がどれほど進んだか詳しく分からない。国一つ滅び忘れられる程度の時間があれば文字など移り変わっているだろう。

 そこまで考えて何かが引っかかる。そういえば違和感なく会話できているがこの言語は廃れたり変化したりしていないのか?そんなはずはない。

「一応読み書きは出来るけど、なんで?」

「ちょっとこれ読んでみろ」

 夜中夜更ししてソファに居ると思わせるために手元に置いておいた本を渡す。

「えっと、『エスラトルフェトの……逸話』?」

「文字は、変わってないのか?」

 首を傾げられる。

「ううん」

 パラパラとページを捲って眺めている。

「これ古語扱いされてる文字だよ」

「喋っているこの言語、今使われているのか?」

 意識して聞けば訛りもない、教本通りのような喋り方だ。

「答えはいいえ、だね。話者も殆どいない。辞書の発音記号通り喋ってるけど変だった?」

「いや、寧ろ綺麗すぎるくらいだ」

 自力でここまで喋っているのは凄い。

「まぁ読めるならいい。どういう本が読みたいんだ」

「ヴァレットが良ければこの本読んでも良い?」

 彼女は本をパタンと閉じ表紙を撫でた。

「それは構わない」

 答えた時にズキリと痛んだ頭に目を伏せる。声が聞こえる。

 今までに血を吸って殺してしまった者達の怨嗟(えんさ)が。

 大丈夫、今回もきっとやり過ごせる。

 ああ、気が狂いそうだ。

 深呼吸をする。大丈夫、大丈夫。

「ヴァレット?具合悪い?」

「……少し夜更ししすぎただけよ。気にしないで」

 そう言って勝手にふわりと微笑む身体。近頃他の人格に意識を持っていかれそうになる頻度が多い。

 ふわりとブランケットを掛けられた。

 額に手を当てられる。

「熱は大丈夫、かな……寧ろ体温低い?」

 勝手に靴を脱がされる。

「足上げてソファで寝てて」

 言われた通りにするのを確認すると彼女は台所に向かっていった。

 寝る、というよりは意識を落とせば何も感じなくなるのは経験で分かっている。

 そっと目を閉じる。中々意識が落とせない。

 ふわりと鼻腔をくすぐる匂いがする。ホットミルクか。

「ヴァレット、はちみつってある?」

「棚に置いてる」

 ガタゴトと音がして少しすると甘い香りがした。

「はい出来た」

 カップに入ったホットミルクを渡され上半身だけ起こす。

「あったかくしたら寝れるでしょ?」

 少し怨嗟の声が小さくなる。

「ありがとう」

 それはとても優しい味がした。

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