第四話 入学準備
私立ナタリテ学園4月8日(日) 合否発表
今日は合否発表の日。ナタリテ学園に着くと、校庭や学校周りには多くの馬車が止まっていた。貴族達のものだろうか。
昇降口の前まで歩いて行くと、大きく合格者の番号が貼られている。クラスはS ,A ,B ,C ,D ,Eの順で分けられている。俺の受験番号は256番だったはず。
左から順に見ていくと....すぐに見つかった。Sクラスに合格している。よし、これから学園生活を満喫するぞ。そう思っていると、後ろから一際大きな声で喜ぶ声が上がる。どこかで聞いた事のある声だなぁ。後ろを見ると、そこにはセナ・コリテーセの姿があった。その横には両親と思われる姿がある。
「どうだった?」
「あっ、ボーイマン君。私、合格出来たよ。Aクラスだよ」
「良かった、これで同じ学校に通えるね」
「てことは君も?」
「うん。合格出来たよ」
「やった〜」
すると突然抱きついて来る。予想していなかったので思わずバランスを崩しそうになるが何とか踏ん張る。少し困っていると、彼女の両親が近寄ってきた。
「コルテーセ、その子が困っているじゃ無いか」
少し笑みを浮かべながらそう言われ、顔を赤くしながら離れる。
「ごめん、つい嬉しくて」
「いや、びっくりしたけど大丈夫だよ」
「君はどのクラスに…って、Sクラス⁉︎いやまあ、外での試験で凄いのは分かったけど、Sクラスに入れるくらいの学力も持っていたなんて」
「ありがとう」
何度もその事実を確かめるように見ている。
「コレテーセ、そろそろ制服の採寸に行かないと。ボーイマン君も一緒に来るだろう?」
「では、そうさせて戴きます」
校内に入ると、受験会場としても使われていた教室が制服の採寸会場となっていた。順番が回ってくると、慣れた手付きで採寸が行われていく。採寸が終わると、次は試着室に連れて行かれる。その後、注文書を書くカウンターへ行く。
「君はどのクラスに合格したのかな?」
「Sクラスです」
驚いたような顔をされる。
「Sクラスに合格された方ですか、では、こちらへどうぞ」
すると他の人達とは別に、校長室へ連れて行かれる。
校長室に入ると、周りとは服装の違う人が立っていた。どこかで見たような…
「君が今年Sクラスに入れた最後の子だね?確か名前は…スタンダード・ボーイマン君」
「ええっと…誰でしょうか?」
「すまない、自己紹介が遅れたね。私の名前はナタリテ・サナテ、この学園の校長兼理事長を務めている」
思い出した。どこの学校にするか選ぶ時に集めた資料に載っていたっけ。
「すみません、校長先生でしたか」
「さて、君をここまで読んだ理由を説明しよう。…この学園に君は何をしに来たのかな?」
部屋中にピリピリとした空気が流れる。
「…勉強ですよ?」
「本当にそうかね?君の成績、能力を考えると、学校に入る必要性を私は感じることが出来ない」
「能力が高いからこそ、この学校を選びました。他の学校は取るに足らない所がほとんどです。だからこそ、この学園であれば、何か新しい事を学べるかも知れない。違いますか?」
「そこまでこの学校を評価してくれるのはありがたい。今回は、これ以上詮索するのはやめておこう。優秀な生徒が入ってくれることはこの学園にとっても良いことだ」
「詮索されてもこれ以上は何もありませんがね?」
しばらく沈黙が流れる。
「それとだ」
すると先ほどのピリピリとした空気は無くなり、校長が微笑む。
「このバッチを渡すことになっていてな」
ポケットから紫色のバッチを取り出し、こちらに見せてくる。
「さあ、これは君のものだ。このバッチはこの学園のSクラスに入っている10名の者のみが付けることを許されたものだ。このバッチのみ、私から新入生に手渡す事になっていてね。受け取ってくれるね?」
「ありがとうございます」
校長先生の手からそのバッチを受け取る。
「これで帰っても良いんですね?」
「ふふ、君から私に何かない限りはそうなるな」
「では、失礼します」
丁寧にドアを閉めて部屋を出る。昇降口に行くと、ちょうどコルテーセとその両親も向かって来ている所だった。
「さっき呼ばれたのって、噂のあれ?」
早歩きでこちらに近づき、話しかけてくる。
「噂のあれってなに?」
「えっ?知らないの?この学園で結構有名じゃ無い?」
そんなこと資料に載っていたっけ?
「校長先生と話して来たんでしょ?」
「そうだけど」
「でしょ?その時に何も話さなかったの?」
「校長先生が?」
「いや、逆だよ。校長先生に自己アピールしなかったの?」
「しなかったけど、どうして?」
「だって、この学園の校長先生に気に入られた人はこの国に限らずほとんどの国で重役になれたりする事で有名じゃ無い?Sクラスの人が入学前に校長先生と一対一で話せるように、名目上はバッチを渡すって事になってるけどその時に話せるって聞いたけど?知らなかったの?」
「知らなかった」
だからあの時に『君から私に無い限りは』って言っていたのか。
「え〜勿体ない。貴族達ですらSクラスをめざして受験した人は、今日いち早く来て初めに自分が校長先生と話すんだって勢いで来るのに。欲が無いのか疎いのか」
思っていたよりあの校長先生は権力があるのか。そう考えているとグゥ〜っとお腹がなる音が聞こえる。横を見るとコルテーセが頬を赤めて下を向いている。
「おや、お腹が空いちゃったかな?」
笑みを浮かべながらコルテーセの父親が話しかける。
「時間的にもちょうど良いし、そろそろお昼にしようか。ボーイマン君だったかな?君も一緒にどうだい?」
「良いんですか?」
「勿論だよ。コルテーセと仲良くしてくれているみたいだし、君が平気なら是非ご一緒して貰いたい」
「では、ご一緒させて下さい」
セナ一家の馬車に乗せてもらい、街へ移動する。馬車ではコルテーセの横に座らせられる。コルテーセの両親はニコニコしながらこちらを見て来ており、コルテーセ自身はずっと下を向いている。話しかけようとも思ったが、特に話せる事もなかったので静かに座っていた。
「さて、着いたようだね」
馬車から降りると、豪華な建物があった。中に入ると、またも豪華な内装が目に入る。
「ここは何のお店なんですか?」
「おや、君は知らないのかい?このお店はこの王都で有名だって聞いたけど」
「実は王都に来たのは最近でして、あまり知らないんです」
「そうだったのか。じゃあ、この店に来るのも初めてだね?私達も今回が初めてでね、娘がこのセリディウス王国の王都の学校に受験する事になったからちょうど良いと思ったんだ。さあ、遠慮なく注文してくれ」
「ありがとうございます」
メニューに目をやるとスペアリブが目に入る。ここのはどのくらい美味しいのだろうか。
「スペアリブを頼んでも良いですか?」
「勿論だとも」
それぞれが料理を頼んで運ばれて来る。コルテーセが何を頼んだのか気になり見てみると、特大サイズのステーキやポテトフライが並べられている。
「いただきます」
そういうと、コルテーセは勢いよく食べ始める。
「コルテーセ、もっとゆっくり食べたらどうかね?今は私達だけではないんだよ?」
その様子を見ていたのを気付いたようで、コルテーセの父親が言う。
「いえいえ、気にしてません。むしろたくさん食べる事は今の時期には必要ですし、人前で取り繕う為に、少しだけしか食べない人より全然良いと思います。最近は気にし過ぎて、栄養失調のような細い体が美しいと思ってしまう人もいるようですしね」
「そうだよ?パパは可愛い娘が栄養失調になっても良いの?」
「そんな事はボーイマン君も言っていないだろう?それにお世辞って言葉を知っているかい?ごめんね、この子は昔からそうなんだ」
「いや、お世辞でもありませんし、本心ですよ」
実際、俺は本当にそう思っている。一時は少し膨よかな女性の方が経済的にも裕福で健康的とモテていたはずなのに、いつから変わってしまったのだろう。まあ、この子の場合は完璧と言って良いほど身体の肉体バランスが良いのだが。この子のように最低限のマナーを守り、食べたいように食べる様子には可愛らしさすら感じる。いや、これは普通の人より長く生きているからそう感じるだけか?
「ボーイマン君、せっかくの料理が冷めてしまよ?」
あ、そうだった。
「では、いただきます」
肉にナイフを入れると骨亭の物よりも硬く感じる。口に入れると、確かに美味しいが、骨亭の味に慣れてしまった身としては少し物足りない。だが、ここでその気持ちを素直に言うのは無礼だろう。
「美味しいです」
「それは良かった。ところでボーイマン君、少し良いかな?」
「はい、何でしょう」
「まだ君のご両親を見かけていないのだが、どこにいるのかね?」
やばい、完全に何も考えていなかった。
「ええと……」
コルテーセとは同じ学校に通う事になるから後々困らないように上手く言わないと。
「実は今、親は他の国に行ってしまっていて居ないんです」
「はて、君の両親は学者か何かなのかね?」
「ええっと、まあそんな感じです」
「君のような子供がいると言うことは優秀な学者さんなのだろうね」
「いえいえ、そんなに優秀ではありませんよ」
果たしてこれで誤魔化すことが出来たのだろうか。少し不安だが、何か言われた時にまたどうにかすれば良いか。
「ごちそうさまでした」
「ボーイマン君、料理は足りたかな?」
「はい、わざわざご馳走していただきありがとうございます」
横の席をみると、一番たくさん頼んでいたはずなのに一番早く食べ終え、満足そうな顔をして座っているコルテーセがいた。
「この後は私たちは宿に戻るが、ボーイマン君はどうするんだい?」
「そうですね、私も家に戻ろうかと思います」
「では君の家まで送ろう」
「いえ、大丈夫です。歩いて帰れるので」
まだあまり整備されていないあの屋敷を見せるのはなぁ。
「そうか、ではここでお別れだね」
「はい、今日はありがとうございました。コルテーセも、これから学校でよろしくね」
「うん、じゃあね」
しばらく歩いて商店街の路地裏に入る。周りに誰もいない事を確認する。
「瞬間移動」
目の前の景色が薄暗い路地裏から屋敷の前に変わる。中に入ると、ちょうど階段をジェニシが降りてくる。
「瞬間移動を使って帰って来るなんて、何かあったのかしら?」
そう言いながら大きな欠伸をする。その金色の髪の毛には大きな寝癖がついていた。今まで寝ていただろうに、なんで気づくのだろうか。
「伝えた時間に帰らないと心配するかと思ってね」
「どうせ歩いて帰って来るのが面倒だからでしょ?使っている所見られないように気を付けなさいよ」
「はいはい」
「で、何かあったの?」
「大した事ないよ。同じ学校に入る子と食事に行っていただけ」
「そう、何か面倒な事にでも巻き込まれたのかと思ったわ。あなたは面倒ごとを引き寄せる能力を持っているからね」
「もしそうだったら俺の従魔が知らせに行ってるだろ?」
「それもそうね」
すると二人の影からぬるりと猫のような従魔が出てくる。
「久しぶりだね、ミカエル」
「ラファエルも久しぶり」
2体の従魔は嬉しそうに喉を鳴らし、それぞれの主人に頬を擦る。
「今はまだ特に用はないんだ」
すると少し物悲しそうな顔をし、影の中に入ろうとする。
「いや、今日は一緒に過ごそうか」
するとすぐにまた嬉しそうに肩に乗ってくる。だが、二体の視線が一点に集まる。つられて二人も見る。すると2体と同じような見た目をした従魔が出てくる。
「ガブリエル…」
呟くようにカポリナが言う。ある思い出が頭をよぎるが鮮明に思い出す前に考えることをやめる。ガブリエルの首に掛かっている水晶が輝き始め、音声が流れ出す。
「カポリナ、そしてジェニシよ、此度の長期休みでは、おそらく私から命令をする事はないだろう。何かしらの障害が発生した場合、君たち自身の判断で対応に当たってくれ。以上だ」
映像が消える。
「何だか不思議な感じがしないかい?これまで主人様がこんな事を言う事あったっけ?」
「それはそうだけど、考えたところで答えは見つからないわよ」