第一話 入学試験
「カポリナ、そしてジェニシ。此度の件は素晴らしい働きであった」
「「ありがとうございます」」
「此度の件の大方事は片付いたでしょう。そこでしばらく其方らに休暇を与えることにしました。それぞれやりたい事があれば言いなさい」
主人様から休暇を直接的に言い渡されるとは驚きだ。どれだけ主人様に仕えても何を言い出すのか予想することが出来ない。何かある以外は基本的に自由であったが、今更何故直接休暇を与えるのか。
ここは”休暇は必要ございません”とでも言うべきだろうか?だが、普段は何かあった場合に備えている為、出来ないことは勿論ある。そして今自分には丁度やりたい事がある。このチャンスを逃してしまったら出来ないのではないだろうか?
「では、よろしいでしょうか?」
「申してみよ」
「学園生活を体験してみたいです」
4月1日(日)私立ナタリテ学園入学試験日
校門前に大きく書かれた”入学試験”の看板。そこを獣人、魔人など、様々な人種の人達が通過して行く。ある者は本を片手に持ち最後まで詰め込み、ある人は貴族の人だろうか、余裕の表情で通過して行く。
この私立ナタリア学園はセリディウス王国にあり、世界中の優秀な人材を集めて育てる事を目的とされて設立された学園である。大陸中で最も有名な高校といっても過言では無いだろう。
俺は学園生活を未だ体験した事が無い。普通の人間が学校に行っている歳だったのは遥か昔の事であり、この世界がまだ混沌としていた。当然学校などと言う物がある筈が無い。
いつであっただろうか、現地調査の為に旅人に扮してある本を読んでいるフリをしていた。その本の内容は学園生活が題材となっているものだった。その調査では、その土地の状況や街の人達の様子を見るだけであり、まだ朝早くであった為、折角だから読む事にした。
読むにつれて、学園生活とは人生の中で一番生き生きしている時期なのではないかと思うようになってきた。学園では学校行事、部活、そして何と言っても友人。思わず現地調査を忘れてその本を読み、そのまま調査を放棄してそのシリーズを全て読んで買ってしまった。
勿論、その調査をほったらかしにした事でジェニシにしっかりしばかれたが、その価値はあるくらいの有意義な時間を過ごせたと思っている。
ところが折角の機会をジェニシは断ったそうだ。正直常に一緒に行動していたから少し寂しい思いはあるが、まぁ仕方が無いだろう。
校門の前に辿り着く。まずはこの入学試験を通過しないとな。入ってすぐの受付で確認を済ませる。
「まず名前をお願いします」
この為にしっかりと偽名は準備している。
「受験に来ました、スタンダード・ボーイマンです」
どうだい?完璧な偽名だろ?受付の人が少し肩を震わせている。寒気でもするのだろうか?
「大丈夫ですか?」
すると横に座っていたもう一人の人に肘に突かれる。
「すみません、スタンダード・ボーイマンさんですね」
受験票の顔写真と照らし合わせながら言ってくる。その声はまだ微かに震えている。
「この受験票を持ってこの塔の1階のⅠーCの教室へ行って下さい。受験票に書かれた番号と同じ席に座って下さい」
「ありがとうございます」
教室に着くと貴族の出と思われる人は居なかった。恐らく2階の教室で受けているのだろう。この世界はまだ貴族制が続いていたのか。
「君は最後の追い込みをしなくて良いの?」
不意に横の席から声を掛けられる。少し活発そうな見た目をしている猫耳の少女が座って居る。何も声を発さない私を見て不思議そうに見てくる。
「忘れちゃったなら私の教材で良ければ一緒に見ない?」
おそらく俺は事前に何もしなくても受かる事は出来るだろう。だがこのお誘いを断るのはあまり良くないし、それに”友達”にもなれるかもしれないしね。
「うん、ありがとう」
早速良い性格を持っている人に出会えたのが嬉しくて思わず笑顔になる。
「ほら、早く見よう」
そう言った彼女の目は先程よりも下を向き、頬が赤くなっていた。
教室の前のドアが開き、試験官が入って来る。
「それでは皆さん、荷物を廊下に出して下さい」
その声により、皆一様に荷物をまとめ始める。
「それじゃあ、お互い頑張ろうね?」
「うん、頑張ろう」
そして試験は言語、理学、社会の順に試験は進んで行きお昼休憩になる。午後には体術、剣術、魔術の試験がある。
勉強の方の試験は最難関と言われている学園の試験である為、全て完璧に答えておいた。折角の機会なのに手を抜き過ぎて試験落ちたら笑えないしね。
お昼は作りやすそうな”おにぎり”という物を作ってみた。非常に作りやすかった。
周りの人達はある程度同じ地域からのグループが出来ているのだろうか、昼食を2〜3人で食べている人達が多かった。
「君も一人?」
先程教材を見せてくれた少女だった。彼女もお昼を食べる準備をしていた。彼女のお弁当の中に『お弁当の定番』という本に載っていた”唐揚げ”らしきものが入っている。思わず視線が止まってしまう。
「もしかして食べたい?私が自分で作ったやつだから味は保証しないけどそれでも良いなら....」
「食べさせてくれるの?ありがとう」
食べさせてくれるのはありがたい。美味しかったら自分でも作ろうかな。
「はいどうぞ」
そう言って彼女は俺の目の前にお弁当を差し出す。あっ、おにぎりしか持ってきていないからお箸が無い。手で食べてしまうのは行儀が悪いだろうか?そう考え込んでいると心配そうに覗いてくる。
「やっぱり余計なお世話だったかな?」
「いや、そんな事は無いんだ。ただ、お箸がないからどうしようかなと…」
「えっと…それなら…」
なぜか急に彼女がもじもじし始める。どうしたのだろうか?すると急に彼女が自分のお箸で唐揚げを掴んで口の前に差し出される。
「ど、どうぞ」
なんかこのシーン本で見た気がするなぁ。まぁ、会ったばかりだから一切好意は無いだろうが、折角渡してくれたのだ。ありがたく頂こう。
パクッと口に頬張ると、カリッという音と共に唐揚げの味が口いっぱいに広がる。
「美味しい」
自然と言葉が出てしまう程美味しかった。今度自分でも作ってみよう。
「良かった。魔法で揚げたての状態を保って置いたんだよ?」
とっても嬉しそうな顔をしており、尻尾を大きく波打たせている。彼女の顔を見ていると、ふと時計が目に入った。
「昼食休憩後20分しかないから早く食べた方が良いかもよ?」
彼女も時計を見る。
「本当だ、急がなくっちゃ」
その後、彼女はなんとか時間内に食べ終えることが出来たようだった。
「それでは午後の試験に移ります。場所を変えるので、受験生は受験番号順に並んでください」
今気付いたが、何故食後である午後に体術など体を動かす試験を行うのだろうか。お腹を満たしながらも十分に体を動かせる量を意識して昼食をとるかも試されているのだろうか。流石は最難関と言うわけか。
「それではまずは体術と剣術のテストを行います。試験内容は試験官との1v1です。剣術と体術を駆使しながら試験官と戦って下さい。時間は5分間です」
5分間で倒せと言うことだろうか?
「それでは試験官の紹介です。今回の試験の為に右近衛大将率いる精鋭部隊が来て下さいました」
すると5人ほど前に出てくる。真ん中の人が右近衛大将だろうか、雰囲気が違う。その目は真っ直ぐ私たちを見ていた。
「今回試験官を務めさせて頂く右近衛大将シン・セリダです」
おぉっという声が周りの受験生から漏れる。尊敬の眼差しを彼に向けている者が多かった。
「注意事項ですが、この場で嘔吐などした場合は失格です」
やはりそういう事か。あれ、さっきの子は結構食べていなかったっけ?
「試験は5人ずつ行います」
受験番号的に私は2回目にやる事になりそうだ。とりあえず様子見出来そうで安心した。最初の受験生達に木刀が渡される。
「試験官、そしてあなた達受験生の木刀は相手を切る事は無く、多少の痛みを与える物です。なので、全力で行って下さい」
試験官の前に一人ずつ立った。皆緊張で木刀を持つ手が震えている。
「それでは、はじめっ」
様子を見る限り、ほとんどの受験生は防戦一方のようだった。どうやら倒すことが目標では無いらしい。受験生の動きを採点しているだけの様だった。よく考えてみれば、右近衛大将の精鋭部隊の人達を倒さないと合格できない試験であるはずが無かった。自分が最初でなくて良かった。
「それでは次の人達は試験官の前に立って下さい」
5分が経つ頃には皆相当疲れているようだった。試験官の前に並んで行く。相手は右近衛大将では無いようだ。少し安心する。
「それでは、はじめっ」
横で右近衛大将とやる事になったのは先程の少女のようだ。そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。
「早く構えたまえ」
その声に自分も今試験中だった事を思い出す。
「来ないのか?ならばこちらから行くぞ」
相手の試験官が一気に詰めて来る。そして木刀を真っ直ぐ振り下ろして来るのを軽く木刀で受け流す。非常に若々しく分かりやすい。
「やる気はあるのかね?」
「至って真面目に取り組んでいるつもりです」
すると少し怒ったように先程とは段違いのスピードで詰めて来る。またそれを軽く受け流す。少しずつ激しさを増していき、砂埃が立ち始める。周りの試験官や受験生も動きを止めて見てくる。
注目を集めてしまったか。それにしてもこの試験官はどういうつもりなのだろうか。俺の言葉が不適切であったとしてもここまで本気で斬りかかってくるとは。俺だから良かったものの、他の受験生であった場合、軽い怪我だけでは済ま無いだろう。
そう考えているところに先程よりも早く振り被って斬りにくる。明らかに本気の出し過ぎだ。これはお仕置きが必要かもしれませんね。
試験官が大きく振りかぶっている間に一瞬で背後を取り、周りには木刀の柄の部分で殴ったように見せかけながら相手の頭に手を当てて意識を奪う。フッと力が抜けて試験官が倒れ込む。
試験官を支えるように右近衛大将が現れる。
「そこまでにして頂こうか」
「これ以上は何もしませんよ」
周りの受験生や試験官は呆然と立っている。
「まずは謝罪をしなければならないようだな」
はぁ、流石にやり過ぎただろうか。
「すみまs」
「この度はすまなかった。この試験官は真面目でやる気のある受験生を観れると楽しみにしていた分、少し君の事が気に入らなかったのかも知れない。だが、試験である以上、平等に試験を行うべきだろう。それに、おそらく君以外では大怪我をしてしまっていただろう。本当にすまなかった」
相手から謝罪されるとは驚きだ。
「いえ、こちらの言葉が悪かったのが原因です」
すぐに意識を奪った試験官は運ばれていった。騒動により周りの受験生の試験が中断されてしまったようなので、やり直しとなっていた。俺はというと、何かお咎めを食らうかと思っていたが、何も無く試験が終わった受験生の列に並ばせられた。だが少し周りの受験生からは怖がられてしまったようだ。並ぼうとした時に周りの人に離れられてしまった。
「それでは次の試験に移ります」
次の会場は大きな壁に囲まれている会場だった。
「ここで魔法のテストを行います。こちらの試験も5人ずつ行います。的の前に立って魔法を放って下さい。出来るだけ破壊する事を目標にして下さい。突き抜けてもこの空間には校長先生の防御魔法が施されていますので、安心して下さい」
あの的ならば初級魔法で壊せるだろう。最初の人達も初級魔法を放っている。的を割ることが出来ている者や、威力が足りずにひびしか入ら無い者がいた。壊れた的を試験官が回収して行く。だが、回収中に焦り過ぎてしまったのだろうか、転んでいる人がいた。周りの人に少し怒られながら端へ走っていく。
「次の受験生は並んで下さい」
そう言われて的の前に立つ。周りの人はどんどん魔法を放っていく。その様子を見ていたらいつの間にか自分以外の人達は放ち終わっていた。
「スタンダード君、早く魔法を放って下さい」
さっき転んでいる人がいたから少しでも負担を減らしてあげたいな。そうだ、あの的を完全に燃やし尽くしてあげれば良いのか。
「完全燃焼」
火の玉が的に当たると炎が的を一瞬で包み、燃やし尽くした。またもや周りから視線を感じるが、気付か無いふりをして列に並ぶ。
元の教室に戻って来た。
「これにてナタリテ入学試験は終わりとなります。結果は来週に発表されます。受験した皆さんが合格して入学式の日にまた会えることを祈っています。今日はお気を付けてお帰り下さい」
荷物を持って教室を出ようとするとまた聞き覚えのある声に呼ばれる。
「今日は凄かったね」
「何の事?」
「いや〜まさか試験官を本当に倒しちゃう受験生が現れるなんてねぇ。前代未聞じゃない?」
やっぱり覚えられてしまったか。入学後にいじられる要因にならなければ良いが。
「出来れば忘れて頂くと嬉しいです」
「多分同じクラスで受けた人達は忘れないだろうね」
そう言いながらクスクスと笑う。そこで思い出す。
「まだ名前を聞いてなかったね」
「あ、そうだった。君の名前は覚えたからつい教えていた気になっていたよ」
「あれ?教えたっけ?」
「ううん。教えて貰ってないけど、魔法のテストの時に名前呼ばれてたじゃん」
またクスクスと笑い出す。
「じゃあ、改めて私の名前はスタンダード・ボーイマンです」
「私の名前はセナ・コルテーセ、合格していた時はよろしくね」
そう言い合い、握手をする。
こうして私立ナタリテ学園入学試験は終わった。