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コンテスト:テーマ「魔法の5分」

【空想友戯】




「この世界、あと五分で消滅するらしいわ」


 唐突に、ベッドに座る目の前の少女は何気無い様子でそう言った。


「へぇ、そう」


 部屋の主である少年は勉強机の椅子に追いやられながら、興味無さげに応えた。仕方無く、飲みかけの水を机に置いて椅子に座る。


 世界の消滅、もとい地球の消滅なんて話は漫画や映画にはたまにある出来事で、聞き慣れていて耐性がある。そもそも聞いたところで、規模が大き過ぎて自分ではどうにもできない。と、くれば、どうせ同じく受け入れるなら、残りの時間は好きに過ごしたい。そこで考え付いたのが、『いつも通りの会話』だった。


「五分で世界が、といえばさ。『世界五分前仮説』っていう説があるよね。じゃあ、『世界五分後仮説』もありえると思わない?」


「またくだらないこと考えてるの?」


「とか言って、君は聞いてくれるだろ? 君は昔から変わらないな」


 少年はそう記憶している。


 ベッドに腰掛けて占領している少女は、少年が一人きりになるとどこからともなく現れる。幽霊か、それとも人ならざる何かか。その正体が何かはわからないが、不思議と怖さは無く、そもそも昔からだったのでいつものことだと慣れてしまっていた。別に害があるわけでもなく、誰かが来ればすぐに消える。だから少年は暇潰しに、彼女の相手をしてきたのだった。


「世界最後、人生最期の無駄話なんだ。まぁいつも通り、付き合ってくれよ」


「最期だっていうのに、特別なことはしないのね」


「時間も無いし、考えたとしてもせいぜい準備までで終わりそうだから、やめておくよ」


「賢明にして怠惰ね」


「今すぐできてより楽しめるのが『いつものこと』ってだけさ。それで、仮説についてなんだけど、」


 落ち着きながらも少しキツい物言いの少女に構わず、少年は続ける。


「簡単に言うと、『世界は五分後にできる』。つまり、今認識している世界は存在していないか、せいぜいがのちに作られる世界の一部でしかない、っていう説なんだ。今俺達が認識しているこの世界は『一つの世界』じゃなくて、のちに他人が認識している世界と統合されてようやく『一つの世界』となる。つまりは『一つの世界』の細胞の一片に過ぎないってこと」


 それは空想でしか計れない仮説とは逆に、現実に沿った仮説だった。


「『世界五分前仮説』では現在に虚偽記憶、もとい存在しないはずの記憶が植え付けられるけど、『世界五分後仮説』では現在はその存在しない記憶を作っている段階だから、『一つの世界』として認められない。元となる一人の『個の世界』が複数人の『集団の世界』となって、やっと『一つの世界』と認識されるんだ。『世界五分後仮説』では『世界五分前仮説』のように過去が作られるんじゃなくて、逆に過去が消される。集団・多数派の中で否定されれば、それは存在しないことになる。そして本人もそんな過去は存在しなかったものとして、記憶を改竄する。これも虚偽記憶の一種で、本人は『集団』に近付くけど自分という『個』からは離れてしまう。すなわち、本人の常識が他人、すなわち外部によって壊される。これはつまり、『今までの世界』の崩壊を意味するんだ」


「つまりは『シュレディンガーの猫』の猫が『五分前の世界』の私達で、今いる『この世界』はその猫を隠す『ブラックボックス』、人が集まっても、『洞窟の囚人』が一人外の世界を知るからといって、他が信じなければ『五分後の世界』では無いものとされる。よって、この『五分間』の内に知り得たことも存在しない扱いとなり、その『五分間の世界』は消滅する。ってこと?」


「そういうこと。理解が早くて助かるよ」


 思考実験を並び立てた少女に、少年は笑顔で応えた。


 『シュレディンガーの猫』とは。


 五割の確率で毒を出す仕掛けの箱に猫を入れると、その猫の生死の確率は五割になる。その時、常識的には猫は生か死どちらか一方の状態となるが、量子力学では両方の状態が共存し、箱を開けることにより共存が崩れ、一つの状態へと収束する。という思考実験である。


 『ブラックボックス』とは。


 思考実験ではなく、機械装置についての抽象概念である。原因を入力すれば結果が出力される、という機能や使用方法は知られているが、内部構造や処理過程が不明な仕組みを指す。


 『洞窟の囚人』、もとい『洞窟の比喩』とは。


 生まれた時から洞窟で縛られて閉じ込められている囚人達がいる。そこの囚人は皆、洞窟の壁のみを見て生きている。彼らの背後には火が灯されているが、囚人は縛られていて振り返ることができないため、その火の存在を知らない。囚人と火の間の道を人間や動物の像が運ばれ、囚人には像の影しか見えないため、囚人達はその影こそが世界の真実だと認識するようになる。ある日、一人の囚人の拘束が解かれ、後ろを振り返ると火と影の存在に気付いた。洞窟を出ると眩しさに目を眩ませながらも慣らして太陽を認識し、太陽こそが本当にすべてを照らす世界の真実だと知る。その囚人は自分が知った真実を洞窟の中の仲間にも伝えようとするが、他の囚人はその話を信じようとしなかった。洞窟の中の囚人達にとっては、影こそが世界のすべてで、世界の真実など知ろうともしないからである。このように、そこだけの常識を当たり前のことだと思い込んでいても、外に出ればまったく違う見方となる可能性も大いにありえる。という思考実験である。


「それにしても、酷い話じゃあないか。『個の世界』では存在できるものが、『集団の世界』では存在できないなんて」


「人は見えるなら見えたものの方を信じるものよ。それが偽物であってもね。逆に、見えないなら本物であっても疑ってしまうんだけど」


「くだらないものに服従してつまらなくなるなんて、デメリットしか無い。だったら、ずっと一人でいたいものだね」


「あなたには私がいるじゃない。一人になんかならないわよ」


「そういやそうだ。熱烈なアプローチをありがとう」


「受け流してくれてありがとう」


 特に意味の無い掛け合いも、いつものことである。


 そうしている内に、ふと、少年は眠気を感じた。眠るように死ぬ、という表現は聞いたことがあるが、本当に眠って死ぬのなら苦痛も無く楽に死ねるだろう。


「……ねぇ」


 ぼんやりしてきた意識に、相変わらず平坦な少女の声が入り込んだ。


「……何?」


 思考がおぼろげになりながらも、少年は応える。


「最後に、私からも一ついい?」


「あれ、珍しいこともあるものだ。もちろん、どーぞ」


 促した続きは、少年の思考を停止させるには十分なものだった。


「――――『イマジナリー・フレンド』、って、知ってる?」


 『イマジナリー・フレンド』、とは。


 とある、独立した一つの人格とされる。


 幻。存在しない者として生まれた、作り物、とも。


「……いや、」


「あら、珍しいこともあるものね。いいえ、知ってるはずよ。忘れただけ」


 言葉を詰まらせた少年に構わず、少女は言葉を羅列する。


「――――記憶を偽って、知らなかったことにしただけ」


 おぼろげな思考が、言葉を受け流した。それでも、言っている内容はほとんど入ってこないはずなのに、意味が意識に浸透する。まるで自分で考えているかのような錯覚に囚われる。


「でも、思い出すようにあなたは仕向けた。過去に対する単純な好奇心? いいえ。周りの人の圧力に負けて、服従しただけ。周囲の目が重くなって、恐くなって、自分の世界を暴こうとしただけ。――――そうして『この世界』を構築していた支え(・・)を崩して、『私達の世界』を崩壊させるだけ。おめでとう。あなたの『世界』は死んで、統合された『世界』であなたは生まれ変わるの。冥福を祈るわ。せいぜい地獄でお幸せに」


 淡々と、少女は皮肉を言った。形だけの緩怠な拍手をして、空虚な祝福が鼓膜を震わせる。


「『フレンド』は自分を作った者の認識する世界にしか存在できない。だから、『私』はあなたの認識する世界にしか存在できない。私の世界は、あなたの中だけ。だから、『皆の世界』には私は存在できない。あなたには私のいない世界が訪れる。だって、あなたは一人じゃなくなるもの。……けど。勝手に作って勝手に壊してどうせ最後は忘れるなんて、そんなのフェアじゃないじゃない。許さないわ。だから、こうやってあなたの中に爪痕を残すのが私の夢だったの。最期にできて良かったわ」


 少女の声が、少年のおぼろげな思考に滲む。


「――――ざまぁみろ」


 初めて聞いた、震えた声。


 少年は眠気で視界がぼやける中、それでも少女の表情がわかった気がした。


 脳裏に映る少女は、目尻に涙を溜めて、笑っていた。




 理解したからこそ、崩壊する世界。何もわからなければ、ずっと存在できた世界。


 世界は一つに収束する。


 時間はもう、残り少ない。


 少年は、ふと、机の上を見た。


 飲みかけの水の傍に、残り約一ヶ月分の薬が乱雑に置かれている。


 意識が朦朧とする少年の頭が、ぐらり、大きく揺らいだ。




 そろそろ、五分が経つ。




〈了〉

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