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ワンライ:テーマ「下剋上」

LEFT(レフト)




「あと五分もあれば重要地点は制圧できる。これでこの国、テメェらは終わりだ。クソ野郎共」


 男は目の前の統治者に銃を向けて、そう吐き捨てた。



          *



 この世界は二分している。


 一つは、平和で人々が余裕のある暮らしをし、好きな仕事ができ、自然環境も街の衛生面も文化や文明の発展も、何もかもが高水準に保たれている、富裕層が住む『右の国』。


 もう一つは、大気も水も土壌も汚染され、衛生環境も治安も悪く、ろくな仕事も無く、学校制度すら崩壊している、貧困層が住む『左の国』。


 男は左の国で生まれ育ち、今では肉体労働でなんとか食い繋いでいた。そして、この国では珍しくない、窃盗や殺人など数々の犯罪を繰り返して生き抜いてきた一人だった。


 事の発端は、男が仲間達と世間話をしていた時のことだった。


 いつものように仕事仲間と不平不満を愚痴り合い、酒を飲み煙草を吹かす。そんな中、話題に上がってきたのが右の国についてだった。


 聞けば、右の国の連中は世界の富を独占し、左の国の者達をこき使って私腹を肥やしているのだという。医療も機械も充実しており、左の国ではなかなか手に入らない上等な食料だって腐る程あるという。左の国では乾燥させたものや塩漬けにしたもの、よく火を通したものしかほとんど出回らないというのに、右の国では新鮮なものは生で食べられるのだという。綺麗な服を着て美味いものを食べて、娯楽にふけり身を脅かされる心配も無く安眠できるという。


 すべて、面倒な部分は左の国に押し付けて、だ。


 俺達が文字通り命懸けでこんなに日々苦労しているのに報われないのは、右の国の奴らが富を独占するからだ。ああ、右の国を乗っ取れば、いや、俺達が本来得られるはずのものを取り返せば、俺達だってまともな生活ができるはずだ。こんな生活とはおさらばだ!


 話は次第に盛り上がり、皆の不満は募っていく。そんな中、それを聞いていた男はふと思い立った。


 この国はこのままではいけない。なんとかしなくては。


 そんな使命感に駆られたのである。


 学も能も無い男が、一つ、よく覚えていた言葉があった。


 『下剋上』


 下の者が上の者をひっくり返す言葉だった。


 この男を中心に、『革命軍(レジスタンス)』が立ち上がるのは早かった。男が様々な犯罪を繰り返し経験し、場数を踏んでいて手際が良く肝が据わっていることもあるからだろう。自らリーダーを名乗り出た時は皆が喜んで賛同した。人を集め、武器を集め。秘密裏に、彼らは団結していった。


 そして、決行の日。


 二つの国を隔てる巨大な壁を壊せば、右の国へと行ける。だがその壁はとても頑丈で、男達レジスタンスは壁の一部にある『ゲート』と呼ばれる通路を突破することにした。


 ゲートは高さも幅も十メートルはある半円で、普段は壁と同化するようにして閉じている。昔何かで見た、城壁の門とやらに似ているだろうか。時折開かれるらしいが、左の国の一般人はこの周囲にすら立ち入り禁止なので、男も間近では初めて見る光景だった。


 周囲には銃を構えた衛兵が何人もおり、厳重な警備が見て取れる。しかし、同じく銃を持つ数多のレジスタンスに比べれば、多勢に無勢の有様だった。


 遠くから隠れて一斉に射撃。蜂の巣に。


 決着は一瞬だった。


 なんともあっけない結果だが、拍子抜けしている暇は無い。二つの部隊がそれぞれゲートの左右にある塔に上り、歯車を回してゲートに繋がる鎖を緩める。徐々に扉となっている部分が下ろされ、その先に通路が見えてくる。


 完全にゲートが開かれると、レジスタンスは早々に走り抜けた。最後、壁とは別の石造りの部屋らしき場所に出ると、何かに感知されたのか、部屋に設置されていた銃の群れがこちらを向いて乱射した。それで十何人もやられてしまったが、手榴弾などを使い銃を壊し、なんとか突破する。その先にも右の国の者らしき人間が銃を持ち並んでいたが、隠れず真正面からでも、まるで紙のように易々突破することができた。


 どうやら、右の国の人間は人を殺したことが無いらしい。もしかしたら、暴力すら振るったことも無いのだろう。銃をこちらに向けても躊躇するばかり、警告ばかりで、結局、引き金を引いた者はいなかった。それは警備とは名ばかりの、実質形だけのものだった。


「腰抜け共め!」


 誰かが嗤って、そう叫んだ。


 そうして、レジスタンスは一気に右の国へと雪崩れ込んだ。




 そこには、見たことも無い光景が広がっていた。


 澄んだ空気に、緑の匂い。空は青く霞一つ無く、傍を流れる川は透明で澱み一つ無く、足元には草花が敷かれゴミ一つ無い。自分達が暮らしていた、荒れ果てた世界とはまったく違う。


 それは環境汚染も病原菌も感じさせない、まさに別世界の光景だった。


「……はは、見ろよ、右の国の奴ら、こんな良いものを独り占めしてたんだ……俺達をあんなところに押し込んでおいてよ……!」


 誰が言ったか。感動、からの憎悪。


 決意をさらに強め、レジスタンスは先へと進んだ。


 辿り着いた先は、見るからに、いかにも平和そうな街だった。


 綺麗に掃除された街を多くの人々が行き交い、賑わいを見せている。近々何かのイベントがあるのか、建物にはキラキラした装飾が施され、楽しげな音楽がどこかの店から聞こえてくる。


 そこに、突如として現れたレジスタンス。場違いな、武装した血濡れの集団。


 近くを通りがかった人々はその異様な風貌に混乱し、思わず動きを止めていった。その異変に気付いた人がさらにレジスタンスに気付き、動きを止める。次第に広がる、どよめきの輪。


 鬱陶しい、と男は思った。


 見せしめとばかりに、その内の一人を撃つ。地面に倒れる鈍い音と溢れる血の海に、一瞬にして辺りは騒然となった。


 それが合図となり。パニックで逃げ惑う人々を見て、レジスタンスは皆愉快そうに銃を乱射した。


 どうせ右の国は左の国の支配下になる。それに、今まで楽して生きてきた報いだ。苦しんで死ねばいい。


 皆の想いは一つだった。


 一通り満足のいくまでぶっ放してから、各自目的のエリアへと別行動を取り始める。食料、医薬品、機械――――他にも、制圧するべき場所はたくさんある。そこにいた人間が死のうが関係無い。右の国の人間だからだ。むしろ、仲間達は憂さ晴らしに喜んで皆殺しにするだろう。それもどうだっていい。


 皆の総意は、男の意思でもあった。



          *



 そして、現在。


 男は右の国の統治者の首を取る重役を担い、警備を突破し、見事に当事者を追い詰めていた。


「よくもあんなところに押し込んで、こき使ってくれたな……! もうお前らの思い通りにはさせねェ。皆の富を独り占めしやがって、右の国に何の権限があってそんなことが許されるってんだよ……! 左の国は、俺達はお前らの奴隷じゃ無ェんだよ!!」


 気持ちを抑えようとしても、思わず言葉に熱が篭る。


 しかし。


 それに返ってきたのは、困惑した声だった。


 右の国の統治者は男の恨みつらみを聞いて、訳がわからない、とでも言いたげな表情をする。


「……何を、言っている?」


「とぼけんじゃねェ!! 左の国の奴らを劣悪な環境に追いやって面倒な労働を押し付けて、それで自分達は悠々自適に好き勝手して暮らす。俺らがどれだけ苦労してきたと思ってる!!」


「なぜ、いらん苦労をしなくてはいけない? しなくても済むなら、楽な方が良いに決まっているだろう。無駄に肉体的にも精神的にもツラくなってどうする? ツラくなれば偉いのか? 人は適材適所。できる者が優先的にその物事に当たれば良い。そうすれば作業の質も出来栄えも良くなる。する方もされる方も気分が良い。悪いことなど一つも無い。それなのに、何故、自ら悪い方を選ばなければならんのだ。どうやら君は、自分達は苦労して嫌なことをしている、と言いたいようだが、それ以外、何もできないことには変わり無いだろう? むしろ、君達ができない部分を我々が担って、君達でもできる仕事を回しているというのに……」


「……何?」


 理解しがたいのは、男の方もだった。前半については「何を怠け者の戯言を」と鼻で嗤ってやろうかとも思ったが、後半に聞き捨てならない言葉が聞こえて、言葉を詰まらせる。


「そもそも、右の国と左の国は、元々同じくらいに栄えていたのだ。それからこちらは将来のことも考えて、知識を深め技術を磨き、今の状態にまで発展した。対して君達左の国は、目先の利益ばかりを優先してそれ以外を(ないがし)ろにした。その結果があの惨状じゃないか」


 初耳だった。そんなこと、男は誰からだって聞いたことが無かった。


「それでも、我々は君達を見捨てなかった。君達には十分な援助をしてきたつもりだ。食料も医薬品も、勉強できる教材も研究資料も、それに必要な機械や器具、金だって。それなのに、上手く活用しようともしない。これ以上我々にたかろうというのか? 我々は君達の奴隷ではないのだよ」


 男と似た物言いで、統治者は困ったように言う。


「それから、君はこの国を制圧すると言ったね。君達が我が国の民を皆殺しにして回っているのは聞いている。では、専門的な知識や技術を持つ者達を殺して、そこにあるものすべてが君達のものになったとしよう。だが、それらを、必要な知識も技術も無い君達が使いこなせるというのか? アレらは気の難しい奴らで、結局は人の手を必要とするのだ。もし、できないというのなら、君達は今までの恩恵すらすべて捨ててしまうことになるぞ」


「……嘘だ、」


「嘘ではない」


 (すがる)ようにようやく絞り出した言葉が、容赦無く否定された。


「君達左の国の者達は、本当に後のことを考えぬな」


 統治者の声には、呆れも混じっているように感じた。


「それに……誰に、その話を聞いた?」


「誰、って、」


 ――――『皆』。


 『皆』が、口々にそう言っていた。


 左の国は、学校制度すら崩壊している。識字率も危うい。本も新聞も読む者はいるが、そこに書かれたことをただ鵜呑みにするしかせず、深く考えたり他に調べたりはしない。


 情報交換は、もっぱら口伝が常だった。


 ――――感情を、主観的な想いを込めて。


 その時、男が耳に装着していた無線がノイズを拾った。


 続いてすぐに、仲間の声。


『こちらA班。制圧完了』


『こちらB班。制圧完了』


『こちらC班。制圧完了』


 次々と報告が上がっていく。どうやら作戦は順調のようである。


 男は無線に手を当てたまま、呆然と思考を手放した。




〈了〉

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