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ワンライ:テーマ「恋に落ちる音」

【死神仮装少女の恋】




「好きです! 突き落とさせてください!」


 目の前の少女は顔を赤らめながら、勢い良く頭を下げた。


 小さな駅のホーム。二人以外に人のいない、閑散とした場所でのことだった。


 電車が来るのを待っていた青年が声を掛けられて振り返ると、いつの間にかすぐ後ろにいた少女が突然そう言ってきたのである。


 正直困惑しか無かった。


「は?」


 頭を下げられた青年は、訳もわからず声を漏らした。


 怪訝な表情の青年の様子に、少女はハッと我に返る。そして慌てて顔を上げると、あわあわと弁明し始めた。


「あっ、突然すみません! 私死神をしている者でして、この度あなたのことが好きになったので、この手で殺させていただきたく思いお伺いした次第です! ご検討の程よろしくお願い致します!!」


 より勢いのあるお辞儀で、少女の長いポニーテールが容赦無く青年を引っ叩いた。


 乾いた音に、袈裟斬りのような衝撃。とりあえず必死さは伝わった。


 だが、それとこれとは別問題だった。


「何故検討くらいならされると思ったのか。はいはい死神ごっこな。物騒な言葉を使うと下手すれば逮捕されるぞ。じゃあこの件は無かったことに。さようなら」


 青年は軽くあしらう。仮装もしない自称死神で殺害予告をするような子供と付き合う義理は無い。ただ、本当に殺されては困るので、電車が来るまでは目を離さないようにする。


「あっ、信じてませんね! 私は本物の死神なんですよ! 私があなたを殺さなきゃならない理由だってちゃんとあるんです! それを聞いたらきっとあなたもわかってくれるはずです!」


「理由?」


 電車が来るまではまだ時間がある。と言っても、今朝は靴紐が切れてしまったせいでそれを取り替えるのに時間が掛かり、予定していた便に乗れなくなり次の便を待たなくてはならなくなったのだが。


 それまでは、この自称死神少女の戯言を聞いて暇を潰すのも悪くない、かもしれない。


「はい!」


 ようやく耳を傾けた青年に、少女は一転、嬉々として話を続けた。


「実は人間の魂にはそれぞれ担当している死神がいるんですけど、死神が担当できるのは仕事で割り振られた魂とその死神本人が手に掛けた魂だけで、私はあなたの担当じゃない。つまりあなたとずっと末永くいるためには、私の手であなたを殺すしかないんです! 私はもう十分に待ちました! あなたの死期が近づくまでずっと、ずっと!」


「……ちょっと待ってくれ。その言い方だと俺の死期が近いってことになるんだが」


 引っ掛かる物言いに、青年が訊く。


 少女は「心当たりありませんか?」と首を傾げた。


「人間って死期が近づくと『死』、もとい肉体の無い世界に繋がりやすい状態になるから、それと近い性質のものが見えやすくなるんですよ! 幽霊とか黒い靄とか、よく聞きますよね? まぁ死期以外でも、偶然ネガティブなマイナス調の波長が合ったり、相当に悪いことして類友として惹かれられたり、原因は他にもありますけど」


「…………、なるほどな」


 そういえば、と青年は最近のことを思い返す。まるで走馬灯のように、ついでに昔のこともつられて思い出す。


 心当たり、というものは確かにあった。そして、この少女は何を、どこまで知っているのか、と思考を張り巡らせる。


 少女が本物の死神かどうかはどうでもいい。不安の芽ならば早く摘み取ってしまいたい。


 幸い、ここには自分達二人だけしかいない。しかし、ただの妄言遊び相手の取り越し苦労で無駄な『秘密』を抱えたくはない。せっかく、今抱えている分からもうすぐ解放されるだ。


 青年の心の内を知ってか知らずか、少女は話に戻った。


「それで、死神の他にも、魂を横取りしたり悪い方に引き摺り込もうとする、いわゆる『悪魔』とか『邪気』とかいうモノ達もぼんやりと見え始めてると思うんですけどね。特に死神は姿をはっきりと見せることができるので、普通の人間のフリをして担当の魂の死期を知らせることもあるんです。直接じゃなくて間接的にとか、ヒントが多いんですけどね」


「君は直接も直接、しかも横取りする気だけどな」


「えへへ。認めてくれて嬉しいです!」


「どこに照れる要素があるのか」


 やはり、ただの頭のおかしい子なのか。青年は呆れと面倒さを感じ、ふと駅の壁時計に目を向けた。電車が来るまで、あと五分も無い。それでこの少女ともお別れである。


 遠くに電車が見えてきた。


「それで。あなたを私の管轄下に置くにはただ殺せばいい訳じゃなくて、ちゃんと納得と了承を得てからじゃないとダメなんです! なので、『約束』! 約束してください!」


「約束? どんな?」


「言ったら『はい』って言ってくれますか?」


「ああ。約束する」


 どうでもよさげな青年の言葉に、少女はぱっと満面の笑みを見せた。


「じゃあ言いますね。――――私が好きなら、そこから飛び降りて!」


「『はい』。――――?」


 自分で言って、青年は間を空けて疑問符が浮かんだ。


 確かに、もう少女とお別れだからと適当に応える気ではいた。だが、口を開いて出た言葉は自分で発言するより早く声となり、『ああ』とでも返せばいいものを律儀に『はい』と言った。


 自分のことながら、無意識にしても不可解な言動だった。


 どちらにしろ、自分がこの少女を好きになるなどありえない。青年はそう考えたところで、少女の言葉を反芻した。


 彼女は何と言った?


『私が好きなら、そこから飛び降りて!』


 私が好きなら。


 この意味は『自分が少女のことを好きなら』だと解釈したが、もしや『少女が自分のことを好きなら』という意味だったとしたら。


 だったら何だというのか。まるで何かに操られたような自分の言動と、何か関係があるのか。


 不可解な言動に驚いたせいか、思考が加速する。一瞬にして様々な考えが脳裏をよぎる。


 ありえない。バカげた仮想。


 おかしな子供の、ただの妄言。


 彼女は何と言った?


『魂を横取りしたり悪い方に引き摺り込もうとする、いわゆる『悪魔』とか『邪気』とかいうモノ達もぼんやりと見え始めてると思うんですけどね』


 少女が本物の死神かどうかはどうでもいい。が、この不可解な言動が彼女のせいだとしたら。彼女が有無を言わせぬ力で、自分を操ることができる存在だとしたら。


「ありがとうございます!」


 この上無く嬉しそうな少女の声に、青年の意識は現実に引き戻された。


 それと同時に。青年の足が後ろへ、一歩、二歩、と勝手に動き出す。


 電車が近づいてくる。


 焦燥。その感情を理解する間も無く、今度は自然と自分の声が漏れる。


「――――は?」


 それが、青年の最後の言葉だった。




 故意に落ちる音がした。




 少女の世界は輝いて見えた。


 駅から離れた場所で、きゃっきゃっ、と無邪気に少女ははしゃぐ。


「これであなたは私のもの! あなたが殺した人と同じ死因なら、因果応報として全部綺麗に納まるはず。違うのは行き先くらい。やっぱりこうなるべき運命だったんです!」


 一方。騒然とした駅のホームでは、一人の女性が惨状を見て慌てている。


「あれっ!? もう死んでる! 魂も無い! 嘘でしょ!? 朝に何故か予定が狂ったからって報告して再申請してって、せっかく急いで手順踏み直してきたのに!」


 片方が悔しさで、片方が爽快感で。人に見えぬ二人が叫んだのは、同時だった。


「誰よ、横取りしたの!」


「誰が渡してやるものですか!」




〈了〉

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