『ハイドロボンバー』
ジンジーの一件以来、私の周りの環境も、少し変化し始めた。
プロの退治屋ではない私が、
あの恐ろしい『マッドジャンキー』を"珈琲豆"で手懐けたことで、
世間の興味を惹いたようだ。
名誉を得るのは嫌いじゃない、
だが、有名になることは、ただ楽しいだけでは終わらない。
そんなことを思いながら、朝の珈琲の準備をしていた。
ザンダさんから頂いた新しい珈琲豆の袋に手を伸ばした頃、
久々に、家の外から大きな気配を感じた。
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「久しぶりだな、有名人さんよ」
しばらく聞かずに済んでいたあの嫌な声がやってきた。
カリナ君の隣から、全身を鎖で拘束されたドラゴンが静かに私を見つめている。
「有名人には、"女"が必要だろ?」
それには少し同意しかねる。
時が過ぎても、私の心はプルカ以外のドラゴンを愛する気はない。
あくまでも、純粋な研究の対象だ。
ジンジーの時の私への軽蔑はどこへ行ったのか。
カリナ君はいつもの下劣な研究員に元通りだ。
「それはともかく、見慣れない種類のドラゴンだな」
カリナ君が連れてきたドラゴンは、
一見すると「大事に育てる事でその家が裕福になる、金運を招く」といわれる、
『キャッチャーライト』というドラゴンに似ている。
しかし、カリナ君が連れてきたドラゴンは、
4足歩行で移動する『キャッチャーライト』と違い、
2足歩行のような立ち姿をしており、そして何より…。
このドラゴンは、筋肉の付き方が、
あまりにも不自然に人間のものに酷似していた。
本来、ドラゴンはそれぞれの特徴を持った肉体で自らを「守る」。
例えば、『ディープブルーカ』は、湖などに生息しており、
外敵からの攻撃を受けた際に、
自らを青い血液に染めることで水にカモフラージュして身を守る。
『マッドジャンキー』の鱗も、外敵から身を守るためにあるのだろう。
ドラゴンは人間とは全く違う、特殊な能力や特徴を持っているが、
それらは全て自らの身を守るためにある。
だが、このドラゴンは違う、
まるで「獲物を仕留めるか戦うため」に、
筋肉という特徴を持っているように見える。
「ああ、こいつは『キャッチャーライト』と『アシッドピンカー』の交雑種で、
我が研究所が独自に『ハイドロボンバー』と名付けて研究している新種さ」
やはり、自然界には存在しない新種のようである。
大柄で力が強く好戦的で、
飼育が難しい故に、
妙な幸運の噂が事実のように流れている『キャッチャーライト』。
精神力が強く、力こそ弱いものの、全身に猛毒を備えており、
毒を含んだ攻撃を敵に与え、
敵の体が毒に蝕まれ始めると、
その毒が回り切るまでひたすら敵から逃げ続け、
粘り強く敵を弱らせる『アシッドピンカー』。
この『ハイドロボンバー』というドラゴンは、
全体的には『キャッチャーライト』の容姿に、
2足歩行や薄く桃色のかかった身体など、
『キャッチャーライト』と異なる部分は『アシッドピンカー』に共通している。
しかし、この不自然な腕や腹の威圧感は、どちらにも存在しないものである。
「その筋肉は、生まれつきのものではないな」
「ああ、これは少し実験でな。 まあ、人間と同じやり方でできたものだ」
「その実験の意味と意図はなんなんだ」
「安心しろ、うちのイカれ所長の考えることは誰にもわからん」
「話す気はない、ということか」
「まあ、特に大きな理由はない」
これは研究する人間の考えるべきことではないのかもしれないが、
私は純粋に、ドラゴンが好きだ。
どうにも、こういった自然界から逸脱したものには、
たとえ仕事といえども、あまり気が進まない。
「…もう一度言っておくが、逃げられないからな」
カリナ君はそういって、『ハイドロボンバー』を私に託し、
研究所に戻っていった。
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まずはこの『ハイドロボンバー』を、『ハイドラ』と名付けようか。
ハイドラは、逞しく、いかにも力強そうな容姿からは意外なほど、
おとなしかった。
今はリビングの隅で淡々と腹筋のような動きを続けている。
私や珈琲、家の中の物にあまり興味がないように見える。
どうやら、私の家の中は、ハイドラにとってつまらない環境のようだ。
ジンジーのように、身の危険を感じなくても良いのは嬉しいのだが、
引き取りの日までに、ただおとなしく腹筋だけで過ごされては、
ただ腹筋をしているだけという研究データしか得られないだろう。
研究である以上、何かしらの動きが欲しいものの、
一体何がハイドラの気を惹いてくれるのだろうか。
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日は暮れ、月が輝き始めた。
相変わらず鍛錬を続けるハイドラの隣で、
私は、今朝の新しい珈琲の香りを楽しみながら、
ザンダさんからすすめられた、映画を観賞していた。
ハイドラは、腕立て伏せをしながら、
静かに、テレビの画面を見つめている。
ザンダさんからすすめられた映画は、
古い恋愛映画だった。
恋愛映画はあまり好きではない。
「理想的な恋愛像」に憧れがすぎた者は、
憧れとはかけ離れた現実を憎むこともある。
そんな人間に、あまり良い思い出がない。
少し過去の記憶が脳裏をよぎり始めた頃、
ふと、ハイドラの声が耳に入ってきた。
画面には、
ベッドで抱き合う男女の姿が映し出されていた。
ハイドラは、それまでの淡々とした振る舞いが嘘のように、
愛し合う男女の温もりを真剣に凝視していた。
見た目の逞しさとは裏腹に、少女のような心を持っているのか。
ハイドラと暮らし始めた最初の日は、
ハイドラの新しい一面を見て、夜が更けた。
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ハイドラと暮らし始めた日の翌朝、
まだ町は眠っているような時間であることもお構いなしに電話が鳴り響いた。
耳に不快感を覚えながら目を覚ますと、
ハイドラの逞しい腕に抱かれていた。
いつの間に、一緒に眠っていたのか。
私は、不思議な感覚の中で起き上がり、気の進まない受話器を耳にあてた。
電話の向こうの相手は、もう関わりたくないと思っていた、
私が昔暮らしていた家の弟だった。
「『随分と有名人になったじゃないか。
養子とはいえ、一族の誇りに変わりはない』」
受話器の向こうから、聞きたくない声が聞こえる。
「『勿論、俺自身、弟として喜ばしいと思っている。』」
血の繋がりのない、赤の他人の虚言に付き合う時間があるなら、
ハイドラの睡眠を観察した方が有意義だ。
適当な会話で早く電話を終わらせようとしたが、
電話を切る直前、悪夢のような言葉が聞こえた。
「『今日、お前の家に行くぞ、久々に顔を見にな』」
私は"わかった"とだけ伝え、電話を切った。
振り返るとハイドラは目を覚ましていた、
私と目が合った次の瞬間、腹筋の用意を始めた。
私は少し気晴らしに、自分の好みとは少し異なるブレンドで、
朝の珈琲の雰囲気を味わうことにした。
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朝食を終えた私は、
ある実験をするためにカリナ君に連絡した。
新種のドラゴンで実験研究をするならば、
産まれてからの特徴、経過、性格など、
ハイドラのことについて、もう少し情報が欲しかった。
そうして知った情報としては、
まず、他種のドラゴンと仲良くしようとはしなかった事、
但し、精神面のデータを取ったところ、
強い孤独感に苛まれているという可能性の結果が出ているようだ。
自らの筋力を鍛える行為については、
研究所の所長が自分の趣味を教え込み、
その動きを真似るようになったのが最初だという事、
特に何もすることが無い時には常に鍛錬しているらしい。
それともう一つ、
実験に関して有用な情報を教えてもらった。
そして、私が今から試したいことについては、
特に問題はないとのことだった。
そして、その実験のための準備を手伝ってくれるとの返事だった。
あの嫌味なカリナ君にしては意外な事だが、正直ありがたい。
さて、カリナ君が私の家に訪問するまでにもう少し、
ハイドラの事が知りたい。
まずは、私が幼い頃に気に入っていた、
クマのぬいぐるみを与えてみた。
ハイドラは特に喜んだような反応は見せなかったが、
ぬいぐるみ自体は嫌ではなかったのか、
少し優しく抱きしめる。
昨日の夜や今朝の事から、
ハイドラは"寂しさ"を感じているドラゴンなのではないかと思ったのだが、
カリナ君からの情報によるとあながち間違いでもないようだ。
他種のドラゴンと仲良くなれないらしいが、
自然界に存在しない種類、ある意味人工的な命でもあるからだろうか。
もしも、仲間に入れないという理由だとすれば、
自然界のどこからかから発生してきた、ドラゴンという生き物に、
人間の手で新しい命を作ることは、自然の掟に反するのだろうか。
それともただ単に、ハイドラ自身の内心の問題なのだろうか。
脳内で様々な仮説を立てる私の隣で、
ハイドラは背中にぬいぐるみを乗せ、腕立て伏せを始めていた。
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「清楚なお前にしてはいかがわしい実験だな。 異性に目覚めたか?」
家の玄関にまたあの嫌な声がやってきた。
研究を手伝ってくれると聞いて少し見直していたが、
改めて、会話をするのが嫌になった。
カリナ君のこういった言動は、少し違うものの、弟を思い出す。
そう考えていると、カリナ君の声の隣でカリナ君よりも低い声が聞こえた。
「久しぶりだな、そこにいる蛇みたいな顔の奴は婚約者か?」
こういう言動だ。
弟が来る前に研究をしに家を空けたかったが仕方がない。
「これはこれは、かのセレイド家の御当主、
サイザー・セレイド様ではないですか」
そういえば弟はそういう名前だったか。
確か、昔私は弟の事を、
リーフィーシードラゴンに似ていることからリーフと呼んでいた。
「どこの下民かと思えば、ソウゲントーの子に似ているな。
今は一族が没落して使用人になっているのだったか」
「いえいえ、滅相もございません、私はただのしがない研究員です」
「ならただの下民か。 これは失礼した」
面倒な弟の世話をしてもらえるのはありがたいが、このままでは研究が進まない。
なんとか早くリーフに帰ってもらう策を考え始めていたその時、
私の後ろから大きな顔が現れた。
ハイドラだ。
ハイドラはリーフに興味を持ったのか、
リーフの首元に近づきクンクンと匂いを嗅いでいる。
「やめろ爬虫類。 おい、そこのお前、こいつに詳しいならなんとかしろ」
カリナ君は諫めるようにハイドラの頬を撫でた、
随分と酷い言葉を投げかけられていたが、
カリナ君は嫌な顔一つせずに命令をこなしている。
しかし、ハイドラはリーフから離れない。
その様子を見て、カリナ君は丁寧に、リーフに詫びた。
「申し訳ございません、こちらのドラゴンは貴方様の事を気に入ったようです。
ご安心下さい、危害を加える事はないでしょう。
気が済めば勝手に離れるかと。」
「そうか、厄介な爬虫類だな。
だが、俺のお気に入りの洋服はビチャビチャだ。
こいつの礼はしてもらうぞ」
「大変申し訳ございません」
リーフの言葉で気が付いた。
ハイドラの体が、濡れたように湿っている。
私を抱きしめていた時にはなかった現象だ。
あの時は抱きしめて間もなかったのだろうか。
それとも。
ハイドラは昨日の夜のように、無口な喉からうっすらと声を漏らした。
「気づいたか」
リーフがハイドラと濡れる洋服に気を取られている間に、
カリナ君は私に近づき小声で話しかけた。
「これは有効活用できるぞ、なんとかこの男を実験場に連れていけないか」
確かに、この現象が、
リーフと一緒にいる時にしか起きないものであれば、
他の実験だけをしても意味がないのかもしれない。
こうして私はカリナ君と一緒に、
「面白いものが見られる」と頼み込み、
リーフはハイドラの実験に協力してくれる事になった。
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私がカリナ君に頼んで用意してもらったのは、
大きな闘技場だった。
普段は酔狂な金持ちたちが夜な夜な集まり、
高値で購入・調教したドラゴン同士を戦わせたり、
手足を縛った拷問遊びの観賞などをしているらしい。
個人的には好きな場所とは言えないが、
今日は実験のため、特別に貸し切りにしてもらった。
闘技場に到着した私とカリナ君とリーフは観客席に、
『戦いの場』の中央には、ハイドラが立った。
そして、
闘技場の猛獣用の扉が開き、
その影から多様な種類のドラゴンが現れ、
一斉に中央にいるハイドラの方へ襲い掛かった----------
----------あまりにも一瞬の出来事だった。
鍛え抜かれたハイドラの逞しい腕から、勢い良く水が噴き出し、
ハイドラの拳を覆った。
鋭利なカッターと化した水流を纏った力強い拳は、
50を軽く超える数のドラゴンの大群を暴風のごとく吹き飛ばしたのだ。
目の前の全てを力でねじ伏せたハイドラは、
表情一つ変えず、
何事もなかったように腕立て伏せを始めた。
---私がカリナ君に協力を依頼した実験内容とは、
・ハイドラは他の全てのドラゴンと仲良くなることができないのか
・恋愛に憧れているような素振りを見せているため、
単純に「仲良くする」という事よりも、
所謂「お見合い」を目的とした交流はできないか
この2つの事を研究したいが、
私一人ではその実験を実現することが困難である。
というものだった。
それに対してカリナ君は、
・研究所で預かっている「自然種」のドラゴンとは仲良くできなかった。
一応、個体ごとの性格による相性の悪さも考慮し、
同種の別個体を各5匹ずつ、
同じ飼育部屋や食事等で関わらせてみたが特に結果は変わらない。
但し、完成パターン個体であるハイドラ以外の、
「未完成状態」の、
研究所独自種のドラゴンとの相性については未検証であるため、
そちらの個体を実験内で用意する。
また、「お見合い」については、未検証であったため、
その「未完成状態の独自新種」のドラゴンの中から、
繁殖可能状態のオス個体を用意する。
そして最後に、
・あくまでもカリナ君個人の推測ではあるが、
自らを鍛錬するようになってからの研究所内での素振りから、
「自分よりも強いオス」を好むような一面を見たため、
そういった環境をこちらで手配する
との回答を貰えた。
---そうして今この状況に至ったのである。
それにしても、
やり取りの中で用意されるオス個体に関して、
「とにかく盛りのあるオスをお願いしたい」と言った際、
カリナ君からまた若干嫌そうな反応をされたが、
私の方も研究所が独自に生み出そうとしていた新種が、
これほどまでにいた事には正直絶句してしまった。
やはりこの研究所は、どこか狂っている。
さて、用意された全てのオスを、
一撃で粉砕せんばかりに吹き飛ばしたこの光景は、
一見、実験の失敗にも見えなくもない。
だが、実験はまだ終わらない。
まだ切り札が残っているからだ。
「これで終わりか。
貴族にもなれないような下劣な金持ち者共がやるドラゴン遊戯の真似なんかして、
何が面白いんだ。」
そう言って、リーフは席を立とうとした。
それを見たカリナ君が瞬時に引き留めようとする。
「お待ちくださいませ、実はこれは重大な研究をしているのです。
貴方様は今、歴史的瞬間に立ち会っているのです。」
「一つだけ言っておこう、お前がもしソウゲントーの子なら、
ラダディオルダの家の中で地位を築くために狂ったようだな!」
なんの事だかよくわからないが、
とにかく、リーフには実験に参加してもらわねばならない。
「リーフ、せっかく来たんだ、兄の仕事を見ていかないか。
ハイドラ…あのドラゴンも、リーフの事を気に入っている。
あれ程のドラゴンたちに勝利したハイドラを、
褒めてやってくれないか」
そう言うと、リーフは一旦帰るのをやめてくれることになった。
血の繋がりがないとはいえ、兄の言う事ならまだ聞いてくれるのか、
リーフは渋々、観客席の横から階段を降り、
ハイドラの元へと歩いて行った。
「おい、その…頑張ったな…」
リーフがハイドラの頬を優しく撫でた。
触れられた指先の辺りから、ハイドラの体は湿り始めた。
リーフがハイドラの浮いた血管を伝い、
喉をなぞると、また、ハイドラは声を漏らした。
その時、ハイドラが倒したドラゴンが何匹か起き上がり、
ハイドラのもはや美しいとすら言える筋肉を睨む。
それを見たリーフは眉を顰め、口を開いた。
「お前たちは負けただろ、情けない。負け組はさっさと負けを認めろ」
しかし、ドラゴンたちはリーフの言葉など聞かず、
もう一度ハイドラに戦いを挑む。
想定通りの展開になり始めた。
私とカリナ君は既に、
万が一の事態に備えて見守るだけである。
カリナ君は私の耳元で言った。
「お前がオーダーした通りのドラゴンたちだ。
何度負けたって自分が恰好良いという事をハイドラに認めさせるまで諦めないぞ」
それでいい。
ハイドラの「強いオス」を好むというのは間違いではないかもしれない。
だが、ハイドラ自身は特に好戦的というわけではない。
もしも自身を鍛えれば鍛えるほど「強いオス」を好むというのならそれは…。
そう改めて考えている間に、
一匹のドラゴンがハイドラに負けず劣らずの、
力強そうな腕をハイドラに振り始めた。
「いい加減にしろ!」
リーフから発せられた流石の大声に、ハイドラもドラゴンも動きを止めた。
「お前たちはたった一匹のドラゴンに大勢で挑みそして負けた。
負けたのだから帰れ。 くだらない戦いだ」
リーフはそもそも、この闘技場での戦いが気に入らなかった。
早く終わらせたい気持ちと、
このドラゴンたちの行動も気に入らなくなり始めてきていた。
ドラゴンたちは少し考えるような素振りを見せた、
そして、お見合いの邪魔をするリーフを先に消すことにしたようだ。
だが、ドラゴンたちが一斉にリーフに飛び掛かった瞬間----------
----------ハイドラの水の拳でドラゴンたちはまた、吹き飛ばされていった。
最初の拳よりも、大きく、見事な一撃だった。
もう一度、起き上がるドラゴンは一匹もいなかった。
これでデータは取れた、とカリナ君は呟いた。
こうしてハイドラに関する実験は終わったのだった。
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結局、ハイドラは他のドラゴンと仲良くすることはなかった。
それはこの世にたった一匹だけの固有種、
ということも、もしかしたらあるのかもしれないが、
それ以上に気持ちの部分が強いようだ。
実験が終わった後、ハイドラはリーフから絶対に離れなかった。
ハイドラは、ドラゴンではなくリーフに好意を抱いたのだ。
戦いの中でハイドラよりも強いドラゴンはいなかったが、
元々リーフを気に入っていたのもあり、
あの戦いの中でのリーフは、ハイドラにとって、
強く、恰好良く見えたのだろう。
ハイドラは見た目こそ、強く、逞しいが、
その中身は乙女だ。
勿論、自らを鍛錬することが好きであるというのも、
間違いではないと思う、だがそれとは別に、
もしかしたら、
自らが「強そうに」見えるようになればなるほど、
誰かに守ってもらいたかったのかもしれない。
研究が終わり、
ハイドラは研究所に帰ることになった。
リーフから離れたがらないハイドラを、
研究所へ返すのは大変だった。
最後にハイドラは、
リーフの方から抱きしめてもらい、
そして別れた。
少し寂しく見える光景に心を痛めていると、
カリナ君は、
「プルカも研究所で元気にしている。
だからハイドラも責任を持って面倒見るから安心しろ」とだけ、
私に伝え、帰っていった。
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太陽は寂しく沈み、月が孤独を照らした。
いつもはおしゃべりなリーフも、今夜ばかりは静かだった。
血の繋がりが無いこともあり、
弟といってもあまり似ていないと思っていたが、
カリナ君が連想した通り、その姿はまるでプルカと別れた日の私のようだ。
悲しい気持ちはわからなくはないが、特に声をかける気はない。
下手に話しかけて思い出させる必要はないだろう。
お互いに似たもの兄弟になってしまった私とリーフは、
なんとも言えない寂しい心を珈琲の温かさで紛らわすのだった。