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『ディープブルーカ』

初めて私の元に届けられたのは、小さな青いドラゴンだった。

身体のいたるところに、傷が見られる、

どうやら意図的に痛めつけられているようだ。


このドラゴンは、藍色の血液を持つ小型の品種、『ディープブルーカ』だ。

愛称をつけるなら『プルカ』だろうか。


このプルカと一緒に送られてきた手紙には、

「お前の初めての女だ」とだけ書いてあった。

随分悪意のある言い方だが、本物のドラゴンを目の当たりにした、

今の気分は悪くない。


私は水を得た魚のように、ディープブルーカの入ったカプセルに手を伸ばした。

しかし、このプルカは傷を受けたせいか、

彼女は自分を閉じ込めるカプセルに私の手が触れた瞬間から錯乱し、

中から出そうとする私の腕の中で散々暴れた。

突然の出来事に私は困惑したが、怯えているのかもしれない。

私は、長く、しなやかに伸びている彼女のトサカを、

花を愛でるようにやさしく撫でた。


-----

数時間が経った。

プルカは果てた後のように、静かに眠っている。

私は彼女の傷に、悪い菌が入らぬよう、眠る彼女を起こさぬようにそっと抱き、

風呂へと連れていく事にした。


バスルームに連れてこられたプルカは、目を覚ました。

光景に見慣れないのか、辺りを不思議そうに見まわしていた。


私はシャワーヘッドに手を伸ばし、軽く、ぬるま湯ほどの湯を出し、

プルカへかける。

湯をかけられたプルカは警戒し、大きな唸り声を上げたが、

次の瞬間にはこの液体が気持ちの良いと感じたのか、唸るのをやめた。


シャワーを浴びるプルカの身体から、傷口から、青い液体が流れてゆく。

青い液体の隙間から、白い素肌が露になってゆく。

ディープブルーカは本来、青い色のドラゴンではない。

流れ落ちる液体を指ですくい、舌にのせてみる。 ほんのりと、甘い。


プルカは、シャワーのぬるま湯を気に入ったのか、

少し甲高い声で鳴くようになった。


シャワーを終えた後、私は、服のかわりに、

昔買ったまま忘れ、放置していたレースのカーテンを、

プルカの身体に合わせたサイズに切り、彼女の身体に巻いてみた。

彼女は、レースの感触が肌に心地よかったのか、

嫌がる素振りもなく、少し笑ったような表情を見せた。



-----

プルカを始めて家に迎えた日から、数日が経った。

共に暮らすうちに、私は彼女の好みに合わせた生活を送るようになった。

例えば、私は周りの人間から、

それなりの珈琲愛好家として、認識される程度に嗜む生活を送っていたが、

彼女はあの香ばしい匂いに理解を示してくれなかったので、飲むのをやめた。


また、プルカの嫌いな物だけではなく、好きな物もわかってきた。

特に、あれから彼女はシャワーを気に入り、

時々私にせがむように、シャワーを欲しがるようになった。


今日もプルカは、少し高い声で鳴き、私の服の袖や裾を咥えて、引っ張る。

シャワーが欲しい合図だ。

私は彼女を優しく抱いて、バスルームへと向かう。


今日がプルカとの、最後の日だ。


プルカの傷は癒えた。 もうどこにも、痛々しい彼女の面影はない。

だが、私は彼女と初めてバスルームに向かった時のように、彼女を優しく抱く。


シャワーを浴びる彼女は、今日もうれしそうに甲高く鳴く。

私との生活に慣れてきた彼女は、

いつしか私に、無邪気な笑顔を向けるようになった。


最後のシャワーを終え、私がプルカの身体を拭いていると、

彼女を回収しにきた研究員が私の家のインターホンを押す音が響いた。


私は急いで、プルカにレースを着せ、ドアを開けた。


ドアの向こうには、

中世的な、カリナータパシフィックボアみたいな人相の研究員が、

カプセルを片手に待っていた。


「そいつの味は 楽しんだか?」

研究員は嫌味な口元を動かした。


どうやらプルカの入っていたカプセルと、

嫌味な手紙を送り付けてきた人間と同一人物のようだ。

こいつに傷つけられたわけではないのか、

プルカは研究員を、じっと見つめている。


私は、研究員に口を開いた。

「約束通り、ディープブルーカは返すさ。 だが、あんたの研究所は一体何をしているところなんだ」


研究員は、頭をかきむしりながら、嫌そうに答えた。


「何だろうが、かまわんだろう、金もやってドラゴンも抱かせてやるんだ。 それ以上は勘弁してくれよ」


別に、プルカを傷つけたことに関して、

何かしらの正義感を持っているわけではない。

むしろ、しばらく楽しく暮らせたのは、こいつのいる研究所のおかげだ。

しかもそれなりの金ももらえる。

だが、社会的に問題のある人間共と関わり合いになって、

巻き込まれるのだけは御免だ。


-----

1分ほど、沈黙が続いた。

研究員の出す答えに、不満を隠さず睨む私の手の甲を、生温かい感触が包む。

私と研究員が視線を落とす。

この空気が合わなかったのか、プルカが私に舌を這わせていた。


「へえ、人前でこんな事する芸でも教えたのか?」

研究員は人を馬鹿にした顔で竜も人に懐くもんだなと笑い、

瞬時に歪な真顔を見せた。


「さあ、お別れのキスは今のうちに済ましとけよ?」


流石に人前でそんなことは出来ないと言う暇もなく、

研究員は私からプルカを取り上げ、

嫌がる彼女のレースを剥ぎ、無理矢理カプセルに押し込んだ。


「金は振り込んどくよ。 人に懐いたドラゴンは良い研究対象だ。 ありがとよ」



-----

研究員が返った後、私は家のドアを閉めた。


家の中を、無音と寒さが支配している。


私は寂しさから逃げるように、珈琲を淹れる準備を始めた。

あの研究員は別れ際に、「また新しい女を連れてきてやるよ」と言ったが。


私の傷は、そんな簡単に癒えてしまうものなのかと思うと、

少し自分自身に虚しさを覚えた。


からっぽになった心に、久々に感じる珈琲の湯気と香りだけが、透明に広がった。

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