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ショートショート集

Dead End

作者: 菅原やくも

 午後の昼下がり、僕は浜辺を歩いていた。よく訪れる、好きな場所だった。もうじき春がやってくるけど、まだ風は少し冷たかった。


 もう三年が過ぎるかな……。世界中に蔓延した新型ウイルス騒ぎは終息した。僕のいる職場もようやく落ち着いた感じだった。街中もかつての様子を取り戻していた。でも、以前のときほどの活気は、もう無かった。


 僕はふと立ち止まって、振り返った。浜辺には僕以外に人の姿はなかった。それからまた、ゆっくりと歩きながら考えた。

 大流行した新型ウイルスは、世界人口のほぼ全ての人が感染したといわれていた。むろん、僕も感染した。幸いにも軽症で、予後は順調だった。だからこうして、今も生きてる。

 でも……彼女は違った。ほんとうなら、今も一緒に横に並んで歩いていたはずだったのに……。

 彼女は僕よりも症状が重くて、入院した。彼女は「平気だって、すぐよくなって戻るから」と言っていたのに。体調が急変したと知らせがあって、行ったときにはもう……。

 それでも今となっては、だいぶその事実を受け入れられたような気がする……。時折、まだ悲しみの感情が胸に込み上げることはあったけど、涙が出ることはなくなった。あるいは涙も枯れるのだろうか?


 また立ち止まって、海の方を眺めた。辺りには、少し風の吹く音と打ち寄せる波の音だけだった。あたりを振り返って見た。もしかしたら、いつもの笑みを浮かべて、小さく手を振って彼女がそこに立っているのではないかと……。

 でも、だれの姿もなかった。


 今度は来た方向に向いて、また歩き出した。

 それから僕は、今朝のニュースのことを思い出した。


“世界の出生率、ついにゼロになる”


 この新型ウイルス流行が落ち着きだしたころから気づいていた専門家もいた。というような話はあったが、詳しいことは知らない。

 原因はその新型ウイルスによるものなのか、あるいはワクチンの副作用も要因として関わっているのか、ハッキリとしたことは分からかった。中には、まったく別のウイルスが同時に流行していたのではないかという、とんでもない話もあった。いずれにしても、有効な治療法だの対策だのといった具体的な話は聞かれなかった。

 それにテレビは、相変わらず大げさに物事を伝えようとしていた。

 確かなことは……この状況が続けば、あと百年程度で人類は地球から消えるということだった。


 彼女はSF小説を読むのが趣味だったけど、もし生きていたら、なにか彼女らしい考察を述べてくれただろうか? それとも……ただ笑って、遠慮がちに「でも……私たちには、どうしようもないでしょ?」と、それだけ答えただろうか?

 僕は立ち止まってため息をついた。

「そうだな……どうしようもない。時には目の前の事実をすっかり受け入れる必要があるんだ。きっと……」

 僕はまた歩き出した。

 てっきり、また世の中はパニックになるかと思っていた。仮に ‘人類の寿命’ があと百年ばかりだとしたら、多くの人が自暴自棄になるような気もしていた。でも、街を見ても分かるとおり、みんなすっかり毒気を抜かれたみたいになっていた。僕の職場もそうだった。以前は超がつくほど忙しかったのに、今では半日で皆仕事を切り上げる日もあった。なにもかもがゆったりとした、慈愛のこもった……あるいは諦めにも似た、そんな空気が漂っていた。

 たぶん僕の住む街だけじゃなくて、きっと世界中にもゆっくりとした時間が流れているのだろう。

 余命宣告を受けた患者か……悟りを開いた僧侶か……残された日々をどう過ごすべきか……。

 とつぜん、頭の中に彼女の声が聞こえたような気がした。

「大丈夫だって。人類ってね、太古にも絶滅の危機を乗り越えてきたんだから、今回だってやってのけるかもしれないよ」

 そうだな……もしかしたら、将来解決策が見つかるかもしれない。

 ただ、今回のウイルス流行騒ぎによる自粛や経済活動の縮小の一方で、大気汚染だとか、水質汚染だとか、そういったものが著しく改善されたとかいう話を聞くのはある意味では皮肉とも思えた。それを思うと、以前の状態に戻るのが好ましいかどうかは……また、意見が分かれるのではないだろうか? あるいはそのことで騒動が起きるとしたら、それはそれで愚かなことのようにも思う。

 いずれにせよ、人の存在意義が問われている。そんな気がしないでもなかった。まあ……そんな小難しいこと考えたところで、僕に解決策が見いだせるわけではなった。はっきり言って、どうでもいい。


 僕の唯一の願いは、もう一度彼女に会いたい……優しくキスをして、愛していると伝えたい。それだけだった。

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