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3.強硬策

 重そうなリュックサックを抱えた恭助が離れの建物の中へ消えていった。それを確認すると、麻祐が青葉に耳打ちをした。

「先輩、うまく行きましたよ。今晩、作戦決行です」

「作戦?」

「そうです。青葉先輩がいとしの恭助さんを射止めるためにする必殺マル秘作戦ですよ」

「ちょっと、麻祐ちゃん。あのお守りはねえ……」

 青葉の顔が急に赤くなった。

「隠さなくても大丈夫です。お二人の関係はだいたい察しが着きます。恭助さんも先輩もそろいもそろって奥手なんだから、いつまで経っても進展がないのです。こういう時には、得てして大胆と思われる行動が功を奏するものですよ」

「大胆な行動?」

「そうです。恭助さんの寝込みを襲っちゃうんですよ」

「ええ? 襲っちゃうって、私が恭ちゃんを?」

「そうです」

「無理無理、そんなの絶対に無理だって」

 青葉が両手をかかげてかぶりを振った。

「それじゃあ、なんですか。先輩は、恭助さんのことはあきらめてしまうんですか?」

「それは、困るけど……、でもそれと強引に行くってことは、なんというか、ちょっと違うような気がするけど」

 青葉がぶつぶつとぼやいた。

「そんなことだから、いつまでたっても先輩は恭助さんのアクセサリーというかマスコットなんですよ。いつまでも永遠にしわくちゃのおばあちゃんになっちゃうまで、それでいいんですか?」

「そうなのかなあ。うん、たしかにそれは困るけど……」

「でしょう。やるしかありません。この深刻な状況を打破するには、強硬策あるのみです!」

「うん、いわれてみれば、そんなような気もする。頑張ってみようかなあ」

「私に任せてください」

 そういって、麻祐はたのもしげにこぶしで胸をドンと叩いた。


 麻祐と青葉は真夜中になると、足音をひそめて離れの建物に入っていった。

「先輩、サインペンとスマホは持ってきましたよね」

「うん、持ってきた」

「サインペンは油性じゃなきゃダメですよ。水性じゃ書いたところでにじんでしまいますからね」

「大丈夫よ。でも、麻祐ちゃん、本当にやるの?」

「情勢は極めてひっ迫しています。もはや、やるしか選択の余地はありません」

「恭ちゃんに二人がかりで襲い掛かって、そのう、パンツを引きずり降ろして、恥ずかしいとところにサインペンで落書きをして、それを写真に撮ればいいのよね。ああ、できるかしら……。ええと、なんて書けばよかったっけ?」 

「『青葉ラブ』です。ラブは文字の代わりにハートマークで代用してもいいでしょう」

「でも写真を撮る目的は?」

「撮った写真をインスタでバラまくぞとおどかせば、さすがの自由奔放、唯我独尊、傍若無人の恭助さんといえども、なんでもこちらのいうことを聞かざるを得なくなるでしょう」

「そのお、やっぱり落書きは書かなきゃダメ?」

「ダメですよ。なにも書かなきゃ、どこの誰のものなのか判別ができないじゃないですか。後になって恭助さんに、その写真は俺のものじゃないよ、としらばっくれられたら、すべてのうちらの努力は水泡と化すのです」

「うーん、自信ないなあ……」

 電灯が灯された真っ暗な部屋の中で、布団にくるまりながら恭助がグーグーと寝ていた。それを確認した麻祐と青葉は、恭助に気付かれないようにそろそろと部屋の中へ入っていった。

「じゃあ、先輩、打ち合わせ通りに行きますよ。覚悟はできていますよね」

「いいわ、麻祐ちゃん。もうこうなったらやるしかないわ」

 麻祐が部屋の電灯を点けた。蒸し暑かったのか、恭助は掛け布団を跳ね除けて大の字になって寝ていた。

「うーん、むにゃむにゃ、愛しているよー」

 恭助が寝言をつぶやいた。

「大変です、先輩。今の寝言を聞きましたか?」

「いいえ、よく聞こえなかったけど……」

「今、恭助さんは、『理沙りさちゃん、愛しているよー』っていったんですよ。誰なんですか。理沙ちゃんって。やっぱりいたんですよ。この間男まおとこ、色魔、エロ男爵。まさに不届き千万せんばん。先輩、こうなったらもう一刻の猶予も許されませんよ」

 そう叫ぶと、麻祐は仰向けに寝ている恭助の胸にどっかと乗っかって、恭助の両腕を万歳させた状態にして布団に押し付けた。

「わわっ、なになに?」

 目を覚ました恭助は、動揺したまま事態が全く把握できていない様子だった。

「ちょっ、ちょっと、まゆゆじゃないの。いったい、どうしたのさ」

「青葉先輩、今です。はやく恭助さんのトレーナーを脱がしちゃってください!」

 麻祐が大きな声で、青葉に指令を出した。麻祐にマウントを取られて無防備になっている恭助の下半身に、青葉がそろそろと近づいていった。

「さあ、先輩。遠慮なく、ガバッと」

「分かったわ、麻祐ちゃん。えいっ!」

 覚悟を決めたかのような青葉の声が、麻祐の背後から聞こえてきた。

「えっ、なんだ。ちょっと、待てよ」

 トレーナーが脱がされそうとしていることを察した恭助は、慌てて状態を起こそうと身体に力を入れた。

「ええい、おとなしくしていてください」

「そうか、ズボンをおろそうとしているのは青葉だな。おい、本当に脱がす気か? やめろー」

 ちょっとの間をおいて、青葉が小声でささやいた。

「麻祐ちゃん、本当に脱がしちゃったけど、どうしよう?」

「先輩、恭助さんの、きちんと付いていますか?」

「えっ、その……。付いているわよ。かわいいのが……」

「上出来です。先輩。そのまま次なる作戦決行です!」

 麻祐の大きな声が高い天井にとどろき渡った。

「青葉、やめろー。まゆゆ、冗談はここまでだ」

 恭助が力を込めて、押さえ込んでいる麻祐の両手をググっと押し返した。

「ちょっと、やばいです。恭助さん、チビ助とはいえさすがに男の子だから、私ではこれ以上持ちこたえられません。青葉先輩、早くしてください!」

 麻祐も必死だ。

「麻祐ちゃん、だめよ。動かれちゃって字なんか書けないわ」

「ええい、作戦変更です。こうなったら手っ取り早いのでいきましょう」

「えっ、どうしたらいいの」

 青葉がうろたえながらも訊ねてきた。

「マーキングをするんです。具体的にいえば、しゃぶっちゃうんですよ。恭助さんの〇〇〇を……。この子は誰にも渡さないわ、私だけのものよ、って感じです!」

「分かったわ、麻祐ちゃん。やってみる!」

 青葉が泣きそうな声を発した。

「やめろー、青葉。馬鹿なことは。ああ、気持ちいい……」

「先輩、やりましたか?」

「いえ、その、麻祐ちゃん……。ダメよ、できないわ」

「ええい、この期に及んで。先輩、甘えは禁物ですよ。多少汚そうな〇〇〇でも、ちょっとくらいサイズが粗末な〇〇〇でも、愛する恭助さんの〇〇〇なんですから、目をつぶって、しゃぶっちゃってください。

 だいたいですねえ、恭助さん。あんた、さっきお風呂入ったんだから、〇〇〇ぐらいきれいに洗っておいてくださいよー」

「えっ、俺、きちんと洗ったような。いいや、そんなことよりさ、まゆゆ。おまえ、さっきから放送禁止用語の連発過ぎだぞ」

「麻祐ちゃん、違うの。そうじゃなくて、その……、根本的にあたしには無理なのよ。そんな、はしたないことは……」

「いい加減にしろ、我慢の限界だ」

 恭助が足に渾身の力を込めて、麻祐の身体が少しだけ持ち上がった。

「もう、恭助さん、めんどくさいですねえ。ええい、こうなったら、最後の手段です!」

 麻祐は恭助の顔面を両手でつかむと、自慢の豊満な胸の中にぎゅうっと押し付けた。

「わわっ、やめろー、まゆゆー。息ができないー」

「おだまりなさい、恭助さん。先輩、さあ、早く!」

「麻祐ちゃん、ちょっと待って……。血よ――、血が出てきちゃったわ!」

 突然、青葉の声が大きくなった。

「ええっ、恭助さんって、まさかの女の子だったんですか?」

「そうじゃなくて、ほら、恭ちゃんの鼻血が……」

 麻祐の胸の中で失神寸前になっている恭助の顔を、青葉が指差していた。

「あらら、出血したのは鼻のほうだったんですね。わわっ、恭助さん。私のパジャマが汚れちゃったじゃないですか。どう責任取ってくれるんですかー」


 布団の上でどっかと胡坐あぐらをかいた恭助が、畳の上に麻祐と青葉の二人を座らせて、とつとつと説教を始めた。

「とにかくだ――、あんまり男女の違いについていいたかないけどさ、今回お前らが俺に対してしたことを、もしもだぞ、逆に俺がしていたら、間違いなく刑務所直行便だよな」

「はい、十分に反省しています」

 青葉が泣きじゃくりながらぺこりと頭を下げた。本当に心底反省しているようだ。その神妙な様子を確認して、恭助は満足げに表情を緩めた。

「そういうことだ。まゆゆも反省しているよな。なにしろ、この俺を強姦レイプしたわけだからな」

「まあ、ちょっとだけなら……、やり過ぎたとは思っています」

 ちょこんと頭を下げたものの、麻祐は口をとがらせていた。

「そういうことだ。うんうん。

 だいたいなあ、女の子に闇討ちで突然に覆いかぶさられて、パンツをはぎ取られたうえに、恥ずかしいところをもろに見られてしまった気持ちになってみろよ。男だってさあ、その屈辱感はおんなじなんだぞ」

 恭助の声のトーンがいよいよ上がってきた。すると、不満を一気にぶつけるかのように、麻祐が畳をこぶしでドンと叩いた。

「いいじゃないですか。好きな女の子に、〇〇〇の一つや二つ見られたって。それとも、恭助さんは青葉先輩が好きじゃないとでもいうんですか?」

「いや、それとこれとは話が別だよ。だいたい、そのだな、見られたのはパンツじゃなくて、中身だぞ。そんなところ、誰にだって見せたことがないんだからなあ。相手が好みだろうとそうでなかろうと、そんなことは関係ないじゃんか」

 恭助のしどろもどろの言い訳を耳にした麻祐が、小ばかにするように口元を緩ませてほくそ笑んだ。

「ふっ、聞きました。青葉先輩。恭助さんはね、今自分が童貞だって白状しましたよ」

「えっ、どうしてそうなるのさ」

 恭助の顔が真っ赤になった。

「だって、〇〇〇を誰にも見せたことがないっていったじゃないですか」

「ちょっと待てよ。見られてないことがそのままイコール童貞につながるとは限らんだろう。電気を消して行為に及んだかもしれないし。それよりな、まゆゆ。年頃の女の子なんだから、くどいようだが、放送禁止用語の連発はやめた方が……」

「往生際が悪いですねえ。ほうら、顔がひきつっていますよ」

「だから、今の論点は俺が童貞であるかどうかではなくて、俺が被害者だってことなんだよ」

 恭助は必死に自己論法を貫き通そうとした。

「いい加減にしなさい。恭助さん!」

 麻祐の突然の怒鳴り声に驚いた恭助が、反射的にみずからの居住まいを正した。

「被害者が恭助さんですって。ふん、ちゃんちゃらおかしいですよ。被害者だったらずっと待たされまくっている青葉先輩のほうじゃないですか。あんた先輩のことが好きなんじゃないんですか?」

「いや、そのお、結論をいえば、好きだけどさあ……」

「だったら、こんなに美人で引く手あまたの青葉先輩が、恭助さんを思って処女を守り通している責任を、どう取ってくれるんですか?」

 青葉が顔を真っ赤にしてうつむいた。

「いや、ちょっと、青葉が処女かどうかは今の論点では……」

「おだまりなさい。だいたい二十三歳にもなって健全な男女が童貞と処女のまんま付き合っていて、恥ずかしくないんですか?」

 気が付くと、麻祐ひとりに向かって、恭助と青葉のふたりが居住まいを正して説教を受ける状態になっていた。

「なんか、論点がどんどんおかしくなっていくような……。ええとさ、そういうまゆゆはどうなんだよ」

 ついにブチ切れた恭助が、麻祐を非難した。

「私ですか? 私なら、やっていますよ。彼と月一ペースで」

「ええっ、彼氏がいるの?」

 恭助と青葉が同時に目を丸くした。

「ええ、もうすぐ結婚する予定なんです」

 我に返った麻祐が顔をポッと赤らめた。

「そうなの。麻祐ちゃん、おめでとう!」

 青葉がぱちぱちと手を叩いて祝福した。

「うんうん、まゆゆ、めでたいよ」

 恭助も笑顔になってうなずいた。

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