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11.一軒宿

 長く続いた坂道も、葛和大橋まで下ってきて、ようやく地面が真っ平らになった。たしかに、弓削巡査部長がいっていたように、村が誇るだけの立派な橋である。たとえ対向車線に大型バスがやって来ても、十分にすれ違える広さを有し、おまけに両サイドは手すり付きの歩道まで設置されていた。橋を渡って岐阜県側へ出ると、国道四十一号線の標識が立った道路が南北に伸びている。T字交差点のところに葛輪口くずわぐちというバス停があるから、ここがバス路線であることもすぐに分かった。交差点を国道四十一号線沿いに南へ下ると、道路が急に狭くなって、通りの両側にはたくさんの家々が密集しながら軒を連ねるちょっとした商店街ができていた。どうやらこの近辺は、昔から代々あった家々が立ち並ぶため、道路の拡張工事が満足にできなかったようだ。これでは先ほど渡った葛和大橋の道路のほうがよっぽど広かった。商店街の入り口には、小林薬店と大きく看板を掲げた薬屋が見えた。

「おそらくこの通りに鈴屋すずのやはありそうだね」

 そういって、恭助は商店街とは反対の方向へ、つまりは国道四十一号線を北に向かって、歩き始めた。

「ちょっと、恭助さん。どこへ行くんですか。商店街はこっちですよ」

 麻祐が慌てて恭助を呼び止めた。

「うん、分かっているよ。でもさ、まだ陽も高いし、こっちの地区も見てみたくない?」

 なにも悪びれる様子もなく、恭助は平然と答えた。

「麻祐ちゃん。こうなっちゃうと、いうこと聞かないから。恭ちゃんは……」

 青葉が後ろから麻祐の肩をそっとたたいた。


挿絵(By みてみん)


 葛輪口のバス停から国道を猪谷駅がある北方向へ進むと、突如左側に急な斜面が現れる。そこはお茶栽培の段々畑が広がっていて、遥か彼方の高台のてっぺんには、学校の校舎の建物がポツンと小さく見えた。アスファルトで舗装されたくねくね道路が一本つながっているけど、その途中に、おしゃれな造りの赤い屋根の家が一軒だけたたずんでいる。

「きれいな家ですね。西洋風の建築様式になっています」

 麻祐が高台の家を指差した。

「たしかに葛輪地区の家っていったら、そろいもそろって黒い瓦屋根ばかりだったからね」

「でもこの辺りって、あの高台の洋館を除けば、そんなに立派な家は見当たらないわよね」

 国道沿いに点在する家々を見て、青葉が率直な感想を漏らした。

「そうだね。富山県側の葛和地区の家は、みんな高い防風林に囲まれて、区画もしっかりとし切られていたのに、こっち側の家って、庭だってあるかないかで、ほったて小屋のようなしょぼい家もいっぱいあるよね」

 恭助が指摘するように、同じ葛和地区でも、富山県側と岐阜県側とでは明らかに雰囲気が異なっていた。

「あっ、おばさーん」

 恭助が急に声を張り上げた。視線の先には、野良着姿の年老いた農婦が一人、茶畑で作業をしていた。ちょうど恭助が立っている足もとから、段々畑を上っていけるあぜ道が伸びていた。人に踏み固められてできたその道は、大きく迂回した舗装道路をまっすぐに突っ切って、高台へ一気にのぼる近道にもなっていた。恭助は大きく手を振りながら、急斜面のあぜ道を小走りにのぼって、女のほうへ近づいていった。女は面食らった様子でこちらを見ていたが、あまりにもなれなれしい恭助に、逃げるタイミングすら失ってしまったようだ。

「ちょっと聞きたいんだけどさあ、ここって葛輪くずわ部落だよね」

 息を切らしながら、恭助が訊ねた。ふと下を見下ろすと、翡翠ひすい色をしたきれいな川面の神通川が、とうとうと流れていた。

「あんた、誰やけ」

 女が小声で返した。かなりそわそわしているみたいだ。

「俺は、恭助っていうんだ。ここは葛輪部落だよね」

 恭助は名を名乗ると、再び同じ質問を繰り返した。

「そうちゃ」

 女は『ちゃ』という語尾を用いて、肯定した。この辺りの方言なのだろうか。

「てことは、つまり、ここは富山県ってことだよね」

「なーん、富山県ちゃないがあ。ここは岐阜県ちゃ」

 『なーん』という言葉は、この地区独特の方言らしく、否定の意味を表しているような印象を、なんとなくだが感じた。

「葛輪って、たしか富山県にある部落じゃなかったっけ?」

 すでに分かり切ったことなのに、しらじらしく恭助は問いかけを続けた。

「そりゃかみクザワっちゃな。こっちはよう、しもクザワやがねえ」

 女がまじめに説明をした。彼女の口からは、葛輪くずわではなくて、クザワと発音されているように聞こえた。

「へえ、上と下があるんだ。おんなじ部落なのにねえ」

「こっちのご先祖様はみーんな小作人っちゃ。それにつけ、あっちゃ裕福な家ばっかやけ。だからあ、いつも身勝手なことばっかいってくるがあ。下クザワはいつも上のいいなりになって、ずっーと長い間やってきたっちゃ」

 長年のうっぷんを晴らすかのように、女が強い語調でぼやいた。

「でもさ、なかよし懇親会があるんでしょう。富岐の会とかいう」

「そんなもん、ずうっと前にのうなっとるっちゃ。あの忌まわしい事件があってからなあ……」

「忌まわしい事件?」

「もう二十年ほど昔になるがあ……」

 老婆はさびしそうに遠くを見つめていたが、突然はっと何かを思いついた様子で振り返った。

「いんや――、あんたらよそもんじゃろう。もう話すことなんかなんもないちゃ。あっちへ行かれ」

 それっきり、何を訊いても女は答えてくれはしなかった。


挿絵(By みてみん)


 陽もだいぶ傾いてきたので、恭助たちは葛輪口の交差点まで戻ってきた。なんとしても今晩の宿となる鈴屋すずのやを見つけなければならない。商店街のちょうど真ん中あたりまでくると、右手に鈴屋の建物があった。商店街の店の中でも、ひときわ大きな二階建てである。しかし、恭助が訊ねたところ、宿屋は二年前に廃業して、もうやっていないとのことだった。

「申し訳ないっちゃ。もう夕方やし、今日は食堂も定休日だから、これからだと食事の用意もできんがあ……」

 鈴屋の女将おかみが玄関口まで出てきて、恭助たちの応対をした。一重まぶたで小柄の、かわいらしい感じがする若い女性だ。

「この辺にほかに宿屋はないのかなあ?」

「うーん、少なくとも葛輪にはないっちゃね。猪谷まで行けばちょっとはあると思うけど」

「食事はなしの素泊まりで大丈夫だよ。ただ、男一人と女二人なので、できたら二部屋以上借りたいなあ」

「まあ部屋だったらいくらでも用意できるがあ、最近は誰も泊めておらんから、なんか起こっても責任も持てんし……」

「つまりは、泊まれるってことだよね。やったあ。それで、いくらで泊めてもらえるの」

「なーん、泊めてやるなんて、一言もいっとらんがねえ」

 女将は慌てて拒んだが、すでに恭助のペースにはまっていた。

「でもさあ、このままここに泊めてもらえずに野宿ってことになると、俺はともかく、こちらの二人がねえ……」

「仕方ないっちゃねえ。うちの人に聞いてみるから、そこでちょっと待っとられ」

 そういって、女将は奥の方へ引き下がったが、すぐに男を引き連れて戻ってきた。

「こん人たちかのう? ああ、わしは鈴屋の主人の鈴原勇二すずはらゆうじと申します」

 男は軽く頭を下げて、自己紹介のあいさつをした。年の頃は五十前後で、陽に焼けた健康そうな男だ。

「まあ、寝るだけでよければ、泊まるのは一向にかまわんがあ」

 強引な恭助に押しまくられる形で、主人はしぶしぶ了承した。

「ありがとう。それで宿泊代はいくら?」

「食事なしなら、お一人三千円でかまわんっちゃ」

「OK、交渉成立だ。じゃあ、今晩の宿を三人分たのむよ」


 主人と女将の二人に案内されて中へ進むと、長い廊下があらわれた。有名女優といっしょに従業員たちが並んでいる記念写真の額縁や、元宿泊客なのか、たくさんの有名人たちの直筆サインが書かれた色紙が、壁一面に飾られていた。なぜか狸の立派なはく製がポツンと置いてあり、隅に置かれた本棚にはたくさんの漫画単行本がところせましと並んでいた。

「へー、きれいに掃除されているね。全然、宿屋もやっていけるじゃん」

 女将のうしろを歩いていた恭助が、なれなれしく話しかけた。

「今は食事とカラオケスナックのサービスだけにしとるっちゃが、それも今日はたまたま休みだもんでねえ」

 女将が申し訳なさそうに答えた。

「へえ、カラオケをやってるの。じゃあ、今晩はカラオケパーティだな」

「そんなお金はないわよ」

 はしゃぐ恭助に、青葉がしっかりとくぎを刺した。

「最近はお客さんが少のうなって、宿泊業が成り立たたんっちゃ」

 主人がぼやくようにつぶやいた。

「昔は、古狐ふるぎつね山や大高おおたか山目当ての登山客が訪れたり、横山楡原衝上断層よこやまにれはらしょうじょうだんそうを見に来る観光客がいくらかいて、なんだかんだでやっていけたっちゃがなあ」

「えっ、横山なんとかってなに?」

横山楡原衝上断層よこやまにれはらしょうじょうだんそう――。国の天然記念物にも指定されとる有名な断層っちゃね」

「ふーん。近年どこもかしこも無理やりPRの村おこしで、全国的に観光地が増えているから、ここは取り残されちゃったのかなあ?」

「それよりあの事件がいかんかったっちゃ。あれから、観光客が激減しちまったがあ」

 主人が大きくため息を吐いた。

「あの事件?」


 恭助たちを部屋へ案内し終えた鈴原夫妻は、そのあとでせきを切ったように、やり場のない不平不満を恭助たちにぶちまけ始めた。

「この辺りはなあ、江戸時代には飛騨の高山と日本海の富山湾を結ぶ交通の要所ということで、富山藩が今の猪谷駅のすぐ南のところに西猪谷関所を設置して、商売取引を管理していたそうちゃ」

 主人は座布団を並ると、三人を座らせた。

「昔は栄えていたってことだね」

 女将が運んできた和菓子を片手に、恭助が相槌を打った。

「この葛和村は、昔からあんまり人が訪れないさびしい集落だったっちゃ。一説によると、壇ノ浦の合戦で負けた平家の落ち武者が、ひそかに開拓した隠れ里ともいわれとるがあ。だから、代々葛和村の住民たちはよそ者に対する警戒心が半端なく強かったっちゃね」

「へー、平家の落ち武者が切り開いた山里だったんだ。じゃあ、この里のどっかに平家の財宝が埋められているかもしれないね」

「はははっ、だとしたらありがたいけんど、かつて栄華を極めた茶栽培も高度経済成長期の頃から一気に不況になっちまったがあ。特にこの辺の寒い気候じゃあ、太平洋側の静岡県や三重県のブランドにまったく歯が立たなくってのう、でも最近になって紅茶葉の栽培へ方針転換して、そいつがようやく軌道に乗りかけたところで、ほうれ、あの事件っちゃ……」

「細池毒果実酒事件だね?」

「そうちゃ。あの事件のせいで葛和村の全部が駄目になっちまったっちゃ。マスコミがたくさん押しかけたあたりは宿泊客も多かったが、それも一時で、そのあとで犯人が古狐山に立てこもって、最終的にそこで自殺をしちまったから、それ以来、みんな気味悪がって、古狐山の登山をせんくなったがあ」

古狐山ふるぎつねやまねえ」

 そもそも名前からして気味が悪い山だよね、といおうと思ったのを、恭介はかろうじて思いとどまった。

「あの山の頂上からは葛和村が一望できて、それは見事な絶景なんちゃ。結構人気もあった山じゃが、今じゃあ誰ものぼらんくなって、登山道もすっかり荒れちまったがあ」

「犯人ってどんな人だったの?」

 さりげなく恭助が夫妻に訊ねた。

「犯人は、マモルという名前の、上葛輪の住民っちゃ。わしと同じ小学校の三つ下じゃから、昔からよう知っとる。小さい頃は泣き虫でどうしようもない意気地なしじゃったがあ。まさか大人になってあんな大それたことをやらかすなんて、誰も思っとらんかったっちゃ」

 主人がしみじみと犯人について語った。

「でも、写真でしか見とらんけど、私の目からは、守は役者まがいのいい男だったっちゃ」

 女将が割り込んできて、いい返した。

「お前は、事件の時にまだここへ嫁いでおらんかったから、あいつのことがそう見えるっちゃよ」

 主人が決め付けた。

「なーん、当時の守は、女衆からは絶大な人気があったっちゃ。でもあんな事件をしでかして、今でこそ女の仇敵になりさがっとるがねえ」

 女将も負けずにいい返す。

「へっ、当時ここにおらんかったくせに、細かいことまでよう知っとる。家内はおしゃべり好きだで、村の衆からいろいろとうわさ話を聞き出すのが得意なんちゃ。

 とにかく守は根っからの臆病者っちゃ。そういえばあいつ、幼い時にあやまって毒を飲んで、あやうく死にかけたことがあったっちゃなあ」

「毒だって?」

 恭助の目が光った。

「ああ、あれは守が小学四年生の時っちゃな。どういったいきさつかは知らんが、山に生えとる毒草の花を摘んできて、いきなりぺろっと食っちまったらしいんちゃ。無鉄砲にもほどがあるっちゃな。そのあとでコウメイ先生の診療所へ運ばれて、胃洗浄やらなんやらと治療を施して、どうにか命はつなぎとめたものの、相当に危なかったらしいっちゃな」

「なんの毒草だったのかなあ」

附子ぶすっちゃ」

「附子ね……。いわゆる、トリカブトのことだよね」

 恭助が反射的にいい換えた。

「附子はこの辺りの山々には普通に自生しちょるがあ、食っちゃならねえ猛毒の植物なのは、村の衆なら誰だって知っとるっちゃ。じゃが、守は小学生だったから、そん時は知らんかったかもしれんちゃな」

「それにしても、なにを血迷ってトリカブトの花なんか食べようと思ったのかなあ」

「さあな。もしかしたらテツオならその理由を知っておるかもしれんちゃ。なんせ、鉄男は守と同級生っちゃからなあ」

「ふーん、弓削鉄男さんねえ」

 恭助はぼんやりと天井を眺めていた。弓削忠一郎巡査部長の話に出てきた弓削鉄男は、事件当日に最終的に毒が仕込まれることとなるワインを酒屋まで直接買いに行った人物だ。

「その弓削鉄男って人は、今はどこに住んでいるのですか?」

 ずっと口を閉じていた麻祐が、久々に口を開いた。

「鉄男の家は、上地区の会長の家からこっちへ少し下ってきたところにあるっちゃ」

 鈴屋の主人が説明すると、女将がそれに付け足した。

「会長さんの家より葛和郵便局をちょっとばかし上がったところ、って説明のほうが分かりやすくないっちゃか?」

「会長さんの家って、そもそもどこにあるのかなあ?」

 恭助が慌てて訊き返した。

「なんちゃあ、道夫さんの家も知らんっちゃか。会長さんの家はよう、上地区の一番奥で、この辺り一番の豪邸っちゃ」

「そいでもって、公民館のすぐ横にあるっちゃね」

 すかさず女将も補足をした。

「そうか、公民館の隣に地区会長のお屋敷があるんだね……」

 ようやく恭助がうなずいた。

「そして、会長さん宅から道をはさんで向かい側の家こそ、犯人の守がかつて住んどった家っちゃな」

「かつて住んでいたということは、今は誰が住んでいるの?」

 恭助が首を傾げた。

「事件の直後は、守の母親が暮らしておったが、さすがに息子が仕出かした事の重大さに、村に居づらくなったか、ある日突然姿をくらませちまって、それからあそこには誰も住んでおらんっちゃ」

 主人が腕組みをしながら答えた。

「そうなんだ。ところで、会長さんってどんな人物なの?」

 恭助の質問に、鈴屋の夫婦は口をそろえて、地区会長は立派な人格者である、と主張した。

「地区会長の道夫さんはこの辺りで幅を利かせている土建会社の社長さんでな、昔からずうっと葛和村のことを真剣に考えてくれとるいい人っちゃ。かつてこの近辺に大型スーパーの建設案が持ち上がった時、道夫さんが県庁まで顔を出して案を差し止めてくれたから、今でもこの商店街は元気でやっていけてるっちゃな」

「ふーん、この下葛和地区商店街の繁栄は、ひとえに会長のおかげってわけだ」

 恭助がさり気なく返した言葉を耳にした瞬間、主人の眉間に大きなしわができた。

「おいおい、この商店街は下葛輪なんかじゃないがあ。ここは中葛輪っちゃ」

「えっ、そうなの? なか葛和ってのもあるんだね」

 恭助が慌てて頭を掻いた。

「下葛輪は猪谷の方向へいった河童橋かっぱばしのバス停周辺を指すっちゃ。いまだに汲み取り式便所の家がようさん残っとるから、あそこを歩いとると年がら年中臭ってくるっちゃな」

「でも、下葛輪にあった段々畑の丘の途中に、とってもきれいな西洋風の御殿が、たしか建っていましたねえ」

 横から麻祐が口をはさんだ。

「洋風の御殿がかあ?」

 主人が不思議そうに首を傾げた。

「ああ、それはきっと『百合ゆり御殿』のことっちゃよ」

 女将が断言した。

「百合御殿だって?」

 今度は恭助が疑問を呈した。

「あそこはもともと亀井ゆり子って名前の未亡人が住んどったっちゃ。その人のおうちやけ、百合御殿と呼ばれとるっちゃ。でも今は、新潟からやってきた若夫婦が、屋敷を買い取って住んどるがあ」

 女将があっさりと答えた。

「ゆり子は例の事件の被害者の一人っちゃな。もともとひとり暮らしやけ、事件後はしばらく百合御殿は空家になっとったが、なんせ文句の付けようがない最高物件やけ、買い手がすぐに現れて、今のようになったっちゃな」

 主人が付け足した。

「ふーん、よっぽどお金持ちの未亡人だったんだね。そのゆり子さんって人」

 恭助がぽつりとつぶやいた。

「まさか……。ゆり子は下地区の住民じゃけ、金なんか持っとりゃせんちゃ」

 主人が強く否定した。

「パトロンが出費しとったちゃね」

 女将が小声で付け足した。

「パトロン?」

「会長の道夫さんっちゃ。ゆり子は道夫さんのお気に入りの愛人やけなあ」

「愛人だって……?」

 恭助が目を丸くした。

「ああ、そんことだったらあ、村の衆ならみーんな知っとるっちゃ」

 鈴屋の主人はすまし顔で答えた。


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