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1.北海道

※この作品はフィクションです。舞台となる地名や施設、登場人物などは、実在のものとは一切関係ありません。


 この小説の時代背景は二〇一八年の八月ですが、登場人物の年齢欄には、その十九年前の一九九九年七月二十八日当時の年齢が記されています。あらかじめご了承ください。



 登場人物 (一九九九年七月二十八日、事件当時の年齢)


古久根こぐね麻祐まゆ ( 3) 北海道在住の女の子。 

瑠璃垣るりがき青葉あおば ( 5) 医学部の学生

如月恭助きさらぎきょうすけ  ( 4) 理学部の大学院生

堂林凛三郎どうばやしりんざぶろう (13) 所沢在住の私立探偵


弓削ゆげまもる   (29) 麻祐の父親、故人

弓削ゆげ恵理えり  (28) 麻祐の母親、故人

弓削ゆげ志貴子しきこ (52) 上地区の住民、守の母親

弓削ゆげ道夫みちお  (49) 上地区の住民、村一番の地主

弓削ゆげ小夜子さよこ (41) 道夫の妻、故人

弓削ゆげ鉄男てつお  (30) 上地区の住民、独身のお調子者

恩田おんだ孝明たかあき  (49) 上地区の住民、診療所の医師

恩田おんだのぞみ (50) 孝明の妻、故人

宮地みやじ奈美香なみか (24) 上地区の住民、看護士、故人

宮地みやじ久子ひさこ  (45) 奈美香の母親 

亀井かめいゆり (29) 下地区の未亡人、故人

弓削ゆげ忠一郎ちゅういちろう (14) 上地区の住民、駐在所の警察官

弓削ゆげ忠達ちゅうたつ  (42) 忠一郎の父親、故人

弓削ゆげ時枝ときえ  (56) 下地区の住民

鈴原すずはら勇二ゆうじ  (32) 中地区にある鈴屋の主人

鈴原すずはらこずえ   (31) 鈴屋の女将、福井出身で七年前に嫁いできた

山村やまむら清志きよし  (34) 中地区にある山村酒店の主人

山村やまむら景子けいこ  (32) 清志の妻

小林こばやし桐子きりこ  (34) 中地区にある小林薬店の女主人、独身

円寂えんじゃく    (51) 蓮照寺の住職



 目次


 【出題編】     14.葡萄酒

 1.北海道     15.避妊具

 2.幸福駅     16.蓮照寺

 3.強硬策     17.鉄砲水

 4.湖巡り     18.診療所     

 5.黒電話     19.平家蛍

 6.畳の間     20.挑戦状

 7.籠の鳥     

 8.報告書     【解決編】

 9.葛和村     21.輪島市

10.駐在所     22.目撃者

11.一軒宿     23.疑問点

12.夏夜夢     24.真犯人

13.公民館     25.古狐山






長い坂を上っていくと、赤いお地蔵さんが立っていた。近くにはきれいな翡翠色の川が流れていて、そのあと、わたしはとある建物へ入っていった。とても広い畳部屋があって、人がたくさんいた。そして、そこにいた人は、みんな踊っていた――。



 中部国際セントレア空港を飛び立った日本航空3303便は、予定通りの十三時十五分に北海道のとかち帯広おびひろ空港へ到着した。この便は八月限定の季節臨時便で、一日一往復、週四日の運航となっていた。地球温暖化の影響が少なからずあるのだろうか、八月上旬のこの日の北海道は気温三十度をゆうに超えて、ギラギラと照り付ける直射日光で焼け焦げた滑走路のアスファルトからは、ゆらゆらと重々しい陽炎かげろうが立ち込めていた。

空港の出口でひとり来客を待ち受けていたのは、古久根こぐね麻祐まゆだ。北海道在住の彼女は、大学出たての社会人一年生である。水玉模様の黄色いブラウスに、肩紐付きで腹部まで覆ったデニムのサロペットを着こなし、頭にはカウボーイさながらのベージュのテンガロンハットをかぶっていた。丸顔の笑顔はこの上なく愛らしいのだが、大きく膨らんだ胸は超攻撃的で、まさに肉食系を彷彿させる女の子である。

「北海道へようこそ。青葉先輩」

 ゲートから現れた来客に向かって、後ろ手を組んだ麻祐が元気な声であいさつした。

「麻祐ちゃんのお誘いに甘えてやって来ちゃった。よろしくね」

 ぺこりとお辞儀を返したのが、すらりと細身の、黒髪ロングの女の子だ。カジュアルな白地のTシャツに黒のモノトーンロングスカートと、いたって装いは地味シンプルなのだが、とかく目鼻立ちの整った美人たるがゆえに、すれ違う男性旅行客たちの熱い視線が四六時中彼女の身体に突き刺さってくる。彼女の名前は瑠璃垣るりがき青葉あおば。赤ぶちの眼鏡がトレードマークの医学生である。

「あらら、恭助さんもご同行ですか」

 青葉のうしろに控える、大きなリュックを背負った男の子に、麻祐の目が停まった。

「ええ、私が北海道へ行くっていったら、一緒に行きたいって、あんまりしつこかったから、ついつい連れてきちゃったのよ」

 恥ずかしそうに顔を伏せながら、青葉が言い訳をした。

「よろぴく。まゆゆ」

 時代遅れのピースサインを取りながらひょっこり顔を出したのが、如月恭助きさらぎきょうすけである。実はこの人物、そんじょそこらで見掛ける俗人では決してなく、過去に名だたる難事件を次々と解き明かした名探偵なのだ。しかし、顔にこれといった特徴がなく、パッと見、しごく典型的かつ標準的な現代風の青年なのだが、こと背丈となるといたってこれが断然特徴的で、はっきりいうと、この男の子の背丈は、女の子の青葉よりもずっと低くて、麻祐と比べてもそうは変わらなかったのだ。

「そうですか。こっちはぜんぜんかまわないのですけどね。でも、恭助さんが来るとは想定外でしたから、軽トラでここまで迎えに来ちゃいました」

「えっ、どういうことさ?」

 淡々と語る麻祐に向かって、恭助が問い返した。

「だから、軽トラということは、乗車ができるのが運転席と助手席しかないってことです」

「ああ、問題ないよ。助手席で青葉とくっついて座るからさ」

「絶対にだめです。運転が危険になっちゃいます。こう見えても私は免許取り立てなんですから、変なプレッシャーを掛けられてしまうと、皆さんの命の保証が出来かねます」

「免許取り立てだって?」

「命の保証が出来かねる……?」

 恭助と青葉がわずかな時間差を付けて反応した。

「ええ。一週間前に見事ゲットしたばかりの、ピカピカの若葉マークですよ」

「ふーん、なんだか心配だなあ、事故とか起こしちゃ、やなんだけど……」

 恭助のさりげなく発した言葉に、青葉は肩でピクッと反応した。

「いきなり失礼な発言ですねえ。まあでも、大丈夫ですよ。ここは天下の北海道ですから、道路は広くて安全なんです」

 麻祐も負けていなかった。

「あれれ、さっきの発言と論点が微妙にずれたような気がするけど、まあいいや。それでどうするのさ。車は二人しか乗れないのに、ここには三人の人間がいるんだよね」

「仕方ありません。苦渋の決断ですが、恭助さんは荷物と一緒に荷台でお願いします」

「あははっ、冗談きついなあ、まゆゆ」

「冗談じゃありませんよ。陸別りくべつまではたったの三時間ですから、あっという間です。男の子なんだからちょっとくらい我慢してください」

「ええっ、三時間もかかるって? そんでもって、リクベツってなにさ」

「私が住んでいる町です。日本で一番寒い町ってことで、今やインスタでは超有名なんですよ」

「ああ、そうか。まゆゆが生まれた町なんだね」

「ええ、まあ……、生まれた町ではないんですけど、育った町ではありますね」

 麻祐がさりげなく訂正した。

「そうなんだ。楽しみだなあ」

「それじゃあ恭助さん。とっとと荷台へ乗って下さい。ああそれから、恭助さんが怪我をしちゃっても知ったこっちゃないですけども、くれぐれも荷物には傷を付けないよう、十分に配慮してくださいね」

「ういーっす」

 そういい残すと、恭助はぎこちない格好でトラックの荷台へよじ登った。


 麻祐がいった通り、北海道の道路はたしかに広くてまっすぐで、とにかく見晴らしがよかった。左右両側の遠方に見える山々が、ともに南北方向に向けて美しい山脈を連ねている。

「それにしても久しぶりですよねえ。青葉先輩」

 運転席の麻祐が助手席の青葉に声を掛けた。

「そうよね、犬山で開かれた大会以来だねえ」

 なつかしむような口調で青葉が返した。

「そうですよ。前代未聞の殺人事件が起こっちゃったあの超呪われたカルタ大会ですよねえ。でもそんな大会で私は先輩に完敗しました」

「決勝戦での対戦のことね。あれはたまたま流れがこっちにあっただけで、ええと、運がよかったわね」

 青葉が申し訳なさそうに答えた。

「でも、あの時の恭助さんの活躍といったら、それはすごかったですねえ。超難事件なのに、ものの見事に解決しちゃいましたからねえ。今荷台にいるあの冴えない男の子と同一人物だったなんて、とうてい信じられませんよ」

「あはは、たしかにパッとしないわね」

 青葉も笑いながら同意した。

「あれれれ、なんかコツコツと音がしますよ」

 運転席後方の壁から、なにやらあやしげな音がする。

「恭ちゃんよ。荷台の。しきり板を叩いているみたい」

「うざいですねえ。せっかくうちらが楽しい話で盛り上がっているところなのに。スピードアップして、跳ね除けちゃいましょうか」

「もしかしたら、乗り心地が悪いのかなあ。そのう、荷台って、椅子もないんでしょう」

「ああ、大丈夫ですよ。恭助さんなら。たぶん……、おそらく、ということで、軽く無視しておきましょう」

 すると突如、青葉のひざの上の小物入れポーチから呼び出し音が鳴り響いた。

「あれ、だれかしら?」

 スマートフォンを取り出して、青葉が応対した。

「麻祐ちゃん……。荷台の恭ちゃんからだわ」

 スマホを手で押さえながら、青葉が小声で麻祐に耳打ちした。

「困りますねえ。これでは運転の集中力が乱れてしまいます」

「もしもし、恭ちゃん。何かあったの?」

 青葉がスマホに問いかけた。

「あのお、先輩。もしも恭助さんが車酔いでゲロしたくなったというのなら、くれぐれも荷台の上にはこぼさないでくださいって、きつく叱ってやってくださいね。なにしろこの車はじっちゃんからの借り物ですからねえ」

 麻祐の言葉に反応する余裕もなく、青葉はスマホに耳を傾けている。

「うんうん、そういうことね。分かった……」

「恭助さん、なんか要求してきましたか」

「ええとね、麻祐ちゃん。恭ちゃんの話によると、なんでもこの辺りに昔あった有名な駅の跡地があるらしいの。『幸福こうふく』と『愛国あいこく』という名前の駅らしいけど。恭ちゃんが、せっかくだから寄り道をしてもらいたいっていってきたのよ」

「ああ、それ聞いたことあります。結構有名ですよね。そうなんですか。この近くだったんですね。でも、困りましたねえ。あいにくこの車にはナビが付いていないんですよ」

「ちょっと待って。今検索してみるから」

 そういって青葉はスマホに目を戻した。

「あったわ、麻祐ちゃん。幸福駅の跡地。ここなんだけど、分かるかしら?」

 青葉が差し出したスマホの地図に、麻祐はちらりと横目を向けた。

「あらら、そこだったら、先輩。もうとっくの昔に通り過ぎちゃっていますよ」

「あら、そうなんだ……」

「そうですよ。そもそも幸福駅の跡地って、とかち空港のすぐ近くじゃないですか。ここはもう帯広市街地に入っちゃってます」

「ええと、どうしよう」

 青葉がうろたえた。

「速攻で恭助さんに返信してやってください」

「なんて?」

「今さらざけんじゃねえ、って――」

「うん、やってみる……」

 青葉は小声でスマホに語り掛けると、また黙って向こうからの返答を確認していた。

「そう。分かった。ええとね、麻祐ちゃん。恭ちゃんがいうにはね」

「はい、あきらめてくれましたか」

「一生のお願い、だって……」

 どっと疲れたように運転席の麻祐の肩が下がった。

「仕方ありません。先輩、引き返しましょう」

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