6.襲撃
ゴーーン ゴーーン ゴーーン ゴーーン
4回、5回、6回、7回。
鐘の音は止まることなくなり続ける。
8回目を超えたあたりで僕は、そのおかしさに気が付いた。
「――っ!急いで村へ戻ろう、アリシャ!村で何か起こってる」
「うん!」
今なり続けている音、それは村の中心に設置されてる、有事を告げる鐘の音だ。
村全体に響くような魔道具でできていて、村人の招集や危険な野獣や魔獣が村に出たときに使われる。
そしてそれは鳴らされた回数によって、村人が起こさなければいけない行動を知らせる。
1回は集会場に集合、5回は魔獣が出たので冒険者が倒すまで家で待機、などだ。
今回は6回以上。
これは、村における最上級の危険信号である。
魔獣が大量に現れたりして村人が散っているのが危険な時の合図で、これを聞いた村人は、教会に逃げる決まりになっている。
冒険者も一度に大量の魔獣を倒しきることはできないので、まず、村人の守りを固める必要があるからだ。
その後、戦える村人も動員して魔獣と戦い、村を守ることになる。
ただ、それにしたって普通は6~7回鳴らされるだけで終わりだ。
こんなに多く鳴らされるのは、はっきり言っておかしい。
何か、これまでにないような危機、例えば強力な魔獣が現れた、とかが起きたのだろうか。
わからないが、とりあえず決められているのは教会への集合。
急いで行って安全を確保しなければならない。
僕は不安に駆られながら、村へ向かった。
◇◆◇◆
「おかしい……」
森を抜けて村の外れまでついた僕たちを待っていたのは、混乱ではなく静寂だった。
村長が指示を出す声も、冒険者の怒鳴り声も、村人たちの悲鳴も、一切の物音がない。
なり続けていた鐘の音も、いつしか止まっていた。
「アリシャ、魔獣に見つかったら危ない。ここからは静かに歩いて行こう」
「うん……」
僕たちは、さっきまでとは打って変わって慎重に、ゆっくりと教会を目指した。
しんとした市街に僕たちの呼吸音と足音がこだまし、時折風に吹かれた木々のざわめきが、不気味に、聞こえてくる。
しかし何の物音もしないとはどういうわけだろう。
魔獣が現れたのならば、冒険者たちとの戦闘音ぐらい聞こえてきてもいいはずなんだけれど。
魔獣を見つけられていなくて捜索中だとしても、これはあまりにも静かすぎる。
まるでこの村に誰もいなくなってしまったかのようだ。
「ねえ、エル」
アリシャが小声で話しかけてきた。
「もしかしたらさ、ここは危険だからってみんなほかのとこに行っちゃったんじゃないかな」
「避難場所が変更されたってこと?」
「うん」
なるほど。
その可能性はあるな。
全員ほかの場所に避難していて、ここら付近には誰もいないってことになっているのかもしれない。
「そうだとしても、変更場所がわからない以上、教会に行くしかないよ」
逃げ遅れた村人のために、そこにどこへ行けばいいかが残されているかもしれないし。
グルルルル……
ふいに建物の陰から低く、唸るような声が聞こえた。
――何かいる!
魔獣か!
僕はアリシャを引っ張り、近くにあった建物の中に隠れる。
道とは壁が一枚あるだけで隠れるには心もとないが、とっさに隠れられるのがここだけだったので仕方がない。
「うなり声が聞こえた。多分魔獣だ。声を上げないように静かにしてて」
早口でそう言うと、アリシャはわかったというようにうなずいた。
ザッザッザッザ
足音がこっちへ近づいてくるのが聞こえてくる。
息を殺し、一切の身動きをせずにじっと待つ。
魔獣が通り過ぎるのをじっと待つ。
ピタリ、と。
足音が近くで止まった。
それに続き、スンスンスン、というにおいをかぐような音が聞こえてくる。
魔獣の中には人間なんかよりもはるかに優れた五感を持っているものもいる。
数キロ先まで見渡せる視力を持つもの、どんな小さなものでも聞き逃さない聴力を持つもの、そして獲物のにおいをかぎ分けることのできる嗅覚を持つもの。
そんな魔獣だったらこんな視覚的な薄壁一枚、何の役にも立たない。
もしこの音が聞かれたら、この匂いに気づかれたら、僕たちはなすすべもない。
魔獣の牙か、爪か、あるいは魔法でずたずたに切り裂かて、命を取られるだろう。
そんな想像が頭の中に浮かび上がり、嫌な汗が頬を伝う。
緊張感から口は乾き、動悸も激しくなる。
どれくらいの動かずにいただろうか。
気づいたら足音は消え、魔獣はそこからいなくなっていた。
「ふう……」
力が抜けた。
僕は思わず床にへたり込む。
抱きかかえていたアリシャは、小刻みに震えていた。
「アリシャ、どうしたの?」
「くち……」
僕が聞くと、アリシャがほとんど聞き取れないような小さい声でつぶやいた。
「口?」
「あの魔獣、ドアの隙間からちょっと見えたんだけど、口が赤かったの」
「そりゃあ口なんだから赤いでしょ」
「そうじゃなくて…口の周りも、その中も、まるで何かを食べた後みたいに、血がついてるみたいに見えた…」
「誰かが襲われたってことなのか?」
「それなら早く助けに行かないと!何かできるかもしれないし」
言うが早いかアリシャは立ち上がり、建物から飛び出していく。
僕も、あとに続き外へ出た。
走路には、魔獣のものとみられる足跡と、点々と続く血の跡があった。
「こっちだ!」
その跡をたどり、魔獣と遭遇しないようになるべく音を立てずに、しかしなるべく早く走る。
血の跡は、目の前の角を曲がるようにして続いている。
そういえば。
こっちは教会のほうだ。
この角を曲がったあたり…
一瞬、嫌な予感が頭の中をかすめる。
そんなことはない。
ありえない。
考えすぎだ。
思考がぐるぐると頭の中を回る。
即座に否定したいが考えを打ち消せない。
僕は、そうでないでくれと、半ば祈るような気持ちで角を曲がった。
しかしそこには、
当たってほしくなかった予想通り、気づきたくもなかった考え通り、
何かに破壊されたような建物、
血で真っ赤に染まった大地、
何かに食い散らかされたように、ボロボロになった人間の部品、
そして冒険者から村人たち、神官や村長まで、老若男女ありとあらゆるものたちの死体。
圧倒的な暴力が、すべてのものを破壊しつくした跡があった。
見慣れたはずのいつもの道は、見たことのない地獄に成り代わっていた。
この日、エルの生まれたこの村は、壊滅した。