9.合同依頼
半日潜って、一回当たり大体銀貨三枚程度。
何回か一層で討伐をしてみた結果、得られた収入だ。
なるべく一体辺りの単価が高めのものを狙って倒しているのだが、いかんせん出会う魔獣の数が少ないせいで、一泊の宿代ですら稼げない。
仲間もいないし、荷物持ちも雇えないので、素材集めをしにくいというのも理由の一つだろう。
何はともあれこのまま一層で狩りを続けていると、いつかはお金が無くなってしまう。
そんな未来を回避するためには……
「……何かいい案ありませんか?」
「……なんでここに来るんですか。私は結構忙しいんですけど」
はあ、とため息をつくのはルネさん。
僕は冒険者ギルドの受付で、ルネさんに相談をしていた。
「まあまあ。相談できる人がルネさんしかいないんですよ」
「……かわいそうな人ですね……」
ルネさんが憐みの目で僕を見る。
仲間のいないボッチだと思われているのだろうか。
まあ実際そうなんだけど。
「早く仲間をつくって、二層で活動すればいいじゃないですか。パーティーの方が基本的に稼げますし」
「うーん、仲間……」
パーティーを組む意味は、僕に関してはないだろう。
仲間に能力を隠しながら戦うのも面倒くさいし、ソロで戦っていた方が基本的には稼げる。
パーティーで戦う利点である、ピンチの時の助けや戦力の増強などは特には必要ないし、特殊魔法のことがばれるリスクを考えても、パーティーを組むことはデメリットしかなかった。
その予定もない。
「……それ以外で。仲間を作るつもりは今のところないので」
「もうソロで二層行っちゃったらどうですか?あなたのレベルなら多分大丈夫だと思いますが……」
毒沼や、霧の海などといった危険なエリアを除いたら、二層で活動しているソロもいないわけではない。
ただそれはある程度ランクの高い冒険者に限られるので、新人の冒険者である僕がソロで、というのも少しおかしいような気もする。
やるとしても、ランクがある程度上がるまでは避けたい。
特殊能力がばれないようにするためには、目立たないことも必要だからだ。
「それも危険な気がするんですよねえ……。あーあ、なんかいい案でもないかなあ……」
「考えるのは結構ですけど、そろそろどいてくれませんか?後ろが待っているので」
振り返ると、冒険者のパーティーらしき数人が僕の後ろに立っている。
ほかのカウンターには人がいなかったため、どうやらここが開くのを待っていたらしい。
「すいません、お待たせして」
一言謝ると、僕は冒険者たちに受付を譲る。
(外の依頼でもたいして稼げないだろうし……。もうリスク覚悟で一人二層行っちゃうか?)
ふと視線が受付に向かう。
そこでは三人の冒険者が、ルネさんに話を聞いていた。
(仲間、かあ……。秘密を決して洩らさない人なら、作ってもいいんだけど……)
あの龍を倒してから、神様を遠目で見てその脅威を知ってから、あれにだけは目を付けられたくないと強く思った。
あれとはできるだけ戦いたくもないし、関わりたくもない。
その為には、特殊魔法のことは何としても隠しておく必要があった。
(でも、そんな奴を探すのも手間だし。……ん?)
そんなことを考えていると、ルネさんが僕を指さして冒険者たちに何かを言っているのが見える。
そして、話を聞いていた冒険者が、笑顔を浮かべながら僕の方へ近づいてきた。
「あの、エルさんですよね?」
「……何の用ですか?」
若干の警戒心をもって答える。
その様子を感じ取ったのか、冒険者は慌てて説明をする。
「えっと、受付の方から依頼に困っていると聞いたもので」
「……まあ」
「よかったら私たちと一緒に合同依頼を受けませんか?」
冒険者の口から出た言葉は。
僕の依頼難を解消させてくれるような言葉で。
「それだ!」
思わず立ち上がってそう叫んでしまった。
合同依頼。
それは一つのパーティ―では達成できないと思われた依頼を、ほかの冒険者たちと協力して行うことを指す。
基本的に冒険者は自分のランクに見合ってない依頼はしないものだが、どうしても収入が足りない時や、ランク上げのためといった時に合同依頼が行われることがあるのだ。
ただ今回の場合はどちらでもなく。
単純に人手が足りなかったのでということらしい。
「私の名前はイサーク。このパーティーのリーダーで、職業は剣士、ランクはCです」
目の前に座った青年、イサークが流れるように自己紹介をする。
歳は僕とあまり変わらないくらいか。
装備は軽装、革の鎧のみ。
主武器は腰にかかっている長剣の様だったが、それ以外にも短剣、投擲武器のようなものをいくつか持っていた。
「僕は、ルネさんから聞いていたと思うけど、エルと言います。一応魔術師で、ランクはFです」
魔法使いの中で魔術を操るのが魔術師。
そのほかにも聖術師、召喚術師、錬金術師、呪術師などがいるらしく、区別のためにどれかを名乗りなさいと研修の時に言われた。
「その恰好から魔法使いとはわかっていましたけど……。魔術師だったんですね。うちのパーティーにも魔術師が一人、いるんですよ」
そう言ってイサークが隣に座っている少女を見た。
「えっと。私は、ルイ、です。……魔術師、ランクはD、です」
小さな声でルイが言う。
いかにもという魔法使いの格好に、魔石が先端に着いた杖。
人見知りなのか、小さな体をさらに縮こませるようにして、恥ずかしそうにうつむいていた。
「あとは、俺だな。俺はテオ。職業は狩人で、ランクはイサークと同じCだ。よろしくな、エル!」
「ん、よろしく」
テオは笑顔を浮かべて手を突き出してくる。
人見知りだったルイとは対照的に、彼はどこか軽薄そうにも見える格好をしていた。
手を握り返した僕は、自己紹介も終わったところで、とイサークに向き直る。
「それで、イサークさん」
「イサークで結構ですよ。こちらもエルと呼ばせてもらいます」
「じゃあ、イサーク。合同依頼の内容についてなんだけど」
今日一緒に戦う仲間として、少しでも絆を強くしたいという狙いもあるのだろう。
それなら、と敬語もなくしてみたが、イサークは気にしているそぶりもなかった。
「依頼は二層の調査です。そこに行くまでに、素材の採取とかもできたらいいと考えているのですけど……」
「二層、か。僕は二層に行ったことないから……」
「その点に関しては。僕たちがしっかりとサポートするので大丈夫ですよ」
二層、「樹海」。
鬱蒼とした森林もあるこの層は一層よりも迷い易いということだったのだが、その心配はなくなった。
「……しかしなんで僕を?新人で、二層にもいったことのない僕なんかよりも、もっといい冒険者がいるはずでしょ?」
「そうですね、一番はこの依頼が僕たちだけだと危険だと言われたからですが……」
そう言ってイサークは、受付をちらりと見る。
「ルネさんに頼まれたからですよ。エルはまだ一層しか行ったことがないから、二層の案内をしてくれたら、って」
「ルネさんが……」
口では自分で考えろと言っていたけれど、なんだかんだと助けてくれた。
ルネさんには後で感謝しなきゃな、と思う。
「それに、新人と言ってもエルのレベルは高いんでしょう?ルネさんからそれも聞きましたからね。今のうちにつながりを持っていた方がいいかなって」
イサークが笑いながらそう言う。
僕のランクが上がった時のことを見越しているのだろうが、ここまであけすけに言うってことはそんなに悪い人でもないのだろう。
それよりも、ルネさんだ。
人の個人情報を簡単にばらすなんて。
さっき感謝しようって思ったのは取り消しかな、と心の中でつぶやいた。




