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24.弱さ

 

「……ここは……」


 どこだろう。

 目が覚めると、全く知らない部屋にいた。

 確か、明日の準備をしていたらエルがすごい血相で駆けこんできて……


「気が付いたかい?」


 聞いたことのない声がした。

 考え事をしていて気が付かなかったが、周りには見たこともない、村人とも違う様子の人たちがいた。


「――ッ!誰、ですか……?」

「そんなに怯えないで。もう大丈夫、君は助かったんだよ」

「どういうことですか……?」


 助かった?

 そんなことは知っている。

 だって私はもうエルに助けられていたのだから。


 しかし、続く言葉はイースを驚愕させるにふさわしい内容だった。


「邪龍は僕たちが倒した。僕のパーティーが。君はもう自由になったんだよ」

「え……?」


 理解ができなかった。

 邪龍はもうエルによって倒されているはずだ。

 だからこいつらが討伐することなんてできるはずもないけれど。


 しかしこいつらは嘘を言っている様子もない。


(確か、エルの龍形態は邪龍様の姿……)


 死んでいるはずの邪龍がコウキ達の前に現れて、それが討伐されたということは。



 殺された?

 エルがこんな奴に?



「邪龍を、倒したって……」

「そうさ、強かったけどね。討伐証明部位の角もある」


 そんなわけない。

 あるはずがない。

 だってエルは私たちなんかよりずっと強くて。

 だからエルがそんな簡単に負けるわけが……


 信じられないという思いがイースの中で渦巻く。


 あり得ない、あり得るはずがない。


「嘘……、嘘、ですよね……」


 その気持ちは言葉となって、イースの口から零れ落ちた。

 それをどんな意味ととらえたのか、コウキは優しい口調でなだめるように話しかける。


「信じられないのも分かるけれど、本当のことなんだ。僕は、勇者だからね」


 勇者。

 その言葉を聞いて、イースはエルの言葉を思い出す。

 エルと別れる前に、勇者に関することを言っていたような。

 確か……


(邪龍は討伐されることにする。だけど僕は死なない、勇者にも負けることはない、って……)


 あの時は意味が分からなかった。

 しかし今なら、勇者が私を救ったといっている今の状況なら、その言葉の意味が理解できる。


(エルは、()()()負けた……)


 勇者にも負けることはないといっていたエルが負けたというのなら、それは故意的なものとしか思えない。

 そしてわざと負けたのならば、別に死ぬまで戦ったりはしないはずだ。


「エルはまだ、生きている……」


 圧倒的な力をもっていて、勇者なんて簡単に倒せるようなエルがそうしたというのなら、それが一番うまく収まるようなやり方だったのだろう。


 エルが無事だという可能性が出て、イースはホッとする。

 だけどそれは、エルは勇者を倒してしまうよりも、イースを救出させて帰らせることを選んだということ。

 そのこと理解したイースは、ある考えにたどり着く。

 それは


(私はエルにとって、勇者を敵にするまでの価値がなかったってことですよね……)


 あれだけ一緒にいてくれたのに。

 あれだけ私にいろいろなことを教えてくれたのに。

 エルは私と離れることを選んだ。


 だけどよく考えてみると、それも仕方のないことなのかもしれない。

 魔法が使えるようになったものの、魔獣を相手にできるほどには強くはなくて。

 家事全般もエルの方ができて。

 他にエルの役に立てるようなこともできない。


(そうか……私はいらなかったんですね……)


 非力だ。

 何かエルのためにしたいと思っていたって、何もしてあげられることはなかった。

 今だってすぐにでもエルを探しに行きたいところなのだが、それも無理。

 イースにはエルのように、この世界で一人でいれるだけの能力もないから。

 食料を調達する力も、長い距離を移動するだけの力も、夜を生き抜くだけの力もないから。

 イースが、弱いから。



「……落ち着いた?そこで一つ、提案があるんだけど……」


 ふと、コウキに話しかけられる。


「……何でしょうか」


 そもそも。

 イースはこいつが原因なんじゃないかと思い当たる。

 何もできないという無力感が、エルに見放されたという喪失感が、コウキに対する憎しみの糧となる。

 そして、半ば八つ当たりのようにコウキに対する怒りが湧き上がった。


 こいつが来なければ、今日もエルと楽しく過ごせていたのに。

 こいつがいなければ、明日はエルと街へ出かけていられたのに。

 まだエルと一緒にいることができたのに。


 そんなイースの怒りも他所に、コウキの言葉は続く。


「もし君さえよかったら、僕のパーティーに入らないかい?」


 は?

 何をばかなことを。

 誰が好き好んで、私とエルの仲を引き裂いた奴と一緒に行動しなければいけないのだろうか。

 誰が嬉しくて、憎い奴の隣にいなければいけないのか。


「君が戦ったことがないのはわかってるけれども、それは僕たちが守ってあげるから大丈夫だよ。それに君には才能がある。すぐに強い魔法使いになれると思うよ。僕たちは勇者のパーティーだし……」


 イースの沈黙を不安がっていると取ったのだろう。

 コウキがフォローを入れる。


 入りたいとは思えない。

 それどころかもう二度とコウキに会いたくないとさえ思える。

 けれどコウキの言葉には気になる点が、無視できない点があった。

 それは


(私が、強い魔法使いになれる?)


 才能があると、コウキはそう言った。

 確かエルも、私には高い魔力量を持っていると。

 だからもし私がこのパーティーに入って魔獣と戦い続けて、レベルを上げて戦い方を学んで魔法に慣れていったのなら。


(……私でも、エルの役に立てるくらい強くなれるんでしょうか……)


 そうしたらエルを探すこともできて、またエルの隣にいくことができるのかもしれない。

 そうするだけの力を、身に着けることができるのかもしれない。


 それなら私は、どんなことにも耐えられる。


 そう考えるとイースは、にこっと()()()()()()()を作るとコウキの方を見て。


「あの、私でよければぜひ。あなたのパーティーに入れてくださいますか?」


 コウキに対する憎しみをぐっと笑顔の下に隠しながら、そう言った。

 

いずれエルのそばに立てるようになるまでは我慢をするしかないと、イースはそう思いつつ。







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