3.神の存在
「おかえりなさい。今日はもう手伝ってほしいこともないから、早めに教会へ行っちゃいなさい」
家に帰り、買ってきた魔石を渡すと、ノエルがそう言った。
あれ、教会行くの今日だったっけ。
すっかり忘れてた。
僕ぐらいの年齢の子供は、定期的に、教会へ行くことが義務付けられている。
「この国」ではなく、「この世界」でだ。
この世界には、国ごとの宗教などというものはない。
不思議なことに、帝国でも、王国でも、聖王国でも、すべての人間国家で、1つの同じ宗教を信仰している。
それは、創造神とその子孫を名乗る神様を信仰する、聖神教のことだ。
世界唯一の聖神教は、絶大な力を誇る。
聖神教の教皇には、国もおいそれと手を出せないという噂もあるぐらいだ。
また、国家の重要な地位に、聖神教の大司祭がいることも少なくはない。
強大な戦力を誇る帝国でさえも教会の力は及ぶため、僕たち村の子供も、定期的に教会に行かなければならないことになっている。
◇◆◇◆
教会は、辺境にあるのが不思議なくらいに立派な建物だ。
周りの建物とは全く違うような前世の教会に似た建築様式をしているが、その半円のアーチ状の屋根の上には、十字架は乗ってはいない。
壁は汚れ一つない純白で、その神聖さを醸し出していた。
正面には、これもまた真っ白な天使の像が左右に1対飾られており、その間には彫刻が施された扉がある。
扉を開け、中へ入ると、いくつか並べられている長椅子に、僕と同じぐらいの歳の子供たちが何人か座っているのが見える。
その中には、アリシャもいた。
また後でってこのことだったのかな。
どうやら僕は遅れたみたいだ。
教会の中は、僕には少し不思議な空間に感じられた。
子供たちがおしゃべりをする様子もなく、ただ真剣に前を見つめている。
前世では考えられなかったほど完全に、統制が取れている様子で、少し恐怖さえ覚えるほどだ。
僕は音をたてないように、ひっそりと歩き、アリシャの隣に座った。
子供たちの視線の先には、黒い修道服を身に着けたシスターさんの姿がある。
子供たちのために物語の読み聞かせをしているようだ。
それは、僕も何度か聞いたことのある、この世界ではとても有名な物語だった。
「昔々、この世界には、世界を守ってくれる神様がおられました。
そして、人々は、神様の下でみんな仲良く、平和に暮らしていました。
しかしある日突然、邪神が現れました。
邪神は、眷属や魔族を率いて、森を焼き、街を壊し、平和に暮らす人々を恐怖に陥れました。
神様は、子供たちと、天使を率いて邪神と戦いました。
神様の子供たちと天使は、とても強く、魔族たちはどんどん倒されていきました。
しかし、邪神はとても強く、神様といえども簡単に倒せる相手ではありませんでした。
そこで、神様は、自分の身と引き換えにして使える、大魔法を使うことを決めました。
神様が命を懸けて使った魔法はとても強く、邪神には耐えられるものではありませんでした。
邪神が滅ぼされたことで、わずかに残った邪神の眷属などもちりぢりに逃げていきました。
こうして、世界には平和が戻ったのです。
今でも、神様の子孫が、神族として、この世界を守り、人々を救ってくださっています。
ひとびとは、神様がこの世界を救って下さったことを忘れずに、日々感謝して過ごしていかなければなりません
おしまい」
シスターさんの話は続く。
「今、この世界を守ってくださっている神様は、83柱おられます。その神様たちは、創造神様の子孫にあたる方々です。神様は、我々人類には到底扱いきれない特別な魔法を使うことができ、その力で、魔族や非常に強力な魔獣たちから私たちを守ってくださっています」
そう。
この世界には、「神」が実際に存在する。
前世では想像の産物でしかなかった神が。
多くの人間の畏怖と、畏敬の対象であった神が。
それが、この世界に宗教が一つしかない理由でもあるのだろう。
信仰の対象が実在し、なおかつそれが明確な意思を持ち人類の上に君臨するとなれば、宗教が分かれることもないのだから。
仮に新しい宗教を立ち上げようとしても、邪教としてすぐに潰されてしまうだろう。
「神様たちは、基本的に下界、私たちの住んでいるこの地ではなく、神人様や天使様などと一緒に、天界に住んでいらっしゃいます。そこには、私たち人間などは立ち入ることはできません。ごくまれに、神様が下界にいらっしゃるときのみ、私たちは神様のお姿を拝するころができるのです。その際には我々は、神様に最高級の歓迎をさせていただくことになります」
神様は絶対。
それはこの世界における最上位のルールだ。
神様はどんなものにも縛られない。
人間界のありとあらゆる決まりごとよりも、神様の都合が優先されなければならない。
しきたりも、法律も、神様の前では一切の効力を発揮することはない。
仮に神様の考えに反する決まりがあれば、すぐに潰されて、消えるだろう。
神様はあらゆるものの頂点に立つ。
奴隷も、平民も、富豪も、貴族や王族でさえも神様の前ではひざまずき、服従しなければならない。
神様の言葉は絶対で、それは何よりも優先される。
仮にそれが、たくさんの命を奪うことにつながるとしても、速やかに実行されるだろう。
そんな理不尽ともいえる絶対専制が成り立っているのは、神というステータスがあるから、というだけではない。
神に対する恐怖。
それがあるからこそ神は、絶対的な支配者として君臨できているのだ。
彼らは、圧倒的な暴力を保持している。
天使及び神人のすべて。
それは、神の持っている軍勢である。
数は少ないものの、命令には妄信的に従い、そのためなら命も惜しまない、神にとっては都合の良い駒だ。
おまけに基本的なスペックも高く、一人一人が手練れの冒険者にも匹敵するといわれる。
この世界の軍隊はおろか、前世における一国のそれにも匹敵する最強の軍勢。
彼らが本気で攻めてきたら、小国程度ならあっさりと陥落するだろう。
そんな力を神は、自由に解き放つことができる。
しかし、それが神の恐れられる理由ではない。
恐怖の根源は、神本人にある。
彼らは、人間とは比べ物にならないほどの魔力量を持っており、肉体の強靭さ、回復力は尋常ではない。
もし仮に、人間の実力者が剣で切りかかったとしても、その体を切断することは容易ではないだろうし、つけた傷も一瞬で治ってしまうだろう。
それだけではない。
神は、神と呼ばれる所以である、奇跡を起こす魔法を使うことができる。
一人につき一種類だけの、固有魔法。
それは、どれも一般に使われている魔法とは比べ物にならないほど強力で、神が一人で、国一つを超える戦力を持つといわれる理由でもある。
過去には、神の怒りを買った小国の都市が、その魔法によって、文字通りに消滅した、という言い伝えが残っているほどだ。
いずれにしても、この世界の人間がすべて協力しても、神の軍勢に勝てる望みは薄く、だからこそこの世界では神による支配が、恐怖による支配が、続けられている。
この前世と比べると少し異常ともいえる教育は、その恐怖心からきているのかもしれない。
まあ神たちもあまり人間の営みには干渉してこないらしいし、普通に過ごしていれば神様と会うことなんてないから、大丈夫だと思うけど。
話を聞いていると、ふいに隣からコンッ、という音が聞こえてきた。
見ると、アリシャが机に突っ伏して、すやすやと気持ちよさそうに寝ている。
シスターさんが気づいた様子もなさそうだ。
よし、僕も寝よう。
これを聞いてても神様は偉大だ、感謝せよぐらいのことしか言ってないからな。
そんなものはもう聞き飽きた。
僕はシスターさんにばれないように頭の位置を調節すると、目を閉じた。