6.洞窟の生活
洞窟で過ごすようになってから、数日が経った。
段々とこの生活にも慣れてきたころだが、最初のほうはそうはいかずに驚くことがたくさんあった。
それも生活というかエルに、だろうか。
イースはあの不思議な少年のことを考えていた。
忌み子を差別しない、珍しい感性。
今まで聞いたこともない、不思議な魔法を使う能力。
邪龍をものともしない圧倒的な強さ。
本人は神様でも勇者でもないと言っていたが、どう考えても普通の人間ではない。
あんなおかしな魔法を使う存在のことを、イースは神様しか知らない。
彼が知らないだけで、もしかしたら神様の子供とかなのかもしれないと疑ってさえいた。
そうでないとあの魔法の説明がつかない。
だが、
「まあ彼がどんな秘密を持ってたとしても、別に構わないですね」
忌み子である自分と対等に接してくれる恩人。
自分の命を救ってくれた大切な人がどんな存在であろうとも、いつまでもついていこうと、イースはそう思っていた。
洞窟の朝は遅い。
太陽の光が当たらない薄暗い地下で、時間の流れが体感できないので遅くなってしまう。
ただでさえ、檻に閉じ込められていたイースは生活リズムが不規則だったのに、それに加えて日光が見えないとなると、朝早くに起きられるはずもない。
一応この家にはエルの作った時計もあったのだが、それだけでイースが早く起きられるはずもなかった。
そんなわけでイースが目を覚ますと、目の前にかけてあった時計の針がもう昼も近いことを知らせていた。
この時計もイースが来た時にエルが作ったもので、読み方も教えてもらっている。
「もうこんな時間ですか……。また寝すぎてしまったのかもしれません」
朝起きるのが苦手なイースなのだが、最近は規則正しい生活が送れるように気を付け始めている。
特に早起きと食事についてはエルからもいろいろと注意されていた。
脂肪や筋肉が全くない不健康な体を心配してくれたのだろうと、イースはその気遣いに嬉しさを感じる。
ただ「たんぱくしつ」がどうのこうの、「ほるもん」がどうのこうの、とかいう説明はわからなかったが。
とにかく早寝早起きと、三食には気を使わなければいけないらしい。
イースはベッドから起き上がると、くろーぜっととエルが言っていた棚を開き、かけてある服に着替える。
これもエルが作ってくれたもので、寝間着から外出着まで、下着から上着まで、見たこともないようなさまざまな種類の服がある。
その中には洞窟に住んでいたら着る機会もないであろうドレスもあった。
もちろんイースはそんなに服はいらないといったのだが、女の子だから、とエルは聞く耳を持たなかった。
さすがにドレスまで作り始めたときは、強制的に止めさせたが。
「……こういうのを着てほしかったのでしょうか」
イースは一つだけあるそのドレスを見ながらポツリとつぶやく。
体つきが戻ってきたらこういうのを着るのもいいかもしれませんね、と続けると、イースはクローゼットを閉じて部屋を後にした。
二階にあるイースの部屋から、階段を下りて一階のリビングへ行くと、そこにはもうエルがいた。
テーブルの上には食事が並べられている。
イースがテーブルに近づくと、エルが気づいたように顔を上げた。
「今日も遅かったね、起きるの」
「すいません…。気を付けてはいるんですが」
「まあ習慣なんてそんな簡単に治るもんじゃないか。冷めちゃうから早めに食べちゃって」
イースはまだ料理をすることができないので、この家では食事はすべてエルが作っている。
イースも役に立ちたいという思いから教わってはいるのだが、あの見たこともない機械を使うのに苦労していてなかなか上達しない。
それにエルは見たこともない料理をたくさん作ってくれるので、イースがわざわざ作る必要もないということもあるのかもしれないが。
「食事が終わったら薬草を取ってきてもらおうかな。食糧庫の中も少なくなってきたし。僕も肉をとってこないと」
食事をしているイースに、エルが思い出したように話しかける。
今、イースが食べている食べ物はすべてエルが捕ってきたものだ。
さすがの錬金術でも食物だけは生み出せないらしい。
正確に言うと石とかを変化させて作ることはできるのだが、栄養がないとかなんとか。
イースは動物を狩ることはできないため、その代わりに薬草や食べられる植物を取ってきている。
食事を終えたイースは、エルと一緒に洞窟の外へ出た。
「うぅ……太陽の光が痛い」
隣に立つエルが、太陽に手をかざしながら顔をしかめる。
イースも、久しぶりに浴びる日光のまぶしさに目を細めた。
「じゃあ僕は狩りをしてくるから、いつものことだけど危険だと思ったら……」
「名前を呼べばいいんですよね」
「うん。そしたらなるべく早く飛んでいくから」
エルはそう言うと宙に浮かび上がり、大空へと飛び上がった。
空から獲物を探して魔法で攻撃するのだろう。
実際エルが捕ってくる獲物のほとんどは首をきれいに両断されたものだった。
多分風魔法の一種だろう。
「さて、私も行きますか」
どんどん小さくなるエルの姿を見つめながら、イースはそう呟いた。




