表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

帽子男の短編集

窓から見える景色

作者: 帽子男

 少し都心から離れた所に住んでいる初老の男がいた。男の家の左右と後ろにはすぐ近くには家が建っていた。子供のころは近くに家どころか、近くは田んぼだらけだったのに50年もするとこんなにも多くの一軒家が立ち並ぶ町へと変わってしまった。家が出来たせいで窓からの景色も変わってしまった。昔は窓から森や田んぼしかないが目が行き届かないほど遠くまで見渡すことができたが、今は家が建って窓を開けると家の壁が目の前にあり何も見えないのだ。玄関側の窓はもちろん開けて外を見ることができるが、家から全部の方向の景色が見えなくなった事が男は残念に思っていた。

 そんな夏のある日、男はトイレに籠っていた。腹の調子が一日をとうして悪く何回もトイレに行くのがめんどくさかったからだ。しかし、こんな暑い日にずっとトイレに籠っていると個室の中が蒸し暑くなってくる。その為、男は窓を開けた。開けると隣の家の壁があった、これでは空気の交換もできはしないじゃないか、と窓を閉めようかとも思った。


「こんなに暑い日に隣の窓なんて見たくもねぇや。くそ、昔みたいに涼しい風が入ってきてそんでもって遠くまで見える様な田舎にならねーかな」


 とイラついて窓を閉めた。ふぅ、とため息をつくがやはり暑いので我慢できなくなりまた窓を開ける。するとさっきの隣の家の壁ではなく昔の田舎が映し出されていた。


「なんだこりゃ、子供のころの景色じゃねーか。隣の家はどこに行っちまったんだ?」


 男は一度窓を閉めた。夢か幻か自分がおかしくなったのか、少しして男は意を決してもう一度窓を開けた。しかし、そこには隣の家の壁がまたあった。ホッしたと同時に残念でもあった。


「やっぱり、夢か。だがおかしい、寝ているわけでもなしにそんな事があり得るのか。念じてみたら映るなんてことはないか」


 男はダメ元で試してみた。すると今度はきちんと昔の景色を映すことに成功した。空気も変わり涼しい風が吹いてきた。男はそれを鼻いっぱいに吸い込むと


「一体全体どうしたってんだこりゃあ。そうだ隣の家はどうなった、家は」


 とお尻を紙で拭きズボンを上げると自分の家を飛び出した。しかし、隣の家はきちんと建っていた。なんだこれは訳が分からない。トイレに戻って窓を見てみるとそこにはしっかりと壁があった。

 もしかして、男はいったん窓を閉めもう一度念じる。そして、窓を開ける。すると今度はさっき見た田舎が広がっていた。


「なるほど、こういう事か。やり方は分かった」


 男は手を伸ばし入ることはできないか試したが、何か壁があって入ることは出来なかった。しかし、匂いや風の肌をなでる感触、そして風に揺られる穂の音は聞こえた。そして、一つ男は気づいた。人がここから見える景色は人がいないのだ、理由は分からないが。


「人がいないのは不思議だな。この窓は過去に繋がっているんじゃないらしい」


 察しのいい男はそう呟いた。試しにいろいろとやってみるか。男はいったん窓を閉め、「ハワイ、ハワイ、ハワイ」と唱えて開けた。そこにはサンサンと照りつく太陽、透き通るような海、ココナッツの木、そして白い砂浜。イメージ通りビーチになった。どうやら、イメージすることが出来ればどんなことでも映しだしてくれるしてくれるらしい。ならばと今度は窓を閉め明日の競馬場を思い浮かべた。上手くいけばこれで金が増やせると思ったのだ。しかし、窓を開けると元の隣の壁に戻って閉まった。未来の事はイメージ出来てもだめらしい。とりあえず、男は用を足し、トイレから出た、そして机に向かいこれのもっと良い使い方について考えた。

 まず第一に自分のイメージしたものしか見れない。第二にイメージはうまくいっても人を出すことはできない、これで覗きや誰かの行動を監視するためには使うことができなくなった。第三に未来の事はイメージ出来ても見ることはできない、たぶんタイムパラドックス的な何かのせいだろう。現在の事を映し出せるかどうかは試していないので分からないがたぶんできるだろう。そうなると今俺がとるべき行動は?

 

 思いつかなかった。男は別に犯罪をしたいわけでもなければ、正義の味方をしたいわけでもなく普通の生活を送りたいだけなのだ。正直に言ってしまえばあのような窓はある意味不要なのだが、誰かに言ってしまって家に押し寄せられるのも何かと面倒だ。なので、トイレに入るときささやかな幸せとして心地の良い気分で用を足すことができる幸せを手に入れると事が出来たのだった。それからというもの、コロコロとトイレの風景を変えてみたがパリの街並みよりも、サンサンと太陽が降り注ぎ透き通るような海が見えるハワイよりも、はたまた広大な宇宙が広がる銀河よりも一番見てしまうのは子供のころに見ていたあの田舎臭い古い田んぼだった。人が一番大切なものは思い出かも知れない、と50歳を過ぎた初老の男はトイレの中でそう思って用を足していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一気に読みました。 ぴったり2000字で書き上げるとは凄いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ