時空の旅人
川の流れに身を任せている時、いきなり籠に掬われたような、自然な流れが阻害された感覚と共に、扉に吸い込まれた15人の少年少女たちは目覚めた。
「……っおい! 皆、大丈夫か!?」
「なんだこれ!? スライムの中にいるみたいだ!」
「ちょっとマジヤバイこれ!? 意味わかんない!」
各々がそれぞれの驚きかたをする中、一人だけ冷静な男がいた。
「皆落ち着け! 誰も怪我してないっぽいし、息も出来るし大丈夫だろ! 状況を冷静にだな……なあ、建美!」
「……そだねー。大丈夫……だな。英明の言うとおりだ! 皆、取り敢えずこの三軒茶子のバドミントンシャトルヘアーを見て落ち着け! ほらこっち見ろケンチー! ウエリも!」
彼は高坂英明。姉や妹が絡まない事象においてはクラス一の冷静さ、分析力、判断力を持つ男である。
「建美、こんな状況で時事ネタでボケかますとか余裕だね……」
「こうでもしていないとやってられないのは確かだが……なんかここ落ち着くんだよな」
「何でなんやろなぁ」
「ケンチー落ち着いたか。って何で安田号が。俺たち教室に居たはずだよな」
「んにゃ分からん。でも皆一つづつ道具持ってるっぽいぞ……建美は多いな。ギター3本か」
「皆さん落ち着きましたか」
クラスの誰でもない声が意識に直接響き、全員が声の主に振り返った。
「貴女は何?」
「私はセイラ。あなた方の惑星、地球が存在する宇宙と、あなた方を召喚した人々が住む惑星、「クスィノン」が存在する宇宙との『境界に住む者』です。あなた方の異世界召喚にちょっーと割り込んで、今話しています」
「「そうですか……?」」
誰もが理解できていない面持ちである。セイラは話を続けた。
「分かってはいないでしょうが、召喚に割り込んだ……まあ呼び止めたとでも思ってください。その理由から話します。ここ、【世界境界】は皆さん実感している通り、普段はとても安定して落ち着く場所です。しかし、あっちを見てください」
「壁だな」
「壁だ」
「壁……? ボヤけてるな。近づいてきてる?」
「その通り。【世界境界】は縮小することがあります。それは、異世界召喚で穴を開けたときです。境界エントロピーが増大して、二つの世界が近づこうとしているのです。この現象は何もしていなければ勝手に収まり、100年もすれば境界エントロピーも減少して壁も元に戻ります」
「それと私達を呼び止めたことになんの関係が?」
「長生きしてください」
『はい?』と、全員が怪訝な顔をした。
「それと、出来れば世界を平和にしてください。理由は、召喚の頻度を減らして、【世界境界】を安定させることです。私たちの生活の場が無くなるというのもありますが、どちらの宇宙も拡大が不十分な中、今世界が一つになると、急に現れた星同士がぶつかって、生命が滅びます。それはとても寂しいことです」
「「なるほど」」
「英明! 今の話分かったのか! 建美も!」
「何となく」
「異世界召喚の回数を少なくしたいのは分かった。だが、それで? あんたは俺たちに何かしてくれるのか?」
「はい。呼び止めた最大の目的がそれです。地球とクスィノンでは、存在する素粒子の違いから、物理法則が違います。それでどうなるかというと……クスィノンでは魔法が使えます。それと、心の力で発動する? ちょっとよくわかりませんが、スキル、というものも使えるみたいで、ここを通った生き物は、その影響で強いスキルを得るのだとか。なので、今からそのお手伝いをして、もっと強くしようと思います」
「魔法……スキル……!!」
英明がなんだか嬉しそうにしているのを横目で見ながら、建美は考えていた。
つまり異世界召喚の頻度を減らしたい境界の民と、死にたくない自分たち……召喚者を強化して、長生きさせることは双方の利害が一致している。だからスキルを強化する。地球の常識からすれば全くあり得ない妄想だが、こうして地球もクスィノンも見える場所にいるからにはそれは真実だろう。そう考え、断る理由もないと結論付けた。
「(どうせ拒否してもスキルとやらを強化するんだろうし、いっそ目茶苦茶強くしてもらうか)……よろしく頼むぜ! セイラさん! とびきり強くしてくれ!」
「はい。出来る範囲で頑張ります……ではいきますよ」
セイラが手を翳し、呪文を唱えると、クラスメイトの身体が光り始めた。
「なんかキラキラしてるー! うわっ、入ってきた!?」
「はい、出来ました。ふぅ、もうあなた方を留めておくのも限界です。では良い異世界生活を……死なないでくださいね」
籠からふるい落とされるような感覚と共に、15人はクスィノンの方へ吸い込まれていった。
◇
「ようこそお出でくださいました! 勇者様方!」
地球で言えば尊さに精神を疲弊させたオタクのような声が、クラスメイトの目覚めの一言になった。
「(なんだこのキモオタ!?)」
建美は思った。なにしろ横にJKのコスプレをした女を侍らせているのだ。しかし驚きはそれだけで終わらない。部屋がとてつもなく広いのだ。クラスメイトは各々の感想を口走った。
「広い部屋~」
「綺麗……」
「ここが、クスィノン……のどこかの国の王宮か何かね」
中でも冷静な分析を始めたのは四領絵里。彼女は四領財閥の当主の長子である。四領財閥は政治・経済に大きな影響力を持っている。幼い頃は仕事をする父によく付いて行ったせいか、絵里の政治への嗅覚は非常に鋭い。
「(……あれが王様、ってところね)」
絵里が目をつけたのはオタク声ではなく、その後ろに座っている青ざめた顔をした中年男性である。
「私はレホネ王国国王、チュコスプ=レホネである。急な召喚になったが、よく参られた、勇者様方。この国は滅びに瀕している。この国を救うために力を貸して頂きたい」
そう言うとチュコスプ王は15度程度の会釈をした。絵里は緊張する。
「(礼が浅い……コイツ、私達の事を使い潰しても良いような存在として見ている? それとも何故か顔色悪いし……疲れてるだけ? どちらにせよ付け入る隙はあるかも。皆には失言しないように注意を……)」
だが絵里の危惧とは裏腹に周囲は楽しげである。まるで、今さっき「死の危険がある」と忠告された異世界のスリルに酔いしれているようだ。
「早くどんなスキルがあるか確かめたい……」
そう言わんばかりの顔である……いや、
「(言っちゃった! 誰だ……長岡洋ぃ! そんな事言ったら戦う気満々だって思われる!)」
「おお! 既に《勇者スキル》があることに感づいておったか! 有望な勇者だの。しかし、スキル鑑定をする前にこの国の現状を聞いて貰わねばなるまい」
チュコスプ王の血色が少しよくなったように見えた。心が余裕を取り戻したせいだろう。
「始まりは今から50年前に遡る。この世界には瘴気という魔法力が変質したものが溜まりやすい場所で《瘴気の谷》という地域がある。瘴気がある程度集まると、生き物の形を取り、周囲の動物や植物を襲い始める《魔物》が生まれるのだ。魔物は倒さなければ増殖していくが、その年では大きな戦争があり、魔物が放置された。そして魔物で増幅した瘴気により、人の力が及ばない程強大な魔物……《魔王》が生まれた」
魔王という言葉に一同は緊張して、魔王と戦わせるために召喚したのかと想像した。
「強大な魔王との戦いで各国は敗戦が続き疲弊していった。しかし、《勇者召喚》という魔法が戦況を変えた。それが10年前のことだ」
一同は緊張を強めて傾聴した。