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第1幕 お城の中の女王様

ここから出なければ私が傷つくことはない、だから私は間違ってなどいないのだ。


コンコン、と部屋のドアがノックされて反射的に布団から顔を出してそちらを見てしまう。ドアの向こうから聞こえてくる声なんて、どうせ聞いたって嫌な気分になるだけなのをわかっているはずなのに。


「小梢、起きてるんでしょう。今日は天気もいいし、学校に行ってみない? …午前中だけでもいいから」


ほら、やっぱりくだらないことを言うお母さんの声だ。天気がなんだというのだろう、そんなことで学校になんて行く気にはなれない、なれるわけがない。お母さんの言葉はいつだって的外れだ。だから私は返事なんて絶対にしない。布団をかぶりなおしてお母さんが立ち去るのを待つ、いつもの流れだ。それ以上何も言ってこないのをこの3か月で私も学習済みだから、こちらから何も言わなければ向こうも勝手にいなくなる。


そうしてしばらく待てば、ドアから離れていく足音が聞こえてきた。…今日はちょっと長かったかな。




私—片山小梢がいわゆる引きこもりになってから、早くも3か月がたった。


理由はいたって簡単。高校に進学してからのクラスメイトになじめなかったからだ。別にいじめを受けているわけではない。単純に他人とのかかわりがあまりにも煩わしいと感じたからだ。


元々他人と話したりするのは好きじゃなかった。そこそこ友達と呼べるような人間は少数ながらいたし、おしゃべりしたり一緒に遊びに行ったりすることもあるにはあった。そんな中、常に私の中には他人とのズレのようなものを常に感じながら、それを我慢して生活していた。別に楽しくもなんともない。でも、それなりの人付き合いは生きていくうえでは仕方のないことだし、何より他人を突っぱねて孤立することが学校という空間で利になるとは思えなかったから。


でも、そんな思いも高校に進学して、全く新しい環境になってみると実にバカバカしいことであると感じた。進んだ高校は中学時代の知り合いなんてほとんどおらず、一から作らなければならない人間関係。担任主導で行った自己紹介の後女子が行うのはとにかくスマホのアド交換ばかり。そうしていくつかの小グループができたと思ったら通信アプリを使った他グループの悪口大会。女って生き物を考えればよくあることだし、別に適当に合わせていてもよかった。くだらないことにはかわらないけど。


でも、毎日毎日そんな日々で、終いには同じグループにいる女子に対してソレが行われる。そういう状況に嫌気がさした。正義ぶってそんなことよくない、なんて言う義理は私にはないし、なによりこのくだらない連中とこれ以上付き合うのも飽き飽きしてきていた。そうして見切りをつけて女子グループを含めクラスメイトとの関係を断絶した私に、初めは気を使って何かと周りは話しかけてきたけれど、徹底的に無視を決め込めばどうなるかぐらい想像がつくだろう。


結果的に、嫌がらせも受けるわけでもないし、義務的なもの以外では話しかけられもしない。私が望んだ環境にようやくなったのだ。にもかかわらず、今度は担任がうるさくなった。相談と称して、どうして仲良くできないとか、辛いことがあったら聞く、だとか。そう思うなら放っておいて欲しいのにあまりにもしつこかった。ついでに担任に頼まれたらしい人たちが何かと私を誘ってくるのにもイライラした。どうせそんなことをしながら、陰で何を言っているかなんてわかりきっている。


そうして我慢の限界が来た私は、学校に行くのをやめた。


そうなるとやはりうるさいのが両親だ。今までの鬱憤を晴らしているようなものだが、あちらにしてみれば突然学校に行かなくなった私に戸惑い、どうして、何があったと毎日、日に日にしつこく聞いてくるようになった。


それにたいする私の回答は無視することだった。何も言わずに、ただ極力部屋から出ない。スマホがあるから退屈することもない。ただ放っておいてくれればいい。なのに、しつこい。私が無視を決め込んでから、お母さんは腫物を扱うかのように、お父さんは毎晩仕事から帰ってくるとくだらないことをいってくる。



…お父さんもお母さんも、何にもわかってない。どうして放っておいてくれないのだろうか。



学校に嫌気がさしたからここにいるのに、なんで家にいてまで人間関係に煩わされなければならないのか、意味がわからない。

そうして鬱々とした毎日を送っていると、とうとうというか、担任が家に来た。


部屋から引っ張り出されて、みんな心配している、少しでもいいから来ないか、考えていることを正直に話してほしい等とバカバカしいことを、私が無言を貫いているのをいいことに一方的に話していく。



…イライラする。さっさと終わればいいのに、いなくなればいいのに。



結局、私は最後まで無言を貫き通し、担任は帰って行った。明日は来いと言って。



部屋に戻ってから私は久しぶりに泣いた。これが毎日続くのかと思うと吐き気がした。泣いて泣いて、ふと思う。なら、いっそのこと死ねばもう二度とこんな思いをしなくて済むのではないかと。


そう考えたとたん、頭の中に筋書きが一気にできた。明日の朝、普通を装って学校へ行く。そうして教室へは行かずにそのまま屋上へ。そしてそこから飛び降りる。

遺書は書かない。その方が周りは混乱して、いい気味だ。


わかっている、これは当てつけだ。でも、私が死んでみんな後悔すればいいんだ、そう思った。


通っていた学校から生徒が飛び降り自殺をしたとして、きっとメディアは盛大に取り上げてくれる。そうして後悔すればいい。みんなみんな、どん底に突き落としてやる!



翌朝、久しぶりに制服を着て部屋から出た私の様子を見て、お母さんは泣きながら笑うという器用なことをしていた。これを最後にもう二度と会うことはないと思うと、さすがに少しだけ胸が痛んだがもう決めたことだ。できるだけ普通を装って言葉を交わし、家を出る。


朝早い時間の為か、登校する生徒の姿はほとんど見られず、あっけなく目的の屋上へとたどり着いてしまい、少し拍子抜けした。転落防止の柵を乗り越えて縁に立ち、後ろ手で柵を掴んだ。後は、この手を離して重力に身を任せればいい。


下を見ると、さすがに少し手が震えた。ここで、私は終わる。もう決めたことなのだから何をためらうのだろうか。


息をのみ、手を放そうとしたとき。


「…その心意気は、決して悪くはなかったのですけれども」


突然後ろから聞いたことのない女の人の声が聞こえて、心臓が飛び跳ねた。

勢いよく振り返るも、人影は見当たらなかった。ふと視線を落とすと、柵越しに、目が合った。


長い黒髪に映画とかで見るような黒い豪奢なドレス、そして深く黒い瞳。一言で言い表すのであれば真っ黒な女の人が足元に座り込んで私を見上げて微笑んでいた。


…この人いつからいたの? こんな目立つ人がいたら気が付かないはずないのに。そもそも生徒でもないのにどうやってここに入り込んだのか。


混乱している私に構わず、『彼女』は言った。


「そのように強い意志がおありなら、皆様とお話されてはいかが? 貴女のその強い想いを正直に伝えてしまいましょう。貴女が正直になれば、皆様もあなたに対してとても正直に接してくれるようになりますよ。包み隠さない素直さが欲しいのでしょう、片山小梢さん」


「なんで、私の名前…」


こんな人私は知らない、訳の分からない人の言葉なんて聞く必要ない。無視して、予定通りこのまま。そう思うのにこの人を見ていると何故だかそうしなければならない気がしてきた。


「さぁ」


嫌だ、気味が悪い。そう思うのに体が動かない。


「わたくしの手を取って」


『彼女』が手を私に伸ばしてくる。異常に白い手は、まるで死人のようだ。


嫌だ、嫌だ、嫌だ、怖い、なんなの…!


私の意思に反して体が勝手に動き、気が付いた時には『彼女』の手に自分の手を合わせていた。

手が触れた瞬間、その冷たさにぞくりと背筋に嫌なものが伝ったが、もう遅い。


『彼女』から目をそらすことができない。そうしているうちに頭の中に靄がかかるように、何も考えられなくなり視界がぼやけ、薄れていく意識の中『彼女』の囁きが聞こえた。


「ただの墜落死では楽しんで頂けませんから」





気が付くと目の前には教室の扉があった。どうしてここにいるのかよくわからなかった。教室の中からは学校ならではの喧騒。

そうだ。

私は()()()()()()()()()()()()()()()()()

だって素直な気持ちを話したら、みんな正直に返してくれるのだから。


躊躇うことなく戸を開けると、朝礼中だったらしく、担任も、クラスメイトも全員が揃っていた。


「おはようございます」


しっかりと前を見て挨拶をすれば、担任は破顔してやってきた。


「よく来たな、片山」

「……先生に、正直に話したらいいと言われたので」


そう返せば、あれよあれよという間に私が話す場が整えられていく。反対をするクラスメイトは1人もいなかった。クラスの中心的な女子が、私の話を聞きたいと言ったことも大きかったのだろう。


だから私は話した。

どれだけ女子同士のやり取りに苛立っていたか、楽しくもないのにどうして話を会せなくちゃいけないのかと思っていたのか。この苦痛に耐えてまで学校に来なくちゃいけないのか、()()()()()()


みんな、静かに話を聞いてくれた。思っていたこと、感じていたことをすべて話終えると暫く静寂が教室を包んだ。

心臓の鼓動が嫌に大きく感じる。


やがて私の話を聞きたいと言った女子が口を開いた。


「そっか、そんな風に思ってたんだ。辛かったんだね片山さん」


「あ…」


「それだけ辛かったら学校来るのヤになるの当たり前じゃん。教えてくれてありがとう」


その言葉に、涙が溢れた。

彼女は私のところまできて、涙を流す私の背中を優しくなでた。

そうしていると他のクラスメイトも、話してくれてありがとう、辛かったね、と口々に言ってきた。


…あぁ、クラスのみんなはこんなに心配してくれていたんだ。やっぱり正直に話してよかったんだ!

そう思うとすごく心が温かくなった。私はここでやっていけるんだ。


「今度から素直に話して、ウチら話聞くからさ。大事なクラスメイトだもん」


そう言った彼女の笑顔を見て、ますます涙が溢れてきた。嬉しかった。こんな風に受けれられるなんて思っていなかったから。


結局私は泣き止むことができず、一度保健室行きとなった。落ち着いたら教室に来たらいいとみんな言ってたので、ベッドに横になって気持ちを落ち着かせていたらいつの間にか眠っていたらしく、昼休みも終わりに近い時間になっていた。


…さすがに寝過ごした。ちょっと恥ずかしいけど教室に戻らなくちゃと、軽い足取りで教室へと向かう。


次の時間が教室移動のためか人は少なく、私に話しかけてくれた女子が中心のグループが教室の後ろの窓際で固まっていた。私には気づかないでおしゃべりを続けていたので、声をかけようとしたら。


「それにしても片山さん、ほんとウザかったね」


…え。


「キモいよね、アレ何様のつもりなんだろ」


…なんで。


「成績に響かなきゃ、担任のくだらないお願いなんて聞くわけないのにね」


…嘘だ、だって、そんな、言ってほしいっていうから正直に話したのに。


先ほどの歓喜からくるものとは真逆の涙が、昏い泉から湧き出てくる。

教室に入ってきた私に気付かないでしゃべり続ける女子グループに一気に詰め寄り、彼女に私は掴みかかった。


「なんで…! 教えてくれてうれしいって言ってたじゃない、大事なクラスメイトだって言ったじゃないの!!」


「何よ、聞いてたの……ちょっと離してよ!」


「何すんの!」


掴み上げ、泣きながら叫ぶ私を、他の女子が必死に引きはがそうとする。


「なんで、なんで、どうして、なんでよ…、私が大事なんでしょう!」


「バッカじゃないの、離してって言ってるでしょ!」


その言葉とともにドン、と強く押されて私の身体は窓に叩きつけられる、はずだった。


窓は、開いていた。


「えっ」


一瞬の浮遊感。何故だが周りの動きがひどくゆっくりに見える中、だんだんと教室の窓が離れていくのが分かった。目線を上げると、その先にある屋上の端から、見覚えのある黒い服の女性が私を見下ろしていた。遠目にも『彼女』がとてもうれしそうに微笑んでいるのが分かった。そして、目が合ったことを理解した瞬間―――







『彼女』は教室の窓から放り出され、頭から地面へと激突して物言わぬ死体となった片山小梢を見つめていた。衝撃で頭部は原型をとどめておらず、首も、四肢もあらぬ方向を向いている。少しずつ広がっていく血だまり、人だかり、そして悲鳴。それらを見ながらパチパチと温かい拍手を送った。


「自分の世界というお城の中において、その主は他の誰でもない自分自身。愛され幸福に満ちていても、蔑まれ悲嘆に明け暮れていてもそれは同じこと。彼女は間違いなく女王様でありました。自分のお城の中しか見ない、そんな女王様がお城の外の世界に出てで生きていくことがどうしてできましょうか。自分のことしか見ない女王様を外の世界が受け入れてくれると彼女は錯覚してしまいましたけれども、その錯覚は彼女にとって紛れもなく幸福なことだったのでしょう。たとえほんの一時の錯覚だとしても、人生には絶望を引き立てる幸福というスパイスが必要ですもの。皆様とてそうでございましょう?」


そうして『彼女』は()()()を見て微笑んだ。


「さて、今宵の舞台はいかがでしたでしょうか? 少しでも楽しんで頂けたならば幸いでございます。次の舞台はまた別の主人公が演じる1度きりの物語。ぜひまたお越しくださいませ」

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