転がる石のように
【ころがる石のように】 三年二くみ 久米木・みき也
ごろごろごろごろころがる石は
生まれたころはかどだらけで
でかくてえらそうな石だった
それも今では小さな小石
でかくてえらそうだったころは
いつもなんだかいばっていて
みんなのきらわれものだった
おれにちかづくとけがするぜって
かっこつけたりしていた
でもころがりはじめてからは
あっちこっちでぶつかって
あっちが欠けてこっちがわれて
たくさんいろんなだれかに会って
たくさんいろいろかんがえて
すりきれてすりへって
いろんなものをなくしていった
むかしは大きな石だった
むかしはかどだらけの石だった
それも今では小さくて
つるつるのまるいただの小石
●
「………ほーぉう」
感心したように低い声を出した。
『三年二組』というナンバープレートのある教室の廊下、そこにある掲示板の右端には【こどもたちの自由作文・テーマ:ころがる石のように】という題が、担任の先生の手書きらしい達筆でペン書きされていて、その横から四段組みでずらずらと原稿用紙が一枚ずつ並んでいる。
その中の一枚と向かい合って、ポケットに手を突っ込んで猫背で立っている男は唸っている。
「………まあ、なんだ。うちの息子は詩人だな」
顎を撫でながら、男はつぶやいた。周囲には誰もいない。放課後だ。参観日であったのだが、生徒らはとっくに保護者とともに帰宅している。男はといえば、しかし手には子供のものらしき黒のランドセルを提げているから子供を待っているところらしいが、
「まぁた腹でも壊してんのか? なっげートイレだな。………そういうとこも俺に似たのか」
哀れ、と渋い表情になった。顎を引いたついでに、他の生徒の作文をざっと眺める。
拙く読みにくい字でマスを埋め尽くされた原稿用紙が几帳面に並んでいる。そうしてざっと俯瞰しただけでも、彼の眺めていた作文はいささか異彩を放っていた。
拙くて読みにくい字であることは同じだが、字数もおよそそろった短文の羅列であるという点で、その作文は周囲からやや浮いている。
んー、とさして真剣味もなく男は眺めていたが、
「書くことがなかったのか………ありえるな。俺も昔やったことある気がするし」
血は争えんなあ、と呟いて顎を撫でる。
「あ――――‼」
不意に廊下に悲鳴のような絶叫が反響した。ああ? と首をめぐらす間にも声の主はどたどたと足音を鳴らしながら疾走してきて、
「なに見てんだよぉクソオヤジィ!」
「誰がクソ親父だバカ息子。どこでそんな言葉覚えてんだよ」
言っている間にも息子は父の手からランドセルをひったくって荒々しく背負い、びっ、と父を指さして、
「クソオヤジは、ええと、ジョシショーガクセーのモジをなぞって、えと、ハァハァこーふんしてればいーんだよ!」
「マジで誰にそんな言葉習ったこのクソガキ‼」
「おかーさん」
「……あの女ァ」
息子のつむじを指圧しながら、逆の手を握りしめる。脳天を押さえられた息子は、おお、と父の手を掴んで暴れる。
暴れる息子を、父はしばらく黙って見下ろしていたが、やがて暴れつかれた息子が空気が抜けるように力尽きたのを見てため息をつき、指を外した。
「おかーさんに教わったそーいうのは全部忘れろ。いいな」
「えー。でもいっぱい覚えたんだよ。ここぞというときのキメ台詞とかさぁ」
「……言ってみろ」
頷いた息子は、やおらこちらに背を向けて、横顔だけこちらに見せると、
「やめておきな。お前にも待ってる誰かがいるんだろう?」
「忘れろ」
「えー」
「いつキメる台詞なんだよそれは……帰ったら家族会議な」
帰るぞ、と言いながら生徒玄関の方へ歩き出す。すぐに息子もちょろちょろと駆けてきて横に並んだ。
「おとーさん、腹減った」
「帰ったらなんかあんだろ……ああ、いや、時間的に晩飯食えなくなるから何もなしだ」
「えー、こっそり何か買ってよ。ツケで」
「ツケの意味知らねーだろお前。変な言葉ばっか覚えやがって……」
半眼で吐息した。帰ったらマジで家族会議だ。しかし議論であいつに勝ったことないんだよなあ……どう巡っても最終的になぜか俺が論破されているというか、うまいこと言いくるめられているというか。
「……今ではただの小石、か」
「あ、なに?」
「何も」
素っ気なく答えつつどこかへ走り出そうとする息子の首根っこを摑まえ、その後頭部を見下ろす。
まさか何か深い考えがあって、あの詩を作ったわけではないだろうが。
ただ、なんとなく。
彼は、自分の人生を振り返っていた。
時空モノガタリと重複投稿。